恋は戦争
デパートを出たサトシ達は、次の町へと向かって足を進めていた。
シンジは結局雑誌を購入した。バトルフェスタの詳細な内容も乗っているし、次の町で行われる大会の情報も載っているからだ。
みんなで一つの雑誌を覗き込みながら歩く。すでに町をぬけているため、人の迷惑にはならない。
「優勝賞品はバシャーモ、ジュカイン、ラグラージのメガストーンのどれかとキーストーンかぁ……。ジュカイン達もメガ進化できるんだな」
「らしいな」
女性限定バトル大会『ワルキューレ』
これがシンジが出場するバトル大会の名だ。
ただバトルがしたくて出場を決めたシンジは、より詳細な情報を知ろうとしてようやく優勝者には商品が出ることを知った。
一緒に雑誌を支えていたサトシが新たな知識に驚きの声を上げる。下調べをせずにこの地方に来たシンジは、知らないことしかないだろうと予想していたため、そこまでの驚きはない。
逆にサトシは下調べなどすることなく旅をするのが当然で、新たな知識も驚きも、すべて旅の醍醐味として楽しんでいる。
「どんな姿になるんだろうなぁ」
サトシはジュカインを持っている。どんな姿になるのか想像を膨らませて、隣を歩くピカチュウと笑い合っている。
そんな様子を微笑ましく見つめて、セレナがそう言えば、とシンジに話題を振った。
「シンジはその3体を持ってるの?」
「いや、」
「あれ? それがほしいんじゃないの?」
「いや、ただ単純にバトルがしたかっただけだ」
「そうなんだ」
「シンジもバトルが大好きですね」
「まぁ、嫌いじゃないな」
セレナから話題を引き継いだシトロンが優しい笑みを浮かべる。ユリーカに向けるような笑みを向けられ、シンジはぶっきらぼうにそっぽを向いた。
あからさまな様子に、セレナたちは素直じゃないなぁと微笑ましく苦笑する。
シンジはバトルが大好きだ。口では嫌いではない、と素直ではない言い方をしているが、バトルをしているときのシンジが、一番生き生きとして、輝いている。
バトルが大好きで、けれども素直な性分ではないことを承知しているサトシ達は仕方ないなぁ、と顔を見合わせた。
「……何だ」
「ううん、何でもない」
堪え切れない笑みをこぼしながら、セレナが首を振る。シンジがサトシ達を振り返って見ても、皆一様に笑みを浮かべていて、シンジはいたたまれなくなった。
少し歩く速度を上げたシンジに更に笑って、セレナたちも足を速めた。
「……?」
ざく、と一歩を踏み出して、すぐにセレナが立ち止まった。
「どうした?」
「何か、足元に違和感が……」
「足元?」
立ち止まったセレナにならって足を止めたサトシ達が、セレナにつられて下を向く。下を向いた瞬間、足元の地面がなくなった。
「うわあああああああああああああああ!!?」
「きゃあああああああああああああああああああああああああああ!!?」
「っ!?」
「わああああああああああっ!!?」
「ええええええええええええええええええええ!!?」
――落とし穴だ。セレナたちは初めての経験だろうが、サトシはこの浮遊感をよく覚えている。
(まさか……)
ある考えに至ったと同時に、サトシが地面に着地した。いきなりのことだったので腰を思い切り打ちつけてしまったが。
「ぴっかぁ!?」
唯一落とし穴に落ちなかったピカチュウが、心配そうにサトシ達を見降ろす。ひらひらと手を振って大丈夫であることを示すと、ピカチュウは胸をなでおろした。
「い、一体何なの?」
打ちつけた腰をさすりながら、セレナが呟いた。
「ぴかぁっ!!!」
「!? ピカチュウ!!?」
ピカチュウの悲鳴が聞こえる。それに反応してサトシが声を上げると、それに合わせたかのように影が立った。
「一体何なの? と聞かれたら」
「答えてあげるが世の情け」
「以下省略にゃー!」
聞き覚えのある声が流れるように口上を口ずさむ。省略と打ち切られてしまったが、その先の言葉を言いあてることが出来るくらいには聞き覚えのある台詞だった。
落とし穴から見える景色は空を切りぬいたかのようだった。それを邪魔するようにして立つのが、長年サトシ達を追いかけ、ピカチュウを狙うロケット団だ。
ピカチュウを小さな檻に閉じ込めたロケット団は、愉快そうに笑っていた。
「これでピカチュウは私たちのものよ!」
「悔しかったらここまでおいでーだ!」
「ピカチュウを返せ!」
サトシが悔しげに声をあげ、ほぼ垂直な土壁を登ろうとする。しかしやはり土。踏ん張れるほどに固くはなく、足場はあっさり崩れさる。
「撤収にゃー!」
「「おう!!!」」
「待て!!!」
サトシが叫ぶが待つはずがない。彼らはピカチュウを追い求めてきたのだから。
シンジが一つのボールを取りだす。開閉スイッチを押し、凝縮されていたボールを膨張させる。
「グライオン、バトル……」
「フシギバナ! はっぱカッタ―!」
