映し身が笑う






「どうするかなー・・・」


サトシは今、映し身の洞窟にいた。切り立った岩が、鏡のように姿を映す洞窟だ。
サトシはその洞窟でロケット団の襲撃に会い、セレナたちとはぐれてしまっていた。
こんなとき頼りになるピカチュウともはぐれてしまい、サトシは完全に1人だった。
さて、困った、と頭をかく。鏡の様な壁に、目印になるようなものはない。
動かない方が得策だろうか、と首をかしげた時、ふと、鏡の中の自分が、笑ったような気がした。


「よう」


鏡の中の自分が、片手をあげ、自分に笑いかけてきた。
サトシがすぅと目を細めた。警戒心をむき出しにした、不機嫌そうな顔。
それを見て、”サトシ”が歪んだ笑みを浮かべた。


「・・・またお前か」
「何だよ。せっかく道を教えてやろうと思ってたのに」


くつくつと”サトシ”が笑う。サトシは苦虫をかみつぶしたような顔をしている。


「・・・何で、お前がココにいるんだよ?」
「この洞窟の名前、覚えてないのか?映し身、つまり鏡と同じ原理なんだよ、ここは」


自分自身と裏の世界を映し出しているのさ。


「・・・だから、お前がココにいるのか」
「そ。表の俺を見に」
「帰れよ」
「うわ、辛辣。折角、浮気者に弁解の場を設けてやったっていうのに」
「はぁ?」


”サトシ”は、サトシが何を言ってもたのしそうに笑っている。
それに比例して、サトシの機嫌が悪くなる。
それを見て、”サトシ”は更に笑みを深めた。


「ほら」


”サトシ”が波紋のようなものから現れた白い手を引く。
波紋は徐々に広がり、ついに人の姿を現した。


「シンジ!!?何でここに・・・!?」


シンジと呼ばれた少女は、ふわりと微笑んだ。


「ギラティナの力を借りて、反転世界からこちらに来ている。久しぶりだな、サトシ」
「そうなんだ。久しぶりのシンジだぁ・・・」


鏡の中のシンジと手を重ねる。
嬉しそうに笑うサトシに、シンジも口元を緩めた。


「ところで・・・お前の”闇”に浮気者と呼ばれていたようだが、それはどういうことだ?」


シンジは、今までに見たこともないくらいに満面の笑みを浮かべている。
彼女の背後にブリザードが見えるのは気のせいだろうか。
”サトシ”に浮気者と不名誉なあだ名で呼ばれていたが、彼にはその心当たりがない。


「い、いや、俺もよくわかんな「本当に?」


少し離れた鏡の中で、2人の様子を見守っていた”サトシ”がくつくつと笑う。
シンジの華奢な肩に手を置き、口元をゆがめている。


「おい!シンジに触るなよ!」
「なーにがシンジに触るな、だよ?まーた女の子とフラグ立てちゃってるくせに?」


”サトシ”が笑いながら、また2人から距離を置く。
サトシは”サトシ”を威嚇するように睨みつけている。
しかしシンジは、そんなサトシを冷めた目で見つめていた。


「お前は一体、何人の女とフラグを立てれば気が済むんだ?」


シンジの背後のブリザードが、激しさを増した。


「い、いや、あのっ・・・!そんなつもりじゃ・・・!」
「わかってる」
「・・・え?」
「思えのことだから、一緒に旅をしたら楽しそうだとか、そんなことしか頭になくて、他意はないんだろう・・・。でも・・・少しは私のことも考えろ・・・!」
「シンジ・・・」


シンジはうつむいてしまって、顔は見えない。
しかし、壁についた手は震えていた。


「シンジ、顔上げて?」


シンジがゆっくりと顔を上げる。
目元が少し赤くなっているが、泣いているわけではないようで、サトシは少しほっとした。


「シンジ、顔、もうちょっとこっちに寄せられる?」
「・・・?」


シンジが顔を寄せる。
ぐっと近づいた距離に、サトシに口元がゆるむ。


「サト、シ・・・?」


サトシがそっと目を伏せて、シンジの唇に唇を寄せる。
息が詰まったような音を聞き、サトシが目を開く。
目を開ければ、驚いた顔のシンジがいた。
サトシが、ふっと微笑んだ。


「・・・!!?!?」


シンジが、全力で後ずさった。さがったその距離10メートル強。
いくらなんでも、その反応はいただけない。
サトシが唇を尖らせる。


「・・・本当にしたわけじゃないんだから、そんな本気で逃げなくてもいいだろ!」
「・・・っ!!い、今のはお前が悪いだろ!」
「そうだけど!!でも、俺がシンジを不安にさせちゃったんだから、その不安を取り除かなきゃって思ったんだよ!!」
「だからって、どうしてああなった!?」
「他に思いつかなかったんだよ!!」


2人して顔を真っ赤にして怒鳴り合う。
2人の顔はリンゴもかくやというくらいに赤い。
傍観していた”サトシ”は、このなんとも言えない様子を見て、遠い目をしていた。


「とにかく!俺が好きなのはシンジだけだから、不安にならなくてもいいの!わかった?」
「・・・っ」


シンジがさらに頬を染める。
それを隠すようにシンジが踵を返す。
そして、そのまま歩きだしてしまうものだから、サトシが慌てた。


「し、シンジ!?」
「帰る」
「え!?もう帰っちゃうのか!?」
「ギラティナに無理を言って、ここに連れてきてもらっている。長居はできん」
「そっか・・・」


サトシがしゅんと肩を落とした。
けれど、サトシはすぐに顔を上げた。


「シンジ!」
「?何だ」
「カロスの旅が終わったら、一緒に新しい地方に旅に出ないか?きっと楽しいぜ!」


そう言って笑うと、シンジも嬉しそうに笑って、力強くうなずいた。
そのままシンジが踵を返した。
ナンの言葉もなく彼女は波紋の中に消えたが、サトシの顔は晴れやかだった。


「あー、やっぱシンジ可愛いなー。俺のものにならないかな~」


”サトシ”が大袈裟にため息をつく。
サトシは不機嫌さを隠さないで”サトシ”を睨んだ。


「シンジに触ったら許さないからな」
「わぁってるよ。あーあ、シンジも俺みたいに”闇”があればいいのに」
「シンジは俺みたいに”闇”なんか持たないよ」
「・・・」


絶対に。シンジはそんなに弱い人間じゃない。
そう言ったサトシの目にはゆるぎない強い光が宿っている。
それを見て”サトシ”が舌打ちした。


「・・・リア充爆発しろ」


そういって”サトシ”も波紋の中へと消える。
今までとは逆に不機嫌になった”サトシ”を見て、サトシは満面の笑みを浮かべて言った。


「やなこった」




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