恋は戦争
――ドガアアアアアアアン!!!
凄まじい音と激しい突風が吹き荒れる。吹き飛ばされそうになる体は、冷たい感触に支えられることで耐えることが出来た。
――人肌ではない。それよりもずっと冷たい。決して温かみがないわけではないが、それでも人肌とは比べるまでもない。ドラピオンやテッカニンのような冷たさだ。
彼らは今実家に預けているため、別のポケモンだろうが、身に覚えのある温度にほっとする。息を吐き、風が止むのを待って目を開けた。
まず目に入ったのは光沢のある赤い体。次いで鋭い金色の目。その瞳が、ゆっくりとシンジを見降ろす。
――ハッサムだ。シンジが呆然とハッサムを見上げた。
何故、どうして、という疑念がわいてくる。
自分を助けてくれるような者の中に、ハッサムを持っている者はいなかったはず。
ハッサムは野生に存在しない。けれどあたりにトレーナーらしき人物の姿はないようだった。
仮に野生にいたとしても、ハッサムに助けられる義理など――……
「あ……、」
思わずシンジが声を漏らす。
――リビエールラインで出会ったハッサムだ。
ハッサムはシンジに怪我がないことを見てとると、柔らかく笑んだ。
「シンジ! イーブイ!!」
「! サトシ……」
「ブイイ……」
呆然とハッサムを見つめていたシンジが、サトシの声で我に返る。
駆け寄ってきたサトシは、シンジとイーブイが無事であることを確認すると、ほっと息をついた。
「ハッサ、」
「え? おい……?」
ハッサムがシンジの体をサトシに預ける。いきなりシンジを押し付けられたサトシは、目を白黒させてハッサムを見やった。
ハッサムは、怒気を纏ってローブシンと対峙した。
「なっ……!? ハッサム……!?」
「ちっ! どいつもこいつも邪魔ばっかりしやがって!! ローブシン! アームハンマー!」
「ロブウウウウウウウウウウウウウ!!!」
巨大な石柱を振り回しながらローブシンがハッサムに迫る。けれどハッサムは顔色一つ変えずにいた。そして次の瞬間、ローブシンが石柱を振り上げたその瞬間に懐に飛び込んだ。
――バレットパンチ。ハッサムの代名詞とも言えるその技を、その懐にたたき込んだ。
「ロブウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウ!!!」
「ローブシン!!!」
ローブシンが大きくのけ反り膝をつく。効果は通常であるにも関わらず、多大なダメージを受けている。――急所に入ったのだ。
「ローブシン、まだやれるな!?」
「ロブッ!!」
ローブシンがハッサムを見やる。ハッサムを睨みつけ、ハッサムが構えていることに気がついた。
先程自分が打った技と同じ――破壊光線だ。
「ハッサアアアアアアアアアアアアアア!!!」
「ロブウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウ!!!」
強烈な破壊光線を喰らい、ローブシンが倒れる。
「くっ……!ローブシン……!!」
少年が悔しげにローブシンをボールに戻す。それからまた、新たなボールに手をかけた。
まだ仕掛けてくるつもりか、とサトシが身構えた。
「ハッサ、」
「……っ!!」
少年がポケモンを放とうとするのを阻止するように、鋭い眼光で睨みつける。その瞳は冷たく、情けをかけないことは明らかだった。少年らはひどくすくみ上がった。
――彼らの意地は、そこで折れた。
「くっそぉ……!」
「覚えてろよ!!!」
捨て台詞を吐き、少年らが走り去る。それをしばし呆気にとられながら見送り、ユリーカが笑いだした。
「ハッサム、すごーい! あの2人を追っ払っちゃった!!」
「本当!!」
「バレットパンチも破壊光線もすごい威力でした!」
ハッサムがユリーカたちの称賛の声に、彼女らを一瞥する。しかし特に興味はないようで、それだけだった。
イーブイたちの(おそらくではあるが)感謝の言葉にも曖昧にうなずくだけの終わった。
彼にはもっとほかに興味をひくものがあるようだった。
彼がじっとある一点――シンジを見つめていた。
サトシに預けられたままのシンジは、サトシの腕に抱かれたままハッサムを見ていた。
シンジは瞠目していた。腕の中に抱えていたイーブイが腕を抜け出し、恋人の元に向かったことにも気付かぬほど。
「――ハッサム……」
シンジがハッサムに声をかけるも、ハッサムはそっと視線を外し、現れた時と同じように、唐突に姿を消した。
「あ、おい!」
手を伸ばすがすでに遅し。ハッサムの赤い体はすでに森の緑の中に消えていた。
――まだ、礼の一つも言えていないというのに。
シンジはゆっくりと息を吐いた。