ポケモンは野生復帰できない
サトシたちはヒマワリタウンに来ていた。
ポケモンレンジャー協会主催のポケモン交流会が開かれるのを知ったからである。
その参加受付で、サトシは見覚えのある水色を見つけた。
「ヒナタさん!」
「あら、サトシくん。あなたも参加してくれるの?」
「はい!」
「サトシ、この人は?」
「ポケモンレンジャーのヒナタさんだよ」
「よろしく」
「僕はポケモンソムリエのデントです」
「私はアイリス!こっちはキバゴです!」
和やかにあいさつを交わし、サトシたちは参加登録にうつった。
「そういえば、交流会って何をするんですか?」
「ああ、えっとね。保護ポケモンとトレーナーのポケモンをトレーナーも交えて交流してもらって、仲良くなった子を引き取ってもらうための交流会なの」
「じゃあうまくいけばポケモンをゲットできるのね!?」
デントの質問にヒナタがこたえる。
ヒナタの説明に、アイリスが喜びの声を上げる。
「でも、保護ポケモンって野生に返すんですよね?」
「それは一部の子たちだけ。この子たちは野生復帰できないの」
サトシの言葉にヒナタが悲しそうな表情をする。
いくらトラブルホイホイのサトシとは言え、すべての事例を体験しているわけではない。
サトシとピカチュウが顔を見合わせ、不安そうな顔をした。
「どうしてですか?」
「そのポケモンたちに野生復帰する気持ちがないだけなのでは?」
デントの言葉にヒナタが大きく首を振る。
「違うわ」とはっきり言われたデントはいぶかしげに眉を寄せた。
「野生のポケモンは人に飼われているポケモンを嫌うの」
「どういうことですか?」
再度尋ねられたヒナタは悲しげな瞳をしながらも、凛とした表情で言った。
野生のポケモンが人に飼われているポケモンを嫌うのは、私たち人間がポケモンをゲットして仲間を連れて行ってしまうからよ。
ゲットした子の仲間や家族にわざわざそのことを伝えるなんてことはしないでしょう?
突然仲間を失って、ポケモンたちは悲しむの。
だからこそ、その悲しみを知っていて尚、人間と一緒にいられるポケモンの気持ちを理解できないの。
もちろん、すべてのポケモンがそうではないわ。
中には仲間が戻ってきたと喜ぶポケモンもいる。
でも、人間の匂いが染みついてしまった仲間を仲間と見れなくなる子もいるの。
この交流会に参加している保護ポケモンだって、野生に戻ろうと努力したわ。
でも、仲間に受け入れてもらえなかった。
だからこうやって、人間に引き取ってもらうしかないのよ。
目の当たりにした現実に、アイリスとデントの開いた口がふさがらない。
「そ、そんなことが、本当にあるんですか・・・?」
「あるよ」
信じられない、というように声を上げるアイリスに、サトシが言った。
アイリスとデントがサトシを見ると、サトシの顔には表情がなかった。
いつも何かしらの感情をたたえている強い瞳も、この時ばかりは凪いだ海のような静かな色をうかべていた。
サトシらしくない静けさに、2人の体がぎくりと固まる。
サトシがそっと口を開いた。
俺が旅立ったばかりのころ、ピカチュウは全然俺の言うことを聞いてくれないポケモンだったんだ。
ポケモンをゲットしようにも、バトルすらしてくれなくて、仕方なく、俺が石を投げてポケモンの気を引こうとしたんだ。
相手のポケモンはオニスズメっていうんだけど、石を投げたらそいつにぶつかっちゃって、仲間を呼ばれたんだ。
襲われる、と思ったよ。
でも、オニスズメは俺じゃなくて、ピカチュウに向かっていったんだ。
何でだと思う?
「ピカチュウが、俺の、人間のポケモンだったからだよ」
静かな笑みを浮かべたサトシの瞳はどこまでも凪いでいた。