真白の微笑み






シンジはオーキドとともに、イッシュに来ていた。
イッシュにて、オーキドがポケモン講座を開くことになったのだ。
シンジもただついてきたわけではない。研究界の権威たるオーキドの推薦ということで、バトル部門の講座を担当することになったのだ。
元はトレーナーといっても、オーキドは長らくバトルを行っていない。
幾ら優秀なトレーナーだったにせよ、勘は鈍るものである。そのため、バトル部門はシンジにまかされたのだ。










と、いうのは建前で、実際にはオーキドが、サトシがイッシュに行ってしまったことに落ち込んでいるシンジを見ていられなかったからである。

シンジはジンダイに挑戦した後、マサラタウンに来ていたのだ。
サトシにジンダイに勝利したことを告げ、一緒に喜びたかった、念願のバトルをしたかったという。
しかしサトシはすでにイッシュに旅立った後だった。しかも、何の連絡もなかったと言っていた。
きっとシンジは寂しかったのだろう。
表情には出さずとも、気配や感情に敏感なポケモンたちが彼女に寄り添い、片時も離れなかったところをみると、相当落ち込んでいることが見て取れた。
彼女のポケモンたちはおろか、ゴウカザルやベイリーフまでシンジに擦り寄っていたのだ。その悲しみは計り知れない。

サトシに恋人が出来たことを知った時、彼女に会えるのを孫が出来るような気持で待っていたオーキドは、どうにか彼女を元気づけられないだろうかと頭を悩ませていた。
サトシのポケモンたちと遊んでいるときなどは、多少なりまぎれているのだが、彼女の表情には常に影がさし、憂いを秘めていた。

そんな折に、オーキドの元にイッシュに手ポケモン講座を開いてほしいという仕事が舞い込んできたのだ。
これを逃す手はないと、オーキドはすぐにこの仕事を引き受けた。
正し、日時や講座内容はこちらがすべて決めるという条件を付けて。
こうして、オーキドはシンジをバトル部門の講座を担当することを条件に、イッシュに連れてきたのである。
シンジはイッシュに行けることを喜び、滅多に変えない表情をほころばせ、嬉しそうに笑ったのである。
それによりオーキドやケンジ、ハナコ。ひいてはサトシのポケモンたちまで陥落させてしまったのだが、これは割愛しておく。
サトシを愛する者にとって、同じくサトシを愛する者は皆仲間なのだ。
愛するサトシの愛しい人ならば、なおさら。
閑話休題。






さて、オーキドが日時を決めることを条件として提示したのには、ちゃんとわけがある。
シンジにイッシュのポケモンを知ってもらうためである。
シンジにバトル部門を担当してもらう上でも必要なことであるし、何よりポケモン馬鹿、バトル馬鹿と呼ばれるサトシと同等以上にバトル好きなシンジのことだ、バトルをすれば元気になるのではないかと考えたゆえだ。
まぁ、サトシに会える可能性があるというだけで笑顔になったのだから、いらぬお世話だったかもしれないが。

まぁ、なにはともあれ、シンジはオーキドとともにイッシュに降り立った。
まずは打ち合わせとして、仕事を依頼したアララギの研究所へといった。
そこで預けられていたサトシのポケモンたちと触れ合ったり、初心者用ポケモンと戯れたりと、シンジは(見た目はほぼ変わらないが雰囲気は)とても楽しそうにしていた。

シンジは、ポケモンに対してはどこまでもどん欲で、知りたいと思ったことはとことん知ろうとするタイプの人間だ。
イッシュのトレーナーは生活水準の高さがそうさせるのか、知識は膨大なのだ。
いかんせん実践不足が否めないが、基本的な知識を持っている彼らはここまでどん欲になることはない。
それがアララギにはとても印象的で、自分の後をちょこちょことついてくるシンジを大変気に入ったらしく、まるで娘や妹のように知りたいと言われたことは何でも教えていった。

