恋は戦争






 開けた草原に移動したサトシ達は少年らを対峙していた。
 シンジからイーブイを預かったセレナが、不安そうな表情を浮かべている。
 イーブイもまた同じだ。心配そうな顔をして、サトシ達を見ていた。


「シンジ……」
「大丈夫だ」
「でも……」
「私たちの実力は知っているだろう?」
「……そうだね」


 シンジのニヒルな笑みに、セレナが微笑む。
 シンジはセレナの腕の中にいるイーブイの頭を軽くなで、それからサトシの隣に並んだ。
 相手の少年らもイーブイを降ろし、バトルの準備に入っていた。
 イーブイは押さえつけられていたときに体力を奪われていたのか、その場に座り込んでいた。


「……審判は僕がやります」


 シトロンが荷物を降ろし、2組の中央にたった。


「行け! バルジーナ!」
「行くぞ、アーマルド!」
「ピカチュウ! 君に決めた!」
「ラプラス、バトルスタンバイ!」


 両者のポケモンