常識なんてあったもんじゃない






サトシたちはカノコタウンに帰る途中、セレストシティに立ち寄った。
本当ならこの町は素通りして、次に町で休む予定だったのだが、長旅でたまりにたまった披露を解消すべく、この町で休息を取ることになったのだ。
そんなサトシ一行は、ポケモンセンターに向かう途中で、妙な人だかりを見つけた。


「あれは何かしら?」
「有名人でも来てるのかな?」


人だかりに駆け寄り、中心をのぞき見ようとするアイリス。背の高いデントにも、見えるのは人の壁だけである。
人の間から覗いて見ようにも、人の壁が厚すぎて見えやしない。


「何でも、強いトレーナーがバトルしてるそうだよ」
「え?」


かけられた声に振り替えると、そこには見慣れたくすんだ金髪の少年がいタ。


「シューティー!」
「1体のポケモンで10人抜きしてるらしいわよ」
「ラングレー!ベルにケニヤン、カベルネまで!」
「10人抜き!?嘘でしょ!?」
「本当よ!私見てたもん!」


ベルが喜々として言った。興奮しているのか、顔が赤く、テンションもいつもより高い。
その時、人だかりの中心で、歓声が上がる。


「またあのトレーナーが勝ったみたいだな」
「すごい!11人抜きよ!」


すごいすごいとはしゃぐベル。ケニヤンも感心したように人だかりを見つめている。


「ぴ?」
「ん?どうした?ピカチュウ」
「ぴかぴ!」
「え!?ピカチュウ!?」


肩を飛び降り、人ごみに飛び込むピカチュウ。サトシがそれを追って走り出す。
アイリスたちが呼び止めるも、サトシはすでに人ごみの中だ。
仕方なく、彼らはサトシの後を追った。


「もう!ホント、子供なんだから!」













「すいません!通してください!」


人の間をすり抜け、人ごみの中央へと躍り出る。
黄色の相棒はどこだと見回せば、紫の腕の中にいた。
甘えたように擦り寄る様を見て、ピカチュウを抱き上げている人物の顔を見る。
サトシはその人物を見て、目を見開いた。


「シンジ!?」


上がった驚きの声に、シンジがサトシに顔を向ける。


「・・・・・もはや、ストーカーの域だな」
「え?」
「いや・・・。エレキブル、戻れ」


エレキブルをボールに戻し、シンジが人込みを出ようと人の壁に向かって歩く。
すると、周りから不満げな声が上がった。


「おい!どこ行くんだよ!」
「そうよ!まだ私とバトルしてないわ!」


抗議の声に足を止め、わずかに振り向きシンジが言った。


「俺にも都合がある。第一、俺はだトルの承認をしていない。お前たちが攻撃してきたから受けてたっただけだ」


シンジの言葉は正しかったらしく、抗議の声を上げた者たちが押し黙る。
反論をいうものがいないのを確認して、シンジはサトシに向き直る。そして、腕に抱いたピカチュウをサトシに返した。
ピカチュウを受け取りながら、サトシは尋ねた。


「シンジ、お前がバトルしてたのか?」
「ああ」
「11人抜きって聞いたぞ」
「正確には15人抜きだ」
「エレキブル1体で?」
「ああ」
「また強くなったんだな!」
「当り前だ。いつまでも同じ場所にとどまっているわけがないだろう」


久しぶりに会ったライバルに、サトシは嬉しそうに笑っている。


「やっと追い付いた!」


人ごみから、アイリスたちがやっとの思いで中心に躍り出る。
肩で息をしていたベルが、興奮気味に言った。


「あー!!11人抜きの人!!サトシくん、知り合いなの!?」
「ああ!俺のライバルなんだ!」


ベルの問いに、サトシが嬉しそうに答える。肩に乗ったピカチュウも嬉しそうだ。
そんな言葉を、鼻で笑う声が聞こえた。


「どうやら、強いトレーナーだというのは出まかせだったようだね」


小馬鹿にしたようにそう言ったのは、シューティーだった。


「何だと!?」
「君みたいな基本のなっていないトレーナーのライバルなんて、どうせその程度なんだろう?」
「馬鹿にするな!シンジは強いんだ!」
「ぴかぴかー!ぴかっちゅー!!」


サトシだけでなく、ピカチュウまでもがシューティーに反論する。
彼のライバルは、サトシだけではない。ピカチュウとて、シンジ(正確にはシンジのポケモンだが)のライバルなのである。それを馬鹿にされて、黙っていられるほど、大人ではない。
肩をすくめるシンジのポケットから、白い光が外へと出てくる。ボールからポケモンが出てきたときの光だ。
一体なんだとシューティーがそちらに目を向け、目をむいた。


「ぐおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!」


大地を揺るがさんばかりの咆哮。黒くつるりとした巨体。
大きな尾では、雷を思わせる電流が流れている。
赤いその目でシューティーを睨みつけるポケモンは――ゼクロム。


『私の操り人を愚弄するか、矮小なる人の子よ』


続けざまに表れたのは、紫色のポケモンだった。
どこかミュウをほうふつとさせるその姿は、どこか人間のようにも見える。
そのポケモンの名は――ミュウツー。

現れた伝説と呼ばれるポケモンに、イッシュの人々が呆然とする。
けれども、その渦中の人物は、いたって平然としていた。


「お前たち、勝手に出てくるな」


そういさめれば、ゼクロムもミュウツーも、不満げな様子でシンジを見つめた。


「ぐうう・・・」
『主を馬鹿にされて黙っていられるほど、私は大人ではない。ゼクロムもそう言っている。他のポケモンたちもだ』


その言葉に連動するように、ボールがカタカタと揺れる。
それにため息をついて、ゆるく言葉を吐き出した。


「お前たちが出てきたことで、俺を蔑む奴もいなくなっただろう。戻れ」


ボールをかざせば、不満げではあるものの、2匹は大人しくボールに収まった。
その様子を見て、目を輝かせていたサトシがたずねた。


「シンジ!ゼクロムとミュウツーをゲットしたのか!?」
「まぁな」
「後で会わせてくれよ!」
「ああ」


一つうなずいて、シンジはシューティーを見た。
鋭い視線が自分に向けられ、シューティーの肩が跳ねる。
シンジがく、と口角を上げ、ニヒルな笑みを浮かべた。


「で?俺が何だって?」


シューティーはこのとき、目の前が真っ暗になるという感覚を知った。




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