シンジのイッシュ旅
レイジより渡されたヤミラミのボールを持って、シンジは裏庭に向かった。
裏庭では、レイジの預かるポケモンたちが駆け回り、見覚えのあるポケモンたちは自分に向かって笑みを向け、そばに寄ってくる。
それらのポケモンをなでながら、シンジは目的のヤミラミを探す。
どうやらこの中にはいないようで、深い紫色は見つからなかった。
「お前たち、ヤミラミを見なかったか?」
ポケモンたちに尋ねてみると、ポケモンたちは互いに顔を見合わせ、くすくすと笑った。
どうやら、居場所は知っているようだが、教える気はないらしい。
シンジは嘆息した。
「自分で見つけろということか・・・」
ポケモンたちがうなずく。
にこにこと笑うポケモンたちを見て、シンジは肩をすくめた。
どうやらこれは遊びの延長、ゲーム感覚でやっているようで、本気で隠れているわけではないらしい。
シンジはもう一度肩をすくめ、迷うことなく庭の低木の茂みに向かった。
ポケモンたちは驚いてシンジの姿を目で追った。
シンジは茂みの前で立ち止まり、その前にしゃがみこんだ。
低木の枝をめくると、そこには目を丸くした深い紫色のポケモンが座り込んでいた。
「見つけたぞ」
そうヤミラミに声をかければ、ヤミラミは口元に手を当て、くすくすと笑った。そして嬉しそうに茂みから出てきてシンジに抱きついた。
ヤミラミとは2年の付き合いだ。年月だけでいえば、ドダイトスよりも長い。
旅に出てからも、ここに帰ってくるたびに遊べとせがまれたり、バトルにつきあってもらったりしているので、彼の行動はある程度把握済みである。この程度のことが分からないシンジではないのだ。
抱きついてきたヤミラミの頭をなでながら、シンジは言った。
「ヤミラミ。私はもうすぐイッシュという地方に行こうと思っている」
「ヤミッ!?」
ヤミラミがシンジの腹に埋めていた顔を上げる。
まだ帰ってきたばかりなのに!というように、彼はシンジに擦りよった。
他のポケモンたちも、しゅんとうなだれている。
「後で相手をしてやるからお前たちは先に遊んでいろ。今はヤミラミに話がある」
するとポケモンたちは嬉しそうに目を輝かせた。
ぱっと散っていく姿を見てから、シンジはヤミラミに目を向けた。
ヤミラミは話ってなぁに?というように首をかしげている。
「お前、ずっとここにいて、つまらなくないか?」
「ヤミ・・・」
ヤミラミがシンジの言葉にうつむく。
彼はこの2年、ずっと育て屋の庭の中にいた。
預けられた当初は、トレーナーを追って、庭からの脱走を試みたりしていたが、ある時から、それもぱったりなくなっていた。
それからは、この敷地内でおとなしく遊んでいる。
時折、外に連れ出すこともあるが、それも1日限りのこと。
むしろヤミラミはよく我慢した方がある。
肯定するようにヤミラミがシンジに擦りよった。
「ヤミラミ。私についてくる気はないか?」
「ヤミッ!?」
「強制はしない。お前が決めろ」
驚いたようにぽかんと口をあけて、ヤミラミはシンジを見つめる。
言葉を反芻し、理解したのか、ヤミラミの目が輝いた。
こくこくと嬉しそうにうなずくヤミラミを見て、シンジがポケットからヤミラミのボールを取りだした。
ヤミラミをボールに戻そうとするとヤミラミはそれを制した。
「おい?」
「ヤーミ」
ヤミラミがシンジの手からボールを取り、思いきりボールをたたいた。
それを見て、シンジがギョッとした。
「待て、ヤミラミ」
「ヤミ?」
「お前は、それでいいのか?」
シャドーボールをぶつけ、ボールを壊そうとしたヤミラミを止め、シンジがたずねた。
ボールを壊すということは、主人を捨てることと同義。
ポケモンたちは、トレーナーがそのことを教えずとも、本能的に自分が自由になる方法を知っている。
ヤミラミも、もちろんそのことを理解している。
それを承知でボールの破壊に及んだということはつまり――――――。
「ヤミ、」
力強くうなずくヤミラミの目は真剣そのものだ。その水晶の目にいっさいの迷いもない。
その瞳を見て、シンジはヤミラミを制していた手をどけた。
「お前がそれで後悔しないのなら、好きにしろ」
ヤミラミがシンジの言葉にうなずき、手に黒いエネルギーを集中させた。
シャドーボールを放ち、ボールにぶつかる。
ボールは少々の焦げ目を残し、2つに割れて壊れた。
これで、トレーナーとのつながりは完全に断ち切れた。
「ヤーミ」
自由の身になったヤミラミがシンジへと向き直る。
シンジがポケットから新しいボールを取り出し、ヤミラミの額に充てると、抵抗することもなくヤミラミはボールの中に吸い込まれていった。
揺れていたボールがカチリという音が鳴って止まった。
シンジはヤミラミをゲットした。
と、ぱかりとボールが開き、ヤミラミが外に出る。
出てきたヤミラミは嬉しそうに笑っていた。
「ヤミー!」
ぎゅう、とシンジに抱きつく。
シンジもそれにこたえてやれば、ヤミラミがさらに笑みを深めた。
「ヤーミ、ヤミラー!」
これからよろしく、と言われているようで、こちらこそ、というようにシンジが強くうなずいた。
そのあと、シンジと遊ぶのを楽しみに待っていたであろうポケモンたちに持ってましたとばかりに抱きつかれ、ポケモンたちに埋もれてしまったのは、ここだけの話である。