そのあとも、イッシュリーグは終わってしまったものの、ジム戦を行ったり、あらゆるバトル施設を巡った。
基本に重きを置くイッシュでは、相手の弱点を徹底的についたり、技や特性をうまく利用した合理的で、それでいて根本を覆してしまうようなトリッキーさを持ち合わせたシンジのバトルスタイルはとても好評だった。
その上、実力も申し分ない。ジムリーダーたちでさえ、自分たちの方が格下なのではないかと思わされるほどだ。
更には自分にいい影響を及ぼしたサトシの愛する人で、それに加えてオーキドが認めるトレーナーだという。これはもう、可愛がるしかないだろう。

サトシに会いたいがためにイッシュに来たというかわいらしい理由をオーキドがこっそりと耳打ちすれば、シンジの株はさらに上がるのだが、本人はつゆ知らず。
恋する乙女は誰が見ても愛らしいのだ。
こうしてイッシュのジムリーダーやサブウェイマスターなどのたくさんのトレーナーたちを陥落させていったのだが、これもまた閑話である。






























そんなこんなで講座当日。
オーキド博士のポケモン講座はサトシたちの先回りをした街にて開かれることとなった。
しかしどうやらサトシたちは予想以上に時間を喰っているらしく、その日にはこの町に到着していなかった。
サトシのトラブル体質を侮るなかれ。サトシのホイホイっぷりを懸念するのを忘れていたとオーキドは嘆いていたが、後の祭りだ。
予定ではもうついているはずなのに、サトシの姿が見えないことに不安を覚えたらしいシンジを見て、早く会わせてやりたいものだと、オーキドは一人ごちた。

シンジにサトシと合わせてやりたいというのも本音だが、サトシにシンジと合わせてやりたいというのも本音だ。
ここのところ連絡をおろそかにし、たまに来る連絡で疲れたような表情を見せるサトシが心配だった。
恋人たるシンジに合わせてやることができれば、心の底から笑ってくれるのではないかと、オーキドは期待しているのである。

立場上ひいきをしてはいけないのだが、サトシは孫にも等しい友人なのだ。
友人の悲しげな表情など見ていられない。
そういう思いもあって、オーキドはシンジをイッシュに連れてきたのだ。

なにはともあれ、オーキド博士のポケモン講座が始まった。
オーキドの、時折笑いを交えた講演は好評であった。
もともとトレーナーであったため、同じ視線で話をしてくれるオーキドは、お固いものが苦手な子供にも人気がある。彼を憧れとしている子供は多い。
そんなオーキド自らが推薦するトレーナーを呼び、バトル講座まで開いてくれるというのだ。
子供たちは興奮冷めやらぬ思いでその推薦トレーナーを待っていた。

しかし、ここで問題が起きた。
紹介されたのは自分たちと変わらぬ年齢の少女であった。
しかも、イッシュのトレーナーではなく他地方の。
自分の地方を市場とするイッシュのトレーナーたちが納得できるはずもなく、シンジに向かって罵詈雑言を浴びせかけたのだ。
建物を破壊するエレキブルの雷の威力と、行かれるオーキドの言葉によりその場はおさまったのだが、イッシュのトレーナーたちが不満を持っているのは明らかだった。


しかし、講座を進めるうちに、イッシュのトレーナーの目つきが変わった。


シンジのバトルスタイルは、基本に忠実なイッシュのトレーナーにとっては理想と呼べるものだ。
シンジに群がり尊敬する、さすがはオーキドの選んだトレーナーだと言ってはほめちぎった。
その掌返しはすさまじいものだったが、最初の態度よりはましか、と彼女は肩をすくめた。
マシとはいっても、不快感は増加したのだが。

こうして、多少の問題はあったものの、オーキド博士のポケモンは一応成功に終わった。
この講座によりシンジの名がイッシュのトレーナーたちの間で話題になるのだが、長くなるので割愛する。

講座は終わった。
残るはサトシとシンジを引き合わせ、お互いを元気づけて、何の不安も残さずにカントーに帰ることだけだ。
これでイッシュとおさらばできる。
オーキドは安心していた。








そんな時期が、わしにもありましたと、のちにオーキドは嘆くのだった。




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