2人のみこ 2
「ぎゃあああああああああああああああああああああああああああ!!!」
怪物のような声をあげ、空を飛ぶイベルタルは、まさに破壊の化身にふさわしい姿をしていた。
ギラギラと輝く瞳は、睨まれたら石にでもなってしまいそうだ。
大きな翼が風を裂き、轟音を放ちながら木々を揺らす。
破壊の神と呼ぶにふさわしい姿に、セレナたちは破滅の記録を思い出した。
かつてイベルタルがカロスを滅亡の寸前まで追い詰めた、破壊の記憶だ。
カロスが終わる、と、誰かが呟いた。
そんなシトロンたちとは対照的に、サトシ達は泣いてしまいそうだった。
イベルタルは破壊の化身なんかではない。
望まずしてその力を手に入れた、哀れで悲しいポケモンだ。
自分達を家族のように慕う、優しい幼子。
彼らには、イベルタルが悲しみにくれて、途方もない涙を流しているようにしか見えなかった。
「イベルタル!戻ってきてくれ!」
「イベルタル!お願いだから!!!」
豪風を起こすイベルタルに近づくには、同等以上のポケモンでなければならない。
ごく普通のありふれたドンカラスでは、いくらレベルが高くとも、そう簡単に近づくことはできない。
破壊に特化した力は、想像を絶する威力を持っている。
『いやだ!だって、僕が近づいたら、サトシ達が怪我をしちゃう!僕はもう、傷つくのも傷つけられるのも嫌なんだ!!!』
それはイベルタルの心からの叫びだった。
本当は傷つけたくないのに、壊したくなんてないのに。
自分が目覚めることなんて、誰も望んでいやしない。
自分自身でさえも。
眠っているときは、あんなにも幸せなのに。
起き出して、生きなければならない世界はこんなにも苦しくて。
こんなに苦しくて辛いのならば、眠りについて、偽りでもいいから、幸せに浸っていたかった。
こんな世界で生きなければならないのなら、目覚めることを望まれないのならば、
『僕なんて、目覚めない方がよかったんだ!!!』
イベルタルの叫びが、大地を震わせた。
大地の震えは、イベルタルの心の震えであるように感じられ、シンジが苦しげに眼を伏せた。
「そんなことない!!!」
サトシが、イベルタルに向かって叫んだ。
「そんなことない!俺はお前と再会して、こうやって話せてうれしいんだ・・・。それなのに、そんな寂しいこと言うなよ・・・。お前は俺たちと会えて、嬉しくないのか・・・?」
サトシの泣いてしまいそうな顔に、イベルタルが慌てて首を振った。
会えてうれしいに決まっている。
大切な娘と、その対となる存在。
自分たちの心の支えと、自分たちの友人に再会できて、嬉しくないわけはないのだ。
けれど、自分は世界に拒まれる存在だ。
世界から愛されている彼らと、ともにあっていい存在ではない。
きっと、対である彼も、自分の存在を快く思ってはいないだろう。
だって自分は、彼とは真逆の『破壊の化身』なのだから。
『ごめん、ごめんよ、サトシ、シンジ・・・。2人に会えてうれしい。でも、でも、僕は・・・』
「静かにただ 見つめてた 小さきもの 眠る顔――――――」
『・・・っ!?』
シンジの静かな声が、旋律を口ずさむ。
イベルタルの大好きな、幸せの子守唄。
哀しげな顔で、苦しそうに歌っている。
自分のために、愛する娘が、辛いのを我慢して。
「眉間にしわ 少しだけ寄せてる 怖い夢なら 目を覚まして・・・」
「水がこわくて しり込みしてた あの夏が よみがえるよ」
「背中押されて やっと泳げた まるで 昨日みたいです・・・」
シンジの歌に合わせて、サトシも歌う。
約束したものだった。