シンジがボールを放とうとした時、少女の声が聞こえた。それに続くようにしてロケット団の悲鳴と、ピカチュウの嬉しそうな声が聞こえる。誰かがピカチュウを助けたらしい。
「ピカチュウ、大丈夫?」
「ぴっかぁ!」
ピカチュウを気遣う声と、ピカチュウの元気な声が落とし穴の底に届いた。
「この声は……」
ぽつりと、サトシが呟いた。
「あ、あんたたちは……!」
「何でここに!?」
ロケット団の驚愕の声。知り合いだろうか。状況が読めない。
「どこにいようと僕らの勝手さ。行くよ、ロゼリア!」
「ロッゼ!」
「私たちも行くわよ!」
「バーナ!」
「「花びらの舞い!!!」」
「「「やな感じ―――――――!!!」」」
ロケット団の声が遠ざかっていく。彼らはどうやら撃退されたようだった。
上にいるのがだれかはわからないが、ピカチュウはどうやら無事のようだ。
フシギバナのものと思われる蔓が降りてくる。それに捕まって、サトシ達は落ちし穴から這い出した。
「ありがとう、助かったわ」
「どういたしまして!」
「礼には及ばないよ」
落とし穴から這い出た先には赤いタンクトップに白いショートパンツ。頭にリボンのついた赤いバンダナを巻いている少女が立っていた。
その隣には草木を思い出させる緑の髪の少年がいた。
「やっぱり……」
最後に落とし穴から這い出てきたサトシが、嬉しそうな声を上げた。
「助かったぜ、ハルカ! シュウ!」
「どういたしまして」
「どういたしまして! それから、久しぶりかも!」
「「えっ」」
ハルカと呼ばれた少女とサトシが嬉しそうに笑い合う。シュウと呼ばれた少年は、そんな2人の様子を見て口元をほころばせていた。
再会を喜ぶ2人にシンジとセレナはどことなく危機感を感じた。2人で顔を見合わせ、慌ててサトシの横に駆け寄った。
「さ、サトシ、し、知り合いなの?」
「ああ! 前に一緒に旅をしていたハルカと、そのライバルのシュウだ!」
「「初めまして」」
セレナの問いに、サトシは嬉しそうに2人を紹介する。笑顔を浮かべるサトシに曖昧にうなずく。それに満足げにうなずいて、サトシはシンジたちの紹介にうつった。
旅仲間のセレナ、シトロン、ユリーカ。シンジは旅の同行者でライバルだと紹介された。
シトロンたちは嬉しそうにあいさつを交わすが、ハルカと楽しげに話すサトシを見て、セレナと2人、シンジは硬直していた。
(まだ私が知らない旅仲間がいたなんて……。一体どれだけの女とともに旅をしてきたんだ……!)
シンジが拳を握りしめていたことは、ピカチュウだけが知っている。
+++
「それにしても、まさかカロスで2人に会えるなんて思わなかったぜ!」
サトシの嬉しさを隠しきれない声に、シンジとセレナが唇を固く引き結ぶ。ハルカ単体に言っているわけではないから我慢できるが、ハルカ単体に満面の笑みを向けていたら、きっと顔を歪めるどころでは収まらなかっただろう。
「ところで、2人はどうしてカロスに? ジョウトを旅してるんだろ?」
「それなんだけどね? 私たち、メガストーンを手に入れるために来たの!」
ハルカとシュウによると、前々からコンテストでもメガ進化を取り入れることについて検討されていたらしいのだが、それの許可がようやく降りたらしい。彼らが旅をしているジョウトでも、メガ進化の使用許可が出たというのだ。
「それがまさかサトシと再会できるなんて思わなかったかも!」
「わっ!? おい、ハルカ……」
「「なっ……!!?」」
ハルカが嬉しそうにサトシに飛びつく。サトシにじゃれついているように見えるため、シトロンたちは微笑ましげにしているが、サトシに恋する乙女2人にはたまったものではない。
さすがに抱きつくとは思っていなかったらしいシュウもこれには驚愕していた。
サトシが困ったような苦笑いを浮かべ、ちらちらとシンジの方を気にしていなければ、シンジはサトシからハルカを引っぺがしていたかもしれない。
(本当は今すぐにでも引きはがしてやりたいが、)
舌打ちしそうになった口を、噛み締めることで耐えたシンジはゆっくりとハルカを見やった。
シンジの目から見て、ハルカはわずかだが挙動不審だった。
サトシに抱きついているはずなのに、サトシのことを気にしていないように見えるのだ。むしろ別の誰かを気にしているような――……
「あ、それでね、サトシ!」
ハルカがサトシを見つめてひまわりの様な笑みを浮かべる。ハルカがサトシから離れたことで我に返り、ほっと息をつく。
ハルカはバッグから何かを取り出してサトシに向かって広げた。
「私、この大会に参加するの! よかったら見に来てよ!」
そう言ってハルカが見せたものは雑誌の切り抜きだった。先程シンジがサトシ達を見ていた雑誌の、それも『ワルキューレ』に関するものだった。
「それ、シンジが出場する大会だ!」
「え? シンジも出るの?」
「ああ」
「そっか。サトシのライバルだからって負けないんだからね!」
「望むところだ」
ハルカの強気な言葉に、シンジが目を細めて笑った。