シンジのイッシュ旅
シンジは今、トバリシティに帰ってきていた。フロンティアブレーンであるジンダイに勝利をおさめ、次なる目標を立てるべくポケモンたちの調整を行うためである。
サトシとの再選も念頭に置いてあったが、風のうわさで彼は新たな地方へと旅立ったと聞いた。根っからのトレーナー気質であるかれが、ひとどころにとどまっていられないというのは、想定の範囲内である。
ふと、荷物の整理をしていたシンジに、レイジが声をかけた。
「そういえば、タケシくんから連絡があったよ」
「・・・あの糸目がどうした」
「サトシくん。どうやらイッシュに行ったらしいよ」
荷物を整理していたシンジの手が止まる。
イッシュ。イッシュ地方のことだ。
ここから数千キロ離れた大陸に位置している地方で、他地方に詳しいシンジでさえ、ほとんど情報を持っていない。
そこに、サトシがいる。
「イッシュ地方って、独自の生態系を持った珍しいポケモンが多いんだろう?」
「ああ」
「バトル施設も多いらしいし、言ってみる価値はあるんじゃない?」
サトシと同じく、トレーナー気質であるシンジにとって、イッシュはとても魅力的だった。
イッシュにはイッシュにしか生息していないポケモンが多数いる。
その上、バトル施設は他地方とは比べ物にならないほどに多いという。
そして何より――――――
「サトシくんがいるし?」
レイジを見れば、彼はいい笑顔を浮かべていた。
他人から見れば、さわやかな裏表のない笑みに見えるだろう。しかし妹であるシンジから見れば、レイジの笑みはただの下世話な笑みにしか見えず、シンジは思わず冷めた視線を送った。
「エレキブル。雷で人間を焦がすことはできるか」
「わーっ!ごめん!ごめんって!ちょっとからかっただけじゃないか・・・」
隣に控えていたエレキブルに声をかければ、レイジが両手で降参のポーズを取る。
それを見て、シンジは思わずため息をついた。
エレキブルは、困ったように笑っていた。
「くだらんことをするな」
「兄妹のスキンシップだろ?あんまり必死だと、逆に怪しいぞー?」
「リングマ。容赦はいらん。破壊光線だ」
「すいませんでしたっっっ!!!」
シンジが、リングマをボールから解き放ち、指示を出せば、レイジは90度腰を曲げて頭を下げた。
シンジなら本気でやりかねないことを知っているからだ。
「・・・イッシュか」
「あ、行ってみる気になった?」
嬉しそうに言うレイジに、シンジが眉を寄せる。
むっつりと押し黙ったままだったが、レイジはさらに笑みを深めた。
「じゃあ、船のチケットは取っておいてあげるよ。あ、でも、シンオウからの船は多分雪で止まっちゃうと思うから、ホウエンからの船でもいい?」
「・・・それでいい」
「了解。あ、そうだ」
「?何だ」
「実は、庭にいるヤミラミを連れて行ってあげてほしいんだ」
「ヤミラミ・・・?まだ預かっていたのか?」
シンジの問いに、レイジは眉を下げる。
2人の言うヤミラミとは、とある少年トレーナーから預かったポケモンのことである。
シンジが旅に出る前から預かっており、かれこれ2年はたつだろう。
けれども、トレーナーからの音沙汰はない。
「いつまでたっても引き取りに来ないから、連絡を入れてみたんだけで、つながらなくてさ・・・。ジュンサーさんに相談してみたんだけど・・・」
「トレーナーが見つからなかったのか?」
「うん・・・」
表情を暗くした兄に、シンジは肩をすくめた。
最近、ポケモンを育て屋に預けたまま、引き取りに来ないトレーナーが多くなり、問題となっている。
その噂は、シンジの耳にも届いていた。
人さまのポケモンをシンジに預けようと考えているのも、おそらくそのことを懸念しているからだろう。
シンジは嘆息した。
「・・・わかった」
「え?」
「連れていけばいいんだろう?」
「ありがとう、シンジ!」
どさくさにまぎれて抱きついてきた兄に、シンジは今度こそ雷を落とした。
「(しかし、何故ジュンサーさんがトレーナーを見つけられなかったんだ・・・?)」
育て屋はポケモンを預かるとき、名前、住所、連絡先を必ず控えておく。
トレーナーを探すにあたって、レイジはおそらく、これらの情報を開示したはずだ。
これだけの情報がそろっていて、ヤミラミのトレーナーを見つけられないというのは、妙な話だ。
「(まさか、な・・・)」
シンジは頭に浮かんだ妙な考えを打ち消し、裏手にある庭へと向かった。