恋は戦争
シンジはポケモンセンターにいた。ポケモンセンターには自由に使用が許可されているパソコンがあり、そのうちの一台を使わせてもらっていた。
シンジはシトロンとともに調べ物をしていた。先程気になった、紫陽花についてである。
「なるほど、紫陽花は土の酸度によって色が変わるらしい。こちらの土はアルカリ性が強く、赤や紫になるそうだ」
「そうなんですか、紫陽花って不思議な花ですね」
会話の流れで地域によって紫陽花の色が異なることについて気になった2人は、それについて調べていた。2人とも好奇心が旺盛な部類に入るため、それについて調べることに異論はなかった。
イーブイの名前について煮詰まっていたため、その息抜きも兼ねて。
「紫陽花、か……」
「シンジ?」
「ああ、いや、サトシに似合いそうだな、と」
「サトシに?」
シンジの言葉に、シトロンが首をかしげる。サトシはどちらかといえば、ヒマワリなどの花の方が似合うように思うのだ。大輪の、明るい花の方が。
確かに似合うな、と肯定してイーブイの毛並みをなでながら淡く微笑んだ。そして、けれど、と続けた。
「紫陽花は開花日数、つまり成長するにつれてまた色が変化するらしい。日々進化し成長し続けていくサトシと、そのポケモンにはぴったりだと思わないか?」
「確かに、そう言われてみればそうですね」
シンジにつられるようにして笑ったシトロンに、シンジは言葉を重ねた。
「それに、青色の紫陽花には『辛抱強い愛情』という花言葉が付いているらしい。恋人がいるこいつには丁度いいと思うんだが、どうだろうか?」
「青はサトシの色ですし、イーブイたちにはずっと仲良くしていてほしいですし、いい名前だと思いますよ!」
シトロンの心からの言葉に、シンジが口元を緩める。嬉しそうにキラキラと瞳を輝かせてシンジを見つめるイーブイの頭をシンジは優しくなでた。
「気に入ってくれたか?」
「ブイ!」
「なら決まりだな」
シンジの微笑みに、イーブイも満面の笑みを浮かべた。
「あ! 2人ともここにいた!」
パタパタと駆け寄ってくる音と明るい声に、シンジとシトロンが声の主を振りかえる。柔らかい金色の髪をした少女、ユリーカが2人の顔を見つけて駆け寄ってきた。
「ユリーカ、おかえり」
「ただいま! いい名前は決まった?」
「もちろん」
「こっちもいい名前が見つかったんだよ!」
ユリーカがシトロンに飛びつき、嬉しそうに兄に報告する。シトロンもユリーカを受け止め、妹の楽しげな様子に笑みを浮かべた。
そんな微笑ましい光景を見つめながら、サトシとセレナもユリーカに続いてシンジたちに合流した。
「シンジ、」
「おかえり」
「ただいま」
「ブイ!」
「ぴゃあ!」
恋人の暖かい出迎えに、サトシとメスのイーブイが嬉しそうに笑う。シンジたちも幸せそうな笑みを浮かべる恋人達に、柔らかく微笑んだ。
「シンジたちの方も名前が決められたのね!」
「ああ。こいつの名前は『ヨヒラ』に決まった」
「ぴゃあ!」
サトシのイーブイことヨヒラを抱きかかえ、サトシに向かって決まった名前を告げる。ヨヒラは嬉しそうに笑っており、この名前が気に入ったことがうかがえた。
「ヨヒラ?」
「紫陽花の別名だ」
「どうしてヨヒラになったんだ?」
「紫陽花は成長するにつれて色を変える。日々強くなっていくお前や、そのポケモンにはぴったりだと思ったんだ」
「そうなんだ」
嬉しいな、と言って、サトシが目を細める。
シンジからヨヒラを受け取り、その毛並みを優しくなでた。
「いい名前をもらえたな、ヨヒラ!」
「ブイ!」
サトシとヨヒラの嬉しそうな顔に、シンジがゆるりと口角を上げた。
シンジのイーブイがシンジの膝に乗り、自分へと注意を向ける。それを受けて、シンジはサトシに向き直った。
「それで、そっちは何と?」
「うん。こっちは『スミレ』に決まったんだ」
「スミレか……」
「ああ。スミレの花が大好きみたいでさ、好きな物の名前をもらえたら嬉しいだろうなーって」
「そうか」
スミレは嬉しそうだ。元気な笑みに、自然と口元が緩む。
「いい名前をもらったな、スミレ」
「ブイ!」
「でも、理由はそれだけじゃないんだ」
「え?」
サトシがシトロンたちに視線を走らせる。彼らはお互いが預かったイーブイの名前が決まった経緯について話し合っている。こちらの様子には気づいていないようだった。
スミレがシンジの膝から降り、サトシの肩に乗っていたヨヒラを手招く。
サトシはシンジの頭部に手を回し、シンジの顔を固定する。それからシンジの耳元にそっと唇を近づけた。
「西洋の方ではさ、こっちとは違う花言葉がついてるんだぜ?」
「あ、ああ……」
「こっちではスミレの花言葉は『愛』だけど、西洋の方では――……」
「…………っ!」
ぱっとシンジがサトシの体を押し、サトシとの間に距離を取る。驚きに目を見開きサトシの顔を見上げると、サトシは楽しげに笑っていた。
ヨヒラの悲鳴じみた声とスミレの楽しげな笑い声が聞こえる。きっと同じことを言われたのだろう。ピカチュウの苦笑の声も聞こえた。
「そうなってくれたらいいなーって思って決めたんだけど、どうかな?」
「ブイ?」
サトシとスミレがそろって首をかしげる。柔らかい笑みを向けられたシンジとヨヒラは、そろって赤面した。
「……っ、ああっ、くそっ……! お前らの思惑通りだよ……っ」
「ブイイ……っ」
照れ隠しのように吐き捨てられた言葉に、サトシ達は嬉しそうに笑う。
「やったな、スミレ!」
「ブイー!」
「苦労しそうだな、ヨヒラ、」
「ブイイ……」
お互いのポケモンがお互いに似ているというのは、かなり厄介なことである。主に被害をこうむるであろうシンジとヨヒラは、赤面したまま諦めたように肩を落とすのだった。