無欲に勝るものはない
初夏の日差しが森の木々を明るく照らす。
丁度円を描くように木々がよけ、ぽっかりと森が口をあけたような小さな広場で、サトシたちは昼食をとっていた。
テーブルにはこんがりと焼いたフランスパン。
シンジの作ったシチュー。シトロンの作ったハム入りスクランブルエッグ。
ユリーカの作ったサラダが並べられていた。
「いただきます」と声をそろえ、それぞれが好きなものに手を伸ばす。
サトシは早速シンジの作ったシチューに手をつけた。
「うまい!」
サトシが頬を緩ませ、うまいうまいとシチューを口に運ぶ。
最初にそれに手をつけるなんて!とこっそり拳を握っていたアイリスたち。
しかし、サトシがあまりにもほめちぎるので、ハルカたちもシチューを口に入れる。
確かにおいしい。
シトロンとユリーカもおいしいおいしいといチューを食べている。
サトシはすでに2杯目にうつっていた。
これはまずい・・・!
ヒカリたちは顔を青くさせた。
確かにおいしい。シンジが料理上手だということは認めよう。
しかし、しかしだ。シンジがサトシの理想の女の子であるとわかった今、それを素直に認めるわけにはいかなかった。
「シチューって言えば、やっぱりタケシよね~」
ナイス、カスミ!
タケシの話題を出して、気をそらすことを思いついたカスミにセレナたちが心の中で称賛の言葉を贈る。
それに乗っかる形で「デントの料理もおいしいのよ~」「シトロンも料理上手よね~」と言って、次々に料理上手の名前を上げていく。
サトシがシチューを食べる手を止め「確かにな~」と笑った。
シチューから気がそれたことに、少女たちはよし!とテーブルの下で拳を作った。
その不穏と言える空気を察知したピカチュウが、サトシの背後に移動した。
恋する少女怖い。
けれどもその強い感情を向けられている本人ことサトシは気付くそぶりも見せずに笑っている。
鈍感もここまで来ると病気レベルだ。
朗らかな笑みを浮かべたままサトシは言った。
「みんなの料理もおいしかったけど、俺はシンジの料理が1番好きだなぁ・・・」
眼を細めて優しく笑う。
その表情は年不相応に大人っぽい。
シンジはサトシの言葉にぱちくりと目を瞬かせ、こちらは珍しく、年相応の表情を浮かべていた。
「・・・決めた!」
サトシが立ち上がり、隣に座るシンジの手を握る。
シンジは状況が理解できていないのか、こてんと首をかしげた。
「シンジ!俺と結婚してください!」
「・・・はぁ?」
「「「「「はぁ!!?!?」」」」」
カスミの作戦が失敗し、より悪い方向へと向かった展開に、顔を青ざめさせていたヒカリ達から、サトシがさらに血の気を引かせた。
言ったサトシは真剣な表情でシンジを見つめ、少女たちの驚いた表情に気づいていない。
言われたシンジは理解できないという感情が、顔をのぞかせている。
「・・・どうしてそうなった?」
「いや、シンジの手料理を毎日食べたいなぁって思ったんだけど、ずっと一緒にいるなんて無理だろ?だったらもう結婚するしかないかなぁと思ってさ」
「飛躍しすぎだろ」
「そうでもないよ。シンジは俺の理想の女の子なんだ」
「?????」
たたみかけるように次々と放たれる言葉に、アイリスたちは今にも倒れてしまいそうだった。
自分が言われたい。言われる予定だった言葉が、今、目の前で別の女の子に向かっておしげもなく告げられている。
いっそ、倒れたい・・・。そう思ったのは誰だっただろうか。
シンジにサトシを思う気持ちはない。
決して嫌いだとか、無関心なのではなく、恋愛感情を抱いていないということだ。
サトシに恋する少女たちは、サトシに自分を選んでほしいという欲で満ちている。
それは当然だ。恋は下心。つまりは欲望である。
しかし悲しいかな。
ほしいものほど手に入らない現実と同じで、叶えたい恋ほど叶わないものである。
つまり、何が言いたいのかというと、
――――無欲にかなうものはない
(・・・私、聞いたことあるよ。男の子は胃袋から落とせって)
(こら、ユリーカ。今そんなこと言っちゃいけません)
(みんな攻め方を間違えたんだね)
(ユリーカ、それとどめ!!!)