後悔しろ、愚か者!
悔しい。諦めたくないのに体が痛くて動かない。
シゲルやシンジも体中傷だらけで、俺と同じように倒れてる。
ピカチュウたちを人質にされて、手も足も出なくて、すごく悔しい。
奴らはミュウ達伝説のポケモンを狙ってる。
あいつらの力を利用して、この世界を支配しようとしている。
そんなことさせないって意気込んで、止めなくちゃって戦って。
悔しい。悔しい。悔しい。
まだ戦えるのに。まだ諦めてないのに。
悔しくて涙がにじんだ。
――――ドガアアアアアン!!!
凄い音が聞こえてきた。そして悲鳴も。
音が遠いから、近くでバトルをしているわけじゃないだろうけど、それでも一体何が起こっているのか気になって、周りを見回そうとして、誰かに目をふさがれた。
不思議と恐怖は感じなかった。むしろ寝かしつけられるような優しい手つきで、ひどく安心した。
子の温度を、俺は知っている。
「――――ママ・・・?」
俺が呼ぶと、相手は小さく笑った。
「そうよ。もう大丈夫よ、サトシ。あなたはゆっくり休んでて?」
「でも、皆が・・・」
「だーいじょうぶ。オーキド博士とレイジくんもきてるから、ね?」
立て続けに聞こえる破壊音と悲鳴は、きっとバトルの音だ。
レイジさんも各地を回ってバッジをゲットしてきたトレーナーだし、博士も、ユキナリも凄く強かったし、負けることはないと思う。
ママも昔はトレーナーだったらしいし、ママの言葉は嘘じゃない。
大丈夫だっていうなら、大丈夫なんだろう。
「サトシ。あなたは寝てなさい。あなたが寝てる間に、全部終わらせるから」
「ん・・・。おやすみ、ママ・・・」
「おやすみ、サトシ」
頭をなでる優しい手に、俺はゆっくりと眠りに落ちた。
「ほう?私に勝てるとでも?」
伝説のポケモンをものにしようともくろむ男が、嘲笑を浮かべた。
その視線の先にはハナコがいる。
ハナコは普段とはかけ離れた、恐ろしいまでの無表情を浮かべていた。
「あなたに勝つ?違うわ。
――――全てを終わらせるのよ」
「女一人で何が出来る」
「あら、あなたには聞こえないのかしら?あなたの組織の崩壊の音が」
「なにっ!?」
――――ドガアアアアアアアン!!!
ハナコの背後で爆発が起こる。
そこには目を回したポケモンたちと、逃げ惑う男の仲間たち。
爆発を突っ切って表れたのは初老の男――――オーキド・ユキナリだ。
「シゲル、大丈夫か?」
「博士・・・?」
はっきりとしない、不鮮明な意識の中で、シゲルがオーキドを見上げる。
オーキドは孫が無事だと確認し、ほっと息をついた。
「傷だらけじゃのう。すぐに片づけるから、少し待っていなさい」
「僕も・・・戦います・・・」
「こんなときくらい甘えなさい」
「でも・・・」
「シゲル。――――寝てなさい」
有無を言わせないオーキドの言葉に、シゲルが押し黙る。
シゲルが大人しくなったのを見届けて、わしゃわしゃと髪をなでた。
「安心して寝てなさい」
「はい、おじい様・・・」
シゲルがうっすらと笑みを浮かべ、目を閉じる。
オーキドは久々に呼ばれた「祖父」の名に、嬉しそうに眼を細めた。
「お前は・・・っ!オーキド・ユキナリ!馬鹿な!トレーナーはとっくに引退したはず!!」
「研究者にもフィールドワークがある。現役の時とは劣るが、そこいらのトレーナーに負けるほど、蒙碌した覚えはないわい」
オーキドは後ろに控えたカイリューのものとは別のボールを取りだした。
それにひるんだ男が、ピカチュウたちを閉じ込めた檻を示した。
「こちらには人質がいる!こいつらを傷付けられたくなかったら大人しくしていろ!」
「へぇ?そうやって脅してシンジたちを傷付けたんだ?」
背後からの声に、男が肩を震わせた。
慌てて振り返ると、声の主を発見する前に突風に見舞われ、男は身をかがめた。
――――ガキイイイイイン!!!
金属音が響き、ポケモンたちの歓声が聞こえた。
檻が壊れたことを悟った男は、顔を青くした。
「シンジ、」
「・・・あにき?」
虚ろな目でシンジが兄・レイジを見た。
レイジはシンジの髪をなでながら微笑んだ。
「サトシ君達もポケモンたちも助けた。だから、もう大丈夫だよ。あとは俺たちに任せて」
「・・・わかった。まかせる・・・」
「うん。シンジは休んでるんだぞ」
「ああ・・・」
いつもからは考えられない素直さで、シンジがうなずいて目を伏せた。
その素直さは、それだけで追い詰められていたということに他ならない。
だから、追い詰めたその相手を、レイジ達は絶対に許さない。
「私の息子とその友達を傷付けた罪は重いわよ」
「私利私欲のために子供達を傷付けたんじゃ、それなりの覚悟はできているんじゃろう?」
「さて、どうしてくれようか?」
いっそ慈悲深い笑みを浮かべた3人に男は震えあがった。
かわいそうなほど震え、ついには涙さえこぼれた男の唯一の幸運は、その場で失神できたことだった。
男はどこまでも愚かだった。
伝説のポケモンを支配する力もなければ、彼らを利用するだけの能力もなかった。
そして男はそのことに気付けなかった。
そして何よりの愚行は、3人の少年らを傷付けたこと。
誰からも愛される少年と、その友人達を傷付けたことだ。
彼らの保護者からの叱責ののち、伝説のポケモンたちからも制裁を加えられたそうなのだが、その詳細は定かではない。
ただ一つ言えることは、男が自分の行いを海よりも深く後悔しているということだけだった。