頭が痛いシンジの話
シンジが目を覚ましたのは、翌日のことだった。まぶたの上に載せられた冷たい感触に、意識がゆっくりと浮上していく。
腕を持ち上げ、その冷たいものに触れると、それはどうやら濡らしたタオルのようで、タオルを顔からどかしながら上体を起こす。
頭部の痛みはない。点滴が効いたらしい。
眠っている間に点滴はすっかり外されていた。
だいぶ深く眠っていたらしい、と未だにぼーっとする頭で考える。
そう言えば、とサトシたちのことを思い出す。
隣を見ると、屋はろというか、一晩中そこにいたらしいサトシがベッドに突っ伏して眠っていた。
ピカチュウとドダイトスも(ヤヤコマとケロマツはボールに戻したらしい)サトシのそばで眠っている。
「・・・ドダ?」
自分が起きた気配に気づいたらしいドダイトスが目を覚ます。
それにつられるようにしてピカチュウが起き出した。
「ぴか?」
不思議そうにあたりを見回して、ピカチュウがこちらを向く。
夢うつつだった表情が一変し、嬉しそうな笑みに変わる。
「ぴかっちゅう!」
ピカチュウがシンジの胸に飛び込み頬をする寄せる。
ドダイトスものそのそとベッド際に歩み寄ってきた。
「ドーダ」
「もう、大丈夫だ。・・・心配をかけたな」
「ドッダ」
まったくだ、というようにうなずかれ、ぽんぽんと頭をなでる。
その流れでピカチュウの背中をあやすようにたたくと、ピカチュウが甘えたような声を出した。
「・・・ん?あれ?シンジ?」
サトシが目を覚ます。シンジが起きていることに気付き、ぱっと眼が輝く。
ピカチュウと同じ反応である。
長く相棒関係にあるとお互い似てくるのだろうか。
サトシとピカチュウの顔を見比べてしまうのは仕方のないことだった。
「おはよう、シンジ。もう大丈夫なのか?」
「ああ」
「そっか、よかった」
自分のことのように嬉しそうに眼を細め、目元をなでられる。
「一応冷やしておいたからはれてはいないけど、ちょっと赤くなってるな」
そう言って親指の腹で目じりをなでられる。
それでタオルがのせてあったのか、とシンジは一人納得した。
「・・・世話になったな」
「俺が具合悪いシンジを放っておけなくて勝手にやっただけだよ」
「・・・助かった」
「うん。どういたしまして」
指の背で優しく頬をなで、慈愛に満ちた笑みを浮かべるサトシに、シンジはいたたまれなくなり、居心地の悪さを感じた。
「・・・昨日のことは忘れてくれるとありがたいんだがな」
「忘れられるわけないだろ?シンジが初めて俺に見せてくれた弱みなんだぜ?」
「意図的に見せたわけじゃない」
シンジがサトシを睨みつけるが、彼は笑っている。
「忘れられないって。意地はって弱みを見せようとしないシンジも、痛みで泣いちゃうシンジも、辛さで素直になるシンジも、全部可愛かったぜ?」
「なっ・・・!?」
「頭痛に悩まされてるなんて初めて知ったし、子供にやさしいのも初めて知った。俺が知らないシンジがまだまだたくさんいるってわかって、もっとシンジのこと知りたいって思ったよ」
サトシの言葉にシンジが目を見開く。
ピカチュウが苦笑し、ドダイトスがじと目をサトシに向ける。
サトシは笑って続けた。
「あと、肌とか髪が綺麗で、触ったら気持ちいいってのも初めて知ったなー。シンオウじゃこんなことなかったし」
シンジがずざっ!という効果音とともに後ずさる。
ピカチュウを力強く抱きしめ硬直してしまったのは仕方ない。
「シンジ?」
「・・・お前が予想以上にたらしで驚いているだけだ」
たらし?と不思議そうに尋ね返され、シンジは何でもない、という他なかった。
「自覚なしかよ・・・」と頭を抱え、うなだれるシンジにピカチュウが励ますように擦り寄った。
ドダイトスはあきれたようにサトシを見つめた。
コンコン、と控えめにノックがかかり、シンジは「はい」と返事をした。
するとドアが開き、外からシトロン、ユリーカ、セレナの3人が顔をのぞかせた。
「あ、シンジさん起きてる!」
「もう大丈夫なの?」
「ああ」
「よかったです。あ、僕、ジョーイさん呼んできますね?」
「ああ、頼むぜ、シトロン」
「任せてください!」
シンジが起きていることを確認すると、セレナたちは嬉しそうに笑った。
体調が戻っているらしいことを確かめ、シトロンがジョーイを呼びに走る。
それを見送って、セレナとユリーカが病室に入ってきた。
「もう痛くなぁい?」
「ああ」
「よかった!」
「ほんと、元気そうでよかった。ところで、何でそんなに端っこにいるの?」
「・・・何でもない」
少しの間をあけてしまったが、何と答えていいかわからず、結局何でもないとはぐらかした。
そしてピカチュウを降ろし、真ん中に座りなおした。
丁度その時、再びドアがノックされ、シトロンの「連れてきましたよー」という声が聞こえた。
「おはよう、シンジさん。おはよう、みんな」
「「「おはようございます!」」」
「おはようございます、ジョーイさん」
ドアを開け、入ってきたジョーイが満面の笑みで挨拶を交わす。
場所を開けたサトシたちに礼を言い、ジョーイがシンジの顔色を見た。
「うん、顔色もよくなったわね。どこか体に違和感はないかしら?」
「大丈夫です」
「よかったわ。でも、今日は大事を取って、安静にしててね?」
「はい」
「後、これが処方箋よ。5日分入ってるわ。必ず食後に飲んでね?間違ってもお腹に何も入ってない状態でのんじゃ駄目よ?」
「わかりました」
素直にうなずくシンジに、ジョーイは満足そうに笑った。
「じゃあ私は仕事に戻るわ。具合が悪くなったら、早めに言うのよ?」
「はい、ありがとうございます」
ジョーイが笑顔でシンジのサラサラとした髪をなでる。
それからサトシたちに手を振って、病室を出て行った。
「今日はバトルは無理そうだな」
「そうだな」
ジョーイを見送りながらサトシが残念そうに眉を下げる。
シンジも不満げだ。
「だが、お前もカロスリーグを目指しているんだろう?」
「ああ!」
「なら、これから何度でも会うことになるだろう。その時に、いくらでもバトルすればいい」
「!」
「次は私が勝つ」
「俺だって負けないぜ!」
ぎらぎらと好戦的な色をその瞳に宿しながら、2人は口角を上げる。
どちらからともなくこぶしを合わせ、2人は不敵な笑みを浮かべた。
そのあと、サトシたちは安静にしていなければならないシンジを置いて旅に出た。
名残惜しくなかったかと問われれば、名残惜しいと答えるほかないが、シンジの言う通り、同じ目標に向かって進んでいるのなら、また出会えることだろう。
また出会うためには、別れだって必要だ。
「(次会うときは、元気なシンジに会いたいな)」
雨上がりの道をサトシは笑顔で進んでいく。
次の町は、もうすぐそこだ。