あとは落ちるだけ
pipipi・・・
シンジのホロキャスターに連絡が入る。
ジンダイに勝利した祝いの品として兄のレイジがシンジに送ったものだ。
ディスプレイには”非通知”と表示されている。
しかし、彼女には相手がわかっているようで、口元をほころばせた。
相手をじらすようにしばらく待って、ようやく通話ボタンを押した。
ホログラムとして映し出されたのは、帽子をかぶった一人の少年だった。
シンジに通話をかけてきたのは、彼女のライバルのサトシだ。
そして、彼女の想い人でもある。
彼は今、イッシュにいる。そこで旅をしているのだ。
けれども彼は今、その地方で、ある問題を抱えていた。
――――仲間である少女に辛く当られているのである。
サトシはイッシュに行き、あらゆる問題を抱えることとなった。
ピカチュウの不調。
ライバルに認めてもらえない。
(この問題については自分のバトルスタイルで勝利するを収めることによって認められることとなったので解決済みである)
そして仲間から「子供」と嘲笑されること。
サトシはまず、ライバルに認めてもらえないとわかると、真っ先にシンジを思い浮かべ、すぐに彼女に連絡を取った。
最初はシンジの時の様に認めあえるだろうと考え、バトルを申し込んだりしていたのだが、バトルを断られ続け、相手に自分を認める意思がないのではないか、と不安になったサトシがシンジに不安を打ち明けるために行ったものだ。
最後にはライバルに認められ、リーグは終わってしまったものの、ピカチュウは調子を取り戻しつつある。
けれども、すべてはうまくいかなかった。
シンジに相談を持ちかけた辺りから、サトシは少しずつ仲間からの当たりが強くなってきたことに気づいた。
最初は少女だけだったのだが、今ではもう一人の仲間からも邪険に扱われるようになったのだという。
その話を聞いて、シンジはある仮説を立てた。
その少女はサトシに想いを寄せ、もう一人の仲間も、その気持ちに気付いている。
おそらく、自分に相談を入れるようになったのは、少女がサトシに想いを寄せるようになってから。
だから少女は嫉妬して、サトシに辛く当っているのだろう。
シンジに不満を言えないから、サトシにぶつけているのだ。
まるで他の女に現を抜かす恋人を糾弾するかのように。
それは幻想でしかないと気付かずに。
そして青年は、少女の気持ちを知り、少女を哀れに想って少女に加勢しているのだろう。
仲間で一番年長である自分に相談せず、他の人間に相談を持ちかけることへの不満もあるだろう。
その行為がサトシを追い詰め、自分たちからサトシを引き離させ、シンジの元に逃げる手助けをしているとも知らずに。
おそらく今日も2人に辛く当られたのだろう。
傷ついた心をいやそうと、サトシはシンジに助けを求めてすがりついてくる。
シンジはそれを、笑って受け入れた。
「久しぶりだな、サトシ」
『久しぶり、シンジ』
ホロキャスターは基本的に周りの風景は映らないよう設定されている。
しかし設定を変えれば、相手の置かれている状況をみることが出来る。
範囲はそれほど広くはないが、その場所がどこだか見当は立てられる。
サトシが今いるのはポケモンセンターだろう。
仲間の姿はない。
「今日はどうしたんだ?」
『うん・・・。もう、シンジに連絡するなって言われたんだ・・・』
「・・・そうか、」
『何で・・・そんなことまで言われなくちゃならないんだろう・・・?誰に連絡入れたっていいだろ・・・?俺の勝手じゃんか・・・』
――――俺、逃げてきちゃった。
サトシは泣いてしまいそうだった。
サトシは優しい。だから仲間を邪険に扱えない。
だからどれだけひどいことを言われても、サトシは仲間として接する。
けれども唯一の捌け口となって、心を支えてくれる相手との連絡を絶つように言われて、耐えられなくなったのだろう。
