それだけではなかった理由






イッシュの旅を終え、マサラタウンに戻ったサトシはいったん家に帰った。
母に元気な顔を見せるのが子供の義務であることをきちんと知っているからだ。
けれどもやはりマサラに帰ってきたらポケモンたちに会いたくなるというもの。
家に戻ってすぐにもかかわらず、サトシはオーキド研究所に赴き、研究所に入った瞬間、自分のポケモンたちにもみくちゃにされた。
その時に聞こえたオーキドやケンジの苦笑に交じって、聞き慣れない笑い声があることに気づいたサトシは部屋を見回して驚いた。


「シンジ!?レイジさん!?」


来客用のソファにシンジとレイジが座っている。
シンジはいつも通りすまし顔だったが、レイジは愛されてるね~と穏やかに笑っていた。


「どうしてここに・・・」
「兄貴はオーキド博士に用があって、俺はお前とバトルしに来た」
「え?」


無言を貫いていたシンジが、ポケットから出してきたケースを見せる。
そこには自分もよく知るシンボルが7つそろっている。
フロンティアシンボルだ。
7つそろえたということは、ジンダイに勝ったということだ。
ジンダイに勝ったら再戦という念願が、ようやく叶えられる。
そのことを理解したサトシの顔がみるみる笑顔で染まった。


「やったな、シンジ!」
「・・・ふん」


自分のことのように喜ぶサトシに、シンジがそっぽを向いた。
首がわずかに赤くなっているから、きっと照れているのだろう。


「でもバトルはまた今度ね、今はこっち」
「・・・わかっている」
「え?」


レイジがシンジに声をかけると、シンジはすねたようにソファに身を沈めた。
レイジの膝の上には、卵の入ったケースが乗っている。


「レイジさん、その卵は?」
「ああ、用って言うのはこれのことでね、ポケモンの卵を発見したんだけど、俺は育て屋を見ているから、卵にかまっていられなくてさ」


それを相談に来たんだよ、とレイジが苦笑した。


「え?わざわざカントーまで?ナナカマド博士がいるのに・・・」
「オーキド博士は祖父の友人で、小さいころから知ってるんだ」
「そうなんですか。でも、卵ならシンジが育てれば・・・」
「俺に育てる気はない」


シンジがソファから立ち上がる。
裏庭に行ってきます、とオーキドに言い置いて、シンジは誰とも目を合わせずに外に出て行った。
(それに合わせて、邪魔をしてはいけないからとピカチュウを含めたサトシのポケモンたちは外に出て行った)
その様子を見ていたサトシは呆然とし、オーキドが眉を寄せた。


「・・・昔はこういう子に率先して取り組む子だったように思うんじゃが、」
「え?そうなの?」
「あの子もお前さんと同じで、ポケモンが大好きでトレーナーとしてポケモンを育てることに興味を持っていた。プライドが高く、努力家だったから、挫折してしまったレイジくんにはショックを受けていたが、育て屋の仕事も手伝ってくれて助かったと聞く。だからヒコザルを捨てたと聞いたときは信じられなかった。一体、何があったんじゃ?」


オーキドがひどく真剣な顔でレイジを見つめる。
レイジは悲しそうな顔をして俯いた。


「レイジさん、シンジに、一体何があったんですか?」


オーキドとサトシの問いかけに、レイジがゆっくりと話し始めた。


「俺が育て屋を始めて間もないころの話なんだけど、仕事は2人で分担して行っていたんだ。基本的な世話は俺がして、ポケモンたちの遊び相手やポケモン同士で喧嘩していないか見て回るのがシンジの役目だった」


庭にすみついたポケモンたちはシンジと仲が良かったから、その子たちの力を借りて。
レイジは懐かしむように目を細めていた。
けれども、それは苦い思い出を思い出しているように暗く、濁っているように見えた。


「ある日、新人トレーナーのポケモンを預かったんだ。そのポケモンは他のポケモンに話しかけたり、庭中を駆け回ったりして、それなりに手のかかる子だったんだ」


レイジは膝に乗せた卵ケースを一撫でして、息を吸った。


「どうやらその子はまだ生まれたばかりで、まだまだ遊びたいざかりの赤ん坊だった。でもトレーナーの子は新人。ポケモンの育成が楽しくて仕方のない時期だ。遊ぶことよりもトレーニングに偏っていたんだろう。だから、自由に駆け回れてうれしかったんだろうね」


レイジは小さく笑ったが、サトシは一緒になって笑えはしなかった。
レイジの笑みがあまりにも寂しくて、サトシは眉を下げた。


「その気持ちをくんで、シンジがその子の遊び相手になったんだ。そのポケモンは自分の望んでいることをさせてくれるシンジにえらく懐いてね。新人の子が迎えに来た時も、シンジと別れるのを渋ってしまうくらいには」


レイジの乾いた笑みに、オーキドが眉を寄せる。
レイジはいったん言葉を止め、沈黙が落ちた。
その沈黙に耐えられなかったサトシが、静寂を破った。


「こ、ここまでだと、何だか微笑ましい話ですね?」
「うん、俺もここで終わればよかったと思っているよ」
「終わらなかったんですか・・・?」


レイジはサトシの目をまっすぐに見て、深くうなずいた。


「そのことが原因で、その子と新人トレーナーの仲がこじれてしまったんだよ」
「えっ!?どうして!!」
「簡単に言うと、トレーナーの子がシンジにやきもちを妬いてしまったんだよ。自分の方が長く一緒にいて、一緒に頑張ってきたのに、たった数日しか一緒にいなかったシンジの方に残りたがったんだから・・・」


その気持ちはわからないでもないかなぁ、とレイジは悲しげに笑った。


「・・・そして、そのトレーナーの子は、自分よりシンジの方がいいのか、と、その子を捨ててしまったんだ」
「そんなっ・・・!」
「その子はただ、遊び足りなかっただけなんだ。でも、まだ深い絆を作れていない人間に、そんなことわかるはずもない。その子は何がいけなかったのかわからず、捨てられたことが原因で衰弱してしまって、今でもポケモンセンターの治療室にいるよ。



 ・・・そのことを知ってからかな。シンジがポケモンと距離を置くように、淡々と接するようになったのは、」
「そんなことが・・・」


レイジは話を終えると、卵ケースをなでながらうつむいた。
目尻には涙がにじみ、今にもこぼれてしまいそうなほど水がたまっている。


「でも、でも何でヒコザルを捨てたんですか?捨てられたポケモンがどうなるのか、あいつが一番知っているはずなのに・・・!」
「・・・これは俺の推論でしかないけど、自分のやり方に賛同できない子を手持ちに入れておいても、ポケモンを不幸にするだけだと思ったからじゃないかな」


そう言って、レイジは無理に笑った。




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