自分を眠りにつかせるときは、必ず2人で歌ってくれるという、何回も、何百回も繰り返した約束。
自分のために、自分の対であるゼルネアスが、2人にお願いしてかわされた、誓いの様な約束事。
自分を想って願ってくれたこと。
自分の幸せのために、そのお願いをかなえて、彼らは唄ってくれている。
けれど、今の彼らは自分の幸せのために、泣いてくれている。
嬉しいけれど、それはとても悲しいことだった。
「声が 聞こえる ゆくべき道 指さしている」
「さらさら流る 風の中でひとり わたし うたっています――――――・・・」
サトシ達の声は震えていた。
ぼろぼろと涙を流していて、その姿は痛々しい。
成り行きを見守るしかないセレナたちも、その姿に涙を流していた。
「こんなの、こんなのやだよぉ・・・っ!!!」
サトシが、悲痛な声で叫んだ。
「こんなのちっとも幸せじゃない!こんな気持ちで、お前を眠りにつかせたくなんかないよ・・・!!!こんなの、俺もシンジも、イベルタルも、皆辛いだけだ・・・・・」
『サトシ・・・』
「お前はこれでいいのか?こんな風に眠りについて、お前は本当に幸せなのか?」
『シンジ・・・』
2人の泣き顔に、イベルタルが地面に降り立った。
大切な人たちを、自分が泣かせてしまった。
笑っていてほしい人たちを、自分が悲しませてしまったのだ。
イベルタルが、ぎゅう、と2人の体を抱きしめた。
『ごめん、ごめんねぇ・・・』
「イベルタル・・・」
『僕もこんなのいやだよ・・・。こんな悲しい気持ちで眠りたくない。僕は2人の笑顔を見ながら眠りにつきたいんだ・・・』
「だったら、だったらさぁ・・・。目覚めなきゃよかったとか、そんな悲しいこと言うなよぉ・・・!」
『謝るから、泣かないでよぉ・・・!』
「お前が泣かせてるんだろうが、」
『ごめんねぇ・・・!』
ぽかぽか、とサトシとシンジがイベルタルの体をたたく。
小さな拳で叩かれても、イベルタルには痛くも痒くもない。
2人の泣き顔を見る方が、心が痛む。
何とかして2人を泣きやませようと2人に擦りよるけれど、2人は震えている。
涙をぬぐうために2人の頬をなめると、2人は一瞬キョトンとして、それから顔を見合わせて笑った。
「イベルタル必死すぎ、」
「ほっといても泣きやむのにな」
『だってぇ・・・』
「うん、ありがとな、イベルタル」
「もう泣きやんだから、大丈夫だぞ」
『うん、うん、よかったぁ・・・!』
2人の笑顔に、イベルタルが嬉しそうに顔をほころばせた。
「あ、あの・・・」
「「『!!!』」」
遠くから成り行きを見守っていたセレナたちが、恐る恐るとしながらも、サトシ達に近寄った。
まだ距離はあるが、イベルタルも、セレナたちも顔がこわばっていた。
「ご、ごめんなさい!」
『え?』
「僕もすいません」
「わ、私も・・・」
いきなり頭を下げたセレナたちに、イベルタルが目を見開く。
サトシ達も驚いていた。
「私たち、あなたのことをよく知りもしないで、ひどいことばっかり言っちゃて・・・」
「ごめんね、イベルタル」
「サトシ達の友達、なんですよね?酷い対応を取ってしまって、すいませんでした・・・」
セレナたちの言葉に、イベルタルがサトシ達を見た。
サトシ達も顔を見合わせて、それから嬉しそうに笑って、イベルタルを見上げた。
「だから言っただろ?あいつらなら、お前のことを分かってくれるって」
白い歯を見せて笑うサトシに、イベルタルも満面の笑みを浮かべた。
『うん、そうみたい』
サトシたち以外の人間も、捨てたものじゃないね?
おどけたように笑うイベルタルの言葉に、サトシ達は声をあげて笑った。