期待を背負う子供






サトシはマサラタウンの裏山にいた。
柔らかい草原の続く坂道は、サトシが幼いころから何度も来て遊んだ場所だ。
坂道を登りきったところで、サトシはマサラタウンを見つめながら、膝の上に座るピカチュウの頭をそっとなでた。


「ピカチュウ・・・。俺、もう疲れたよ・・・」


サトシの吐息ほどの弱弱しい声を、さわやかな風がさらっていく。
垂れたピカチュウの耳には、サトシの声は鮮明に聞きとれなかったが、何を言ったかはわかった。
彼はこの言葉を、もう幾度となく自分にだけ吐露しているのだから。



サトシなら何とかしてくれる。
サトシならどうにかしてくれる。
信頼しているようで、体よく押しつけられた期待を、サトシはことごとく背負わされてきた。

自分にはできないなんて言えなかった。
サトシにもできないなんて、と諦めてしまうから。
自分には出来なくても、他の人間ならできたかもしれないのに。
諦めて落胆する姿を見るのが苦しくて。
ときには涙を流す仲間を見るのが辛くて、悲しくて。
出来ないなんて口にすることはできなかった。


「俺にも、できないことはあるよ・・・」


誰もいないから言える言葉。
仲間の前では決して口にできないセリフ。
けれども、苦楽を共にしてきたし親友になら、言える。


「何で、みんなわかってくれないんだろうな、ピカチュウ・・・?」


重すぎる期待に、ついにサトシは涙した。
酸素を求めるようにあえぐ姿は、助けを求める悲痛な叫びと重なって見えた。


「もう・・・逃げちゃおうかなぁ・・・」


重すぎる期待に疲れた少年が持たした、初めての弱音だった。




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