傍観
シンジさんが外に出た後、私・1号ことソラノは悪女・姫ことナデシコの元に行っていた。
スレ民たちは気付いていない。
シンジさんが外に出た後すぐに追いかけたはずなのに、私がシンジさん達を見失っていたという不審さに。
気付いていたとしても、サトシさんもシンジさんも身体能力の高い人たちだと知れ渡っているから、追いつけなかったのだとでも、都合のいい解釈をしていたのだろう。
私がナデシコの元についたとき、彼女はパトカーに乗せられまいと暴れていた。
ああ、なんて醜い。
私は悪くないと口汚く喚き、悪いのはすべてあの女だと吐き捨てる。
シンジさんは完全な被害者だ。
すべてはお前の思いあがりと勘違いが招いたもの。
お前自身が悪いのだ。
「――――――、催眠術」
ポケモンを放ち、ジュンサーさん達に向けて技を放つ。
ジュンサーさん達が眠りについたことに驚いたナデシコは、王子様が迎えに来た姫のような表情であたりを見回した。
自分が悪くないのだと理解してくれた王子様が助けにきてくれたとでも思っているのだろうか?
勘違いも甚だしい。
「ナデシコさん」
「・・・っ!あんたは・・・!」
「三つ、いいことを教えてあげます」
王子様ではなく私が現れたことに、ナデシコは顔をゆがめた。
美しいと慕われていた美貌の面影はない。
こんな人間を、どうして美しいと囃したてられたのか理解できなかった。
まぁ、愛され補正と言うオプションがあったからこそできたことで、彼女自身の実力ではない。
「一つ、シンジさんは成り代わりではありません」
「・・・っ!!やっぱりあんたが悪女だったのね!!?」
私の言った『いいこと』に、ナデシコが噛みつく。
まったく、人の話を最後まで聞くということもできないのか、この女は。
「二つ、ここはアニポケのパラレルワールド。この世界でのシンジさんは正真正銘、女の子です」
「あんたさえいなければ私は・・・!!」
どうあがいても、彼女は自分が悪いのだとは思わないのか。
否、思えないのか。
私は呆れるしかない。
「三つ、私は傍観者。悪女ではありません」
傍観者と言っても、キャラクター達とかかわりを持ってしまっている時点で、本来の傍観者の意味から外れてしまっているので、似非傍観者と言うのが正しい。
私が傍観者だと告げると、ナデシコは唾を吐きながら喚いた。
「じゃあ誰が悪女だって言うのよ!!あんた以外にだれがいるっていうの!!!」
「逆に聞きますが、あなた以外にだれがいるんですか?ねぇ、ナデシコさん?」
「!!!く、くそおおおおおおおおおおおおおおおおお!!あんたさえいなければああああああああああああああああああああああああ!!!!!」
見るに堪えない形相で、断末魔のような叫びをあげるヒロインになれなかった少女。
私がいなくとも、お前はいずれ、こうなる運命だったのだ。
この世界でヒロインに定められた、主人公と結ばれる女性に手を出したのだから。
『よくやった、ソラノよ』
「――――――っ!!?な、あ、何で、アルセウスが・・・?」
ナデシコが驚きに目を見開く。
けれど、すぐにその表情は一変した。
「ああ、アルセウス!!私を助けに来てくれたのね!!!」
自分がヒロインであることを疑わない少女を、アルセウスが憐みのこもった目で見降ろした。
アルセウスが私を見やる。
私を見たって、この人の頭は正常にはならない。私が首を振ると、アルセウスは残念そうにうなだれた。
「アルセウス!早く私を助けて!!!その女が私にひどいことをするの!!!」
『私は、お前を助けに来たのではない』
「え?ど、どうして!?」
『裁きを下すためだ』
「なっ・・・!!?」
アルセウスは空間をゆがませて、自分の世界の扉を開く。
夢見る少女は、ようやく目を覚ましたように、恐怖でひきつった悲鳴を漏らした。
「頼みます、アルセウス」
『ああ・・・。裁きは、私が下す』
「――――――っ!!!あんたさえ、あんたさええええええええええええええええ!!!!!」
以上、回想は終了。
ナデシコは私に呪いをかけるように恨み事を叫びながら消えていった。
けれどもこれは私だけが知っていること。
他の誰にも知られずに消えさっていく出来事。
私はポケギアを広げ、スレを開く。
けれども、これを書きこむつもりはない。
こんなことは誰も知らなくていい。
スレ民は無事解決したことを喜んでいるし、シンジさんの無実が証明されたのは事実だ。
私はポケギアをポケットにしまった。
「これは、私だけが知っていればいい・・・。そうでしょう?ミュウ」
『うん』
ピンク色をした小さな獣が、ひょっこりと顔を出す。
彼か彼女かは定かではないが、彼はすまなそうな顔をして、私を見つめた。
『僕らのわがままに巻き込んでごめんね・・・?』
彼らには使命がある。
この世界を守るという使命が。
そのためならば、すべてのものを利用しなければならない。
私はその一つ。
けれども私はそれでもかまわない。
「私は自分から巻き込まれたんです。第二の生を授かったあのとき、断ることも私にはできたのだから」
『・・・そっか』
「ええ。それに――――――・・・」
「ソラノ!」
荷物の整理を終え、シンジさんが私を呼ぶ。
どうやら私を待っていたらしい。
スレ民への報告を終え、ポケギアをしまった私を見て、準備が整ったことを悟ったようだ。
「はい、今行きます!」
ミュウはいつの間にか消えていた。
きっと彼女たちに見られないようにするためだろう。
彼への言葉の続きは、また出会った時でいいだろう。
あまりシンジさんを待たせるわけにはいかない。
私は、シンジさんの元に駆けて行った。
(――――――それに、彼らと出会えたのは、巻き込まれたおかげなのですから)