サトシはシンジに助けを求めに来た。
仲間達を置いて。否、仲間たちから逃げ出して。
『仲間って、もっといいもののはずなのに・・・。何で、こんなに辛いんだろう・・・?』
サトシは声を震わせて、とうとう涙を流した。
そんなサトシとは反対に、シンジは優しい声を落とした。
「サトシ、楽しい話をしよう」
『・・・え?』
「辛いことは楽しいことを思い出して、忘れてしまえばいい」
『楽しい、こと・・・』
「ああ。何かなかったか?」
『あるよ。この前さ・・・』
シンジの笑みに安心したのか、サトシが目をこすって彼女に言われたとおり、楽しかった出来事を話しだす。
話しているうちに楽しくなってきたのか、サトシは笑顔を浮かべた。
シンジは、そんなサトシに見惚れ聞き惚れながら、穏やかに笑っていた。
『シンジは何か楽しいことなかったの?』
「ん?私か?」
『うん!』
楽しかったことか、と考えを巡らせて、ふいにサトシの後ろを見た時だった。
ばちり、と視線がぶつかったのは。
「(もう見つかったか・・・)」
サトシの背後に、形容のしようのないほど険しい表情をした少女が一人たたずんでいた。
自分と通話しているところをみると、必ず割って入って、通話を終わらせようとする少女。
サトシとともに旅をしているアイリスだ。
彼女は親の仇を見るような目でシンジを睨みつけていた。
「・・・楽しいことと言うより、嬉しいことの方が多いな」
『嬉しいこと?』
「ジンダイさんとの再戦の中で、確実に自分が強くなっていると感じられることだ」
『そっか・・・』
サトシが目を細める。
つられるように、シンジも目を細めた。
『あ、あのさ・・・』
「ん?」
『ジンダイさんに勝ったら、シンジも・・・』
サトシはそこまで言って『何でもない』と口を閉ざした。
そんなサトシにシンジは口元を緩ませた。
ついにここまで来たか、と。
「途中でやめるなよ。気になるだろ」
『いや!本当に何でもないから!』
「そうか」
『それよりさ、俺も最近、嬉しかったことがあって・・・』
サトシが慌てて首を振り、話題転換を図った。
そんなサトシにくすり、と笑みをもらしながら、シンジはアイリスを見やった。
アイリスの顔は嫉妬に狂って、ひどく恐ろしい表情になっている。
自分が後ろにいることにも気づかず、自分以外の少女と楽しそうに笑っているのだ。それは当然だろう。
恋する乙女に嫉妬するな、という方が酷だ話だ。
アイリスがダンッ!と床を蹴った。
『サトシ!またその子と話してるの!?』
サトシが、いっそ哀れなほど肩を震わせる。
アイリスが怒りをにじませて、サトシに詰め寄った。
『もうやめてあげなさいって言ってるでしょ!?相手の子にも迷惑でしょ!?まったく、そんなこともわからないなんて、サトシは本当に子供ねぇ!!』
『で、でも!』
『何口答えしてるの?目上の言うことは素直に聞きなさい!』
あーあ、とシンジは頬づえをついた。
上から押さえつけるような言動は、マイナスでしかなのに。
短気なサトシには、反発心しか生まないというのに。
身を持って知っているシンジは肩をすくめた。
『とにかく!もう、金輪際、この子と連絡を取るのは許さないから!!』
『あ、ちょっ・・・!何すっ・・・』
――――ブツリ、
アイリスに強制的に通話を切られ、ホログラムは消えた。
何の断りもなく通話を切られたことにいら立ちを覚えるが、それを上回る喜びがシンジを襲った。
「(やっと、やっとだ)」
サトシは先程、自分にイッシュに来るように求めた。
口にするのは思いとどまっていたが、彼はイッシュに来ないか、と、そう言おうとしていた。
サトシが自分を求めた。
シンジは溢れんばかりの笑みを浮かべた。
「お前たち、少し予定が早まった。すぐにここをたつ」
シンジに明るい声に、彼女のポケモンたちも笑みをこぼした。