幽かな存在
森の中はとても暗かった。ランプラーの体が道を照らしてくれるおかげで歩けるが、月明かりすら通さない深い森。彼らとはぐれてしまったら、きっとこの森から出られないだろう。
せめて明かりを持ってくればよかったと思っていたその時、ふと木々がぼんやりと輝き始めたではないか。
驚いて木々を見上げると、そこには白い体に紫の炎を燃やしたポケモン、ヒトモシの群れがあった。
「おおお!すっげー!」
「ぴかちゅー!」
木々に紫の花が咲き乱れたようなその様は、形容のしようがないほどに美しく、幻想的だった。
「やーみ、やみらー!」
「むうま!」
「よーま、よまー」
「ゴース」
いつも間にかヤミラミやムウマ、ヨマワルがゴーストたちに加わり、サトシ達を手招きしている。それを見て、ようやく自分が立ち止まっていることに気付き、慌ててゴーストたちに駆け寄った。
「ごめん、あんまりきれいだったから、つい・・・」
「ぷら~!」
「ゲンガ!」
自分の仲間がほめられて嬉しいのだろう、ランプラーたちがにこにこと笑っている。
「それにしても、本当にきれいだな~・・・」
「ぴーか」
2人の言葉に満足したのか、ヒトモシたちが木から下り始め、今度は木の根元に並ぶ。綺麗に続く光の道に、ほう、とため息が漏れる。
しかしそれだけでは終わらなかった。
「しゃーん」
どこからともなく現れたシャンデラたちが、サトシたちを頭上から照らしだす。暗い森の中ではそれは満天の星空のようで、思わず口元がほころんだ。
「すごいな、ピカチュウ」
「ぴかちゅー!」
ヒトモシたちの光の道を、ランプラーたちの先導を受けながら進んでいく。
紫色に輝く道を、サトシは何度も何度もきれいだとほめた。
「きれいだなー」
「ぴーか」
「本当、きれいだ」
「・・・ぴか?」
何度も何度もきれいだと繰り返すサトシに、ピカチュウが不思議に思い、サトシを見やる。
首をかしげながら彼の顔を見て、ピカチュウはぎくりと体を固めた。
――サトシが、おかしい
いつもキラキラと輝いている瞳には色がなく、くすんだガラスのようだった。
そこにあるものを映すだけの、ガラス。
純粋に、怖いと思った。
「ぴーかーちゅ」
――サトシ
「ぴかちゅぴ」
――サトシってば
「ぴかぁ!」
――ねぇ!
ぺしぺしと肩やら頬やらを叩くが、彼はヒトモシたちの姿をその目に映し続けるだけで、返事は一向に帰ってこない。
自分の声がまるで聞こえていないのだと悟ったピカチュウは、焦り、恐怖した。
このままでは、サトシが危ない。
体に力を入れ、ありったけの電気を頬に集中させた。
その時だった、
「おい、」
サトシの腕を引き、サトシが呼び止められたのは。
「行くな」
帰れなくなるぞ。
そういった声には、ピカチュウもよく聞き覚えがあった。
「ぴぃかちゅ・・・」
――シンジ・・・
サトシのライバルの姿に、何故だかもう大丈夫だと安心して、ピカチュウの目からぼろリと涙があふれた。
「ぴっかぁ!」
思わずシンジの胸に飛び込めば、シンジはそっと抱きとめ、その背中を優しくなでた。
彼らしくない行動に、ピカチュウはさらに泣きじゃくる。
その声を聞きつけたらしいサトシが、唐突に我に返り、バッと振り向いた。
「えっ!?シンジ!!?ピカチュウ!!?何で、シンジが!?何でピカチュウは泣いてるんだ!!?!?」
1人混乱するサトシをよそに、シンジは努めて冷静だった。
ピカチュウをなだめるようにあやしつつ『残念』というように、それでも楽しそうに笑っているゴーストポケモンたちを見やった。
「悪いな。こいつを連れて行かれると困るんだ」
「ぷら~」
「やーみ」
「ゴース!」
いいよ、別に。楽しかったし。いずれまたその時が来たら連れて行くけど。勿論君のこともね。
楽しそうな笑い声を木霊させつつ、ゴーストポケモンたちが姿を消していく。
未だに状況が理解できないサトシは、1人おろおろしながら「行くぞ」と、今来た道を戻っていくシンジの後を追うのだった。