あとは落ちるだけ
サトシは外にいた。夜も更けてきたが、ポケモンセンターに戻る様子はない。
暗く沈んだような表情で座り込むサトシの横で、ピカチュウが悲しげに座っていた。
あの後サトシは、アイリスに責められ、デントに咎められた。
悪いことをしたわけではない。ただ連絡を取り合っていただけで。
急に連絡を切ってしまったから、その謝罪だけでもしたかったが、2人の目をかいくぐるのは至難の技で、それもかなわなかった。
自分もシンジのように、ホロキャスターの様な通信機器を買うべきだろうか。
しかし、3人で別行動を取ることは少ない。
最近は自分とアイリスの2人とデントで別れて買い出しをすることが多い。
1人になれる機会は少ない。
ホロキャスターを購入するのは難しいだろう。
「あいつら、俺のこと嫌いになっちゃったのかな・・・?」
どうして自分ばかりが辛い目に遭わされるのかを考えた結果、サトシが行きついた答えは「2人に嫌われた」というものだった。
嫌いならそう言って離れてくれればいいのに。
離れないから、自分はまだ仲間だと認められていると期待して離れられないのに。
「俺って弱いなぁ・・・」
自称するように笑うと、ピカチュウが悲しげに鳴いた。
「シンジに、会いたいなぁ・・・」
彼女ならきっと、弱い自分を支えてくれるから。
「誰に会いたいって?」
「・・・え?」
背後から聞こえた声に、サトシが間の抜けた声を上げる。
振り返ると、月を背負うようにして立つ人影が見えた。
「久しぶりだな、サトシ」
と、言っても、懐かしい感じはしないな、と、人影――――シンジは笑った。
サトシは人影をシンジだとみとがめると、ダッと駆けだした。
「シンジ!」
ぎゅうと抱きつくと、抱きついた勢いに耐えきれず、シンジが尻もちをついた。
「会いたかった、シンジ・・・!」
「そうか。それは来たかいがあったな」
ぽんぽん、とあやすように髪をなでられ、サトシはシンジの首筋に顔を埋めた。
涙がとめどなくあふれてくる。
服をぬらしてしまうが、シンジは気にも留めずに頭をなでてくる。
――――俺、シンジがいないとだめだなぁ・・・。
サトシは、甘えるようにシンジに擦り寄った。
シンジは、自分にすがりつくサトシに優越感と幸せを感じていた。
ドンカラスには少々無理をさせてしまったが、本当に来てよかったと、シンジは口角を上げた。
サトシは今、崖の上にいる。
その下にはシンジがいて、落ちてくるのを待ち望んでいる。
サトシは、あと一歩踏み出せば、崖から落ちてしまうだろう。
そして今、サトシはその一歩を踏み出した。
―――――あとは落ちるだけ
(私はそれを見ているだけでいい)
サトシはもう、シンジの手の中におさまったも同じ。
(ああ、早く落ちてこないかな・・・)
シンジは、それはそれは美しく微笑んだ。