草タイプを怒らせてはいけない
――――――――何があったし。
もうもうと上がる土煙を目指して森の中に入って。
目的の場所を見つけて、最初に口をついて出た言葉がこれだった。
渦中の人物はおそらくこのあたり一帯に散らばる木の破片を片づけているジュカインと、泡を吹いて倒れている――と――だ。
倒れた木や切り刻まれた枝。これまた切り刻まれたであろう地面の溝。溝は深く、奥が見えない。
例え全力を出したとしても、地面を切り裂いて渓谷を作るなど、そう誰もかれもが出来るわけではない。
どうやら暴れたのはジュカインらしい。
ジュプトルから進化して落ち着きを見せ始めたジュカインが暴れるなど、よほどのことがあったのだろう。
「・・・おい。誰か見てたやついるか」
フシギダネが問えば、土煙を見て集まったであろうポケモンたちが皆一様に首を振る。
目撃者はなし。
フシギダネとベイリーフが顔を見合わせた。
「ジュカイン、」
フシギダネが近寄って声をかける。
聞こえた声に、ジュカインは肩を震わせた。
「何があった?」
「ちゃんと言いなさい」
フシギダネに続き、ベイリーフもジュカインのそばに立ち止まる。
口調は厳しいが、努めて優しい声に、ジュカインは迷ったように視線を泳がせた。
けれども、意を決したのか、ゆっくりと口を開いた。
「・・・弱い未進化のポケモンにつき従って、恥ずかしくないのか、と言われた」
十中八九、フシギダネのことだろう。
しかし、能あるウォーグルは爪を隠す。
フシギダネは実力をむやみに見せ付けることはしない。
そのため実力を悟らせず、なめられることが多い。
そして切れたフシギダネのソーラービームを浴びて、その恐ろしさを理解するのだ。
あのポケモンたちはここに預けられて一週間とたっていない。
フシギダネの実力どころか、この研究所の何もかもがわかっていない状態だろう。
おそらくジュカインの実力も、自分たちより下とみて近づいたのだろう。
哀れ、地面と仲良くなっている。
「他には何か言われた?」
「・・・サトシを、馬鹿にされた・・・」
空気が、固まった。
「ポケモンをまともに進化させられないような未熟なトレーナーに飼われてかわいそうだと言われて、耐えられなかったんだ」
そこまで言って、ジュカインは口を閉ざした。
眉間に盛大にしわが寄せられ、ただでさえ鋭い目が、更に鋭くなっている。
ただでさえ自分が慕うフシギダネを馬鹿にされ、敬愛する主人を侮辱されたのだ。
本当なら、このあたり一帯に散らばる傷は彼らに向けたかったものだろう。
けれどもそんなことをすれば、こちらの立場が悪くなる。
特に、庭のリーダーたるフシギダネは、肩身の狭い思いをすることになるだろう。
唇を食いしばって悔しさに耐えるジュカインに、フシギダネは小さく息を吐いた。
「ジュカイン、」
「・・・っ、すまない、フシギダネ、」
「謝る必要なんかねぇ、よくやった、ジュカイン」
「・・・え?」
「お前を怒るとでも思ってたのか?見くびるなよ。俺が怒ってんのはそいつらだ。サトシを馬鹿にされて怒らねぇ奴はサトポケじゃねぇ」
フシギダネの言葉にあわせるように、集まったサトシのポケモンたちが大きくうなずく。
それに目を丸くしていると、しゅる、とフシギダネのつるが伸びた。
ゆっくりと優しく伸ばされたつるは、そっとジュカインの頭をなでた。
「それから、俺のために怒ってくれて、ありがとな」
「・・・っ!!」
こくこくとうなずき、なでられることを甘受するジュカインは嬉しそうだ。
こっそりとベイリーフとツタージャもフシギダネに交じり、ジュカインの頭をなでる。
ドダイトスもジュカインの腹に頭をすりつけており、その様子はまるで兄弟のそれだ。
微笑ましい、とサトシのポケモンたちが笑う。
けれども野生のポケモンたちや研究所に預けられたポケモンたちは違う。
微笑ましいと素直に和めない。
だって、地割れを起こしたような地面と、粉々になった大木が散らばっているんだもの。
ふう、と自分が満足したらしいフシギダネがつるをしまった。
「ベイリーフ、ドダイトス、ツタージャ。そいつらたたき起こせ」
「「「はぁい」」」
可愛らしく返事をした3匹がソーラービーム、ハードプラント、リーフストームで泡を吹いているポケモンたちをたたき起す。
それにジュカインが驚き、目を瞬かせた。
衝撃で起きた―――と―――は状況を理解できていないのか、目を白黒させて、全身の痛みに悶絶している。
2匹が起きたことを確認すると、フシギダネは一つうなずいてベイリーフたちを見やった。
「お前ら、離れてろ。巻き込まれるぞ」
「はーい。行くわよ、ジュカイン、ドダイトス、ツタージャ」
「あ、ああ・・・」
「え?おいら、もう終わり?」
「私も全然たいないわ?」
「ジュカインは攻撃すらしてないのよ。我慢しなさい」
「「はーい」」
「ほら、あんたたちも行くわよ」
「「「うぃっす」」」
ベイリーフに先導され、フシギダネ以外がその場を離れる。
離れて行く背後で、断末魔のような叫び声と、すさまじい破壊音が聞こえたが、聞こえなかったふりをした。
触らぬ神にたたりなし、とはよく言ったものである。
(掃除しなくてもいいのか?)
(いいよ、別に。あの2匹にやらせてる)
(・・・半分は俺が暴れたのが原因だろう?)
(律儀だな。まァ気にすんな、あいつらがやるって言ったんだからよ)
(そうなのか?)
(おう)
((正確には、やるって言わせたんだろうなぁ・・・))
((さすがフシギダネ))
ウォーグルは鷹じゃないとかいう突っ込みはなしで!
一番語呂が良かったんです!