幽かな存在
「なぁ、シンジ。どういうことなんだ?俺全く状況が理解できないんだけど」
途方に暮れたように尋ねるサトシの腕には、涙を流した痕のついているピカチュウがいる。
そんなピカチュウを見て、シンジは彼にとって、サトシが「死に関わること」がトラウマになっているのだと推測した。
一体どんな旅路を歩んできたのか。思わず問うてやろうかとも思ったが、今はそんなことどうでもいい。
「連れて行かれるところだったんだ」
「え?」
「引きずられかけていたんだよ、お前は」
どこに、とか、何に、とは聞けなかった。
ゴーストタイプのポケモンは、大抵がいわくつきである。
途中、記憶がないのも、ピカチュウが泣いていた理由も、シンジの言葉の意味も、聞くまでもなかった。
「そっか・・・。助けてくれてありがとな、シンジ」
「ふん。礼をいう暇があったら、少しは警戒心を身につけろ。そいつのためにもな」
サトシの胸にぐりぐりと顔を押し付けるピカチュウ。心配した。怖かったというようにぺしぺしとしっぽでサトシの腕を叩いている。
それに苦笑しながら、ごめんなーと謝るサトシを見て、シンジがわずかに肩をすくめた。
「おい」
「ん?」
「ここからなら、お前たちだけでも帰れるだろう」
そう言ってシンジが大きな湖の前で立ち止まる。
湖はどこまでも暗かったが、その水面の端に、わずかにオレンジ色の光が映っている。その光を目で追えば、そこにはサトシたちのいた町があった。
「街だ!街に着いたぞ、ピカチュウ!」
「ぴかちゅ」
「送ってくれてありがとう、シンジ!」
「ふん、早く行け」
「またな!シンジ!」
「ぴーか!」
サトシとピカチュウが大きく手を振り、それにこたえるようにシンジも片手を持ち上げる。それに満足したように笑い、サトシとピカチュウは街に向かって走り出した。
走り出すと、街はすぐそばにあり、あっという間に街を出た路地裏を見つけた。
路地裏から街に入ると、太古からよみがえったように、にぎやかな人々のにぎわいの音が聞こえてきた。
人々の営みに、ほっと息を吐き出し安堵する。
そしてふと、よぎった疑問が口をつく。
「そういえば、どうしてシンジがイッシュにいたんだ・・・?」
それも、サトシのいる、この街に。
「ぴか・・・?」
ふと、ピカチュウが、自分と同じ顔をした籠をのぞき見る。仲を見ると、半分ほどしか入っていなかったはずのお菓子が、あふれんばかりに山盛りになっている。
もしかして、と振り返ってみたが、当然ながら、シンジの姿を見ることはできなかった。