頭が痛いシンジの話






雨が降り出す前に、ポケモンセンターに付けたことに、サトシがほっと息をつく。
ポケモンセンターに入るのとほぼ同時に、ぽつりぽつりと雨が地面をぬらしていった。

そして、自分たちの後を追うように買い出しに行っていたセレナたちがポケモンセンターに駆け込んできた。


「セーフ!濡れなくてよかった~」
「ラッキーだったね!お兄ちゃん!」
「そうですね。って、あれ?サトシ?」


雨が降り出して、走ってポケモンセンターに飛び込んできたらしい。
こちらに気づいたシトロンが、サトシに声をかけた。


「よかった。雨にぬれる前に帰ってきていたんですね」
「って、その子どうしたの?」


安心したような笑みを浮かべるシトロンとユリーカ。
セレナはサトシの腕の中にいる苦悶の表情を浮かべた少女に驚き、目を丸くした。


「えっと、こいつはシンジ。シンオウを旅してた時に出会った俺のライバルで、偶然再会したんだ。具合が悪いみたいでここまで連れてきたんだけど・・・」
「じゃあ、ジョーイさんに診てもらわないと!」
「私、ジョーイさん呼んでくる!」
「僕は荷物を置いたらすぐに戻ってきますから!」
「頼む」


セレナとユリーカがカウンターへ。シトロンが宿泊スペースになっている2階への階段へと走っていく。
それを見送って、サトシがゆっくりとシンジをカウンターのそばへ運んだ。


「その子が患者さんね?」
「はい」


カウンターから出てきたジョーイが、すぐにシンジの顔色をうかがう。
雪のように白いシンジの顔色を見て、ジョーイが眉を寄せた。


「どんな症状を訴えてる?」
「頭痛いって吐いちゃって。シンジ、他には?」
「ない・・・」
「薬は飲んだかしら?」
「のんでない、です・・・」
「そう、分かったわ。こっちに連れてきてもらえる?」
「はい」


ジョーイの後を追い、病室へ向かう。
病室へ向かう途中、シトロンと合流し、一行はポケモンセンターの奥へと進んだ。

真っ白い病室の白いベッドにシンジを寝かせる。
ジョーイはプクリンの用意した点滴を打ち、サトシたちに向き直った。


「一時間の点滴だから、一時間たったらまた来るわね?」
「はい」
「後は任せてもいいかしら?この時期は人もポケモンも頭痛の患者が多いの」
「え?そうなんですか?」


困ったような表情で頬に手を当てたジョーイの言葉に、セレナが目を瞬かせる。
博識なシトロンでも知らなかった事実らしく、シトロンも興味深げにジョーイを見つめた。


「春先は気圧が不安定で、天気がコロコロ変わるでしょう?それが原因で『低気圧頭痛』という現象が起きてしまうの」
「低気圧頭痛・・・」


ジョーイの言葉を反芻するサトシにジョーイがうなずいた。


「気圧が低くなることで起こる頭痛よ。酸素が薄くなったり、頭蓋内の脳や血管が圧迫されることによって生じるの。普段から偏頭痛や緊張型頭痛に悩まされている人に多いわ。特に女の子に多いの」
「そうなんですか・・・」


痛みを思い出して顔をゆがめるほどの苦痛。
思い受けベられるほど頻繁に起こる現象。
ベッドに寝かされたシンジの苦悶の表情を見て、サトシが顔をしかめた。


「後でお薬を出しておくから、この子が元気になったらカウンターに顔を出すように言うか、私を読んでね?」
「はい」
「それから点滴を打つと急激に体温が下がってしまう場合もあるから、寒さを訴えられたらこれをかけてあげて?」
「分かりました」


ジョーイから毛布を受け取り、サトシがうなずいた。


「じゃあよろしくね?」
「任せてください」


ジョーイが病室を出て行くのを見送って、サトシがベッドの方を向く。
ベッドの周りにはドダイトスやピカチュウたちが集まっている。
サトシが近寄ると、ヤヤコマとケロマツが場所を開けてくれた。
髪をなでると、シンジがゆっくりと目を開けた。


「サトシ・・・?」
「そうだよ、大丈夫か?」
「てんてき、うって、すぐだぞ・・・。あたま、われる。むしろ、わりたい・・・」


雨が降ってきてさらに頭痛がひどくなってのだろう、シンジの目に、今にもこぼれおちてしまいそうなほどに涙がたまっている。
サトシ以外にも人が増えたからだろう、彼女の矜持が涙を止めていた。


「点滴打ってもらったんだし、すぐに良くなるよ。薬も出してくれるって言ってたし、な?」


サトシの言葉と髪をなでる優しい手に、シンジがゆっくりとうなずく。
それからつい、と視線を動かし、サトシの後ろに控えたユリーカたちを見た。


「ああ、こいつらは今一緒に旅してる仲間なんだ」
「初めまして!私ユリーカ!こっちはお兄ちゃんのシトロン!」
「こら、ユリーカ!あんまり大きな声を出しちゃダメだろ?」
「あっ!ごめんなさい・・・」


はいはい、と手を挙げ、ベッドのふちで飛び跳ねる少女が元気よく挨拶する。
兄と紹介された少年が、落ち着きなさいとたしなめる。


「すいません、うるさくして・・」
「べつに、これくらいなら、だいじょうぶだ」


微笑ましい兄妹のやり取りを見て、シンジがうっすらと笑む。
それにほっとしたように兄妹が笑った。


「えっと、シンジさん、だっけ?」
「・・・シンジ、で、いい」
「うん。じゃあシンジね。私はセレナ。それでシンジ、寒くない?点滴を打つと体が冷えるってジョーイさんが言ってたんだけど・・・」
「・・・そういえば、」


すこし、さむい。
そう言ってシンジがシーツを胸元まで引き上げた。


「じゃあ、毛布かけるぞ?これで大丈夫か?」
「・・・ああ」
「よかった」


シーツの上に毛布を広げ、シンジの上にかぶせた。
あたたかい、と呟けば、サトシは満足げに笑った。


「じゃあ私たちは部屋に戻るね。あんまり大勢でいたら落ち着かないだろうし」
「そうですね。サトシ、任せてもいいですか?」
「ああ」
「あ!じゃあ私、おまじないしてあげる!」


セレナの言葉に同意したシトロンがサトシに後を頼む。
サトシがうなずくと、ユリーカがベッドの上に身を乗り出した。


「いたいのいたいの、とんでけー!」


シンジの髪をなでながらユリーカが呪文を唱える。
両手で上に放り投げるような動作を取りながらベッドから飛び降りる。
シンジはユリーカの唐突な行動に目を瞬かせ、それからわずかに口元を緩めた。


「すごいな・・・。いたみがやわらいだ」
「ホント!?これね、お父さんに教えてもらったおまじないなんだけど、すっごくよく効くの!シンジさんにも効いてよかった!」
「ああ・・・。ありがとう」
「うん!」


嬉しそうに笑うユリーカとほころぶように笑うシンジ。
2人を微笑ましげに見守って、シトロンが「ユリーカ、行きますよ」と声をかけた。


「はーい!じゃあまたね、シンジさん!」


大きく手を振って病室を出ていくユリーカ。
片手を上げることでそれに答えたシンジが病室から出ていく3人を見送った。

一連の流れを見ていたサトシとピカチュウが、ぽかんと口を開け、間の抜けた顔をさらしていた。


「・・・なんだ」
「いや、なんか意外だと思ってさ」
「・・・こどもあいてに、つめたいたいどをとるほど、おとなげないまねは、しない」
「冷たいって自覚はあったんだ」


笑いを含んだサトシの声に、シンジがサトシを睨みつける。
けれども、それを意に介さず、サトシが言った。


「今日のほんの少しの間に、いろんなシンジを知れたなぁ・・」


しみじみと呟くサトシの言葉に、ドダイトスが呆れたようなじと目でサトシを見やった。
それに気付き、サトシが苦笑する。


「まだまだ俺の知らないシンジがいるって?」
「ドッダ」
「そっか」


サトシが楽しそうに笑うのを見て、ケロマツとヤヤコマが首をかしげた。


「ん?ああ。いつものシンジはもっと強気で、プライドが高くて、自信にあふれてるっていうか、そんな感じなんだ。俺もこんな弱ったシンジは初めてみるから、びっくりした」
「ぴかっちゅ!」
「ヤッコ~・・・」
「ケェロ・・・」


苦笑交じりのサトシの言葉にピカチュウが強くうなずく。
これが彼女の常だと思っていたらしいヤヤコマたちは驚いたのか、呆然とシンジを見つめた。
視線に耐えられなくなったのか、シンジがつい、と視線をそらした。


「それにしても、頭痛っていたそうだな。シンジがこんな風に弱っちゃうくらい辛いんだろ?」
「・・・つらい」
「そういや俺、コダックに悪いことしちゃったなー。あいつらって頭痛ひどいんだろ?なのに俺、頭攻撃しちゃった」
「今すぐ謝って来い」
「今度謝っとく・・・」


苦笑するサトシを見て、シンジがはぁ、と大きく息を吐く。
どうやら眠たいらしい。少し瞬きが多くなっている。


「シンジ、眠いのか?」
「・・・すこし」
「寝てもいいぜ?俺、ここにいるから」
「べつに、ひとりでもへいき、だ」
「さっきの見て、1人にできるわけないだろ?」


そう言って髪をなでてくるサトシは困ったように眉を下げ、心配そうな表情をしていた。
先程のことを引き合いに出されたシンジは言葉に詰まり、そっぽを向いた。


「ほら、寝ていいよ。ちゃんと寝て、体調整えて、バトルしよーぜ」
「・・・そうだな」


サトシの言葉に小さく同意して、シンジが目を閉じた。
目を閉じると、ほどなくして意識が遠のいていく感覚に襲われる。
意識が途切れるその瞬間まで、髪をなでる優しいぬくもりを、シンジは感じていた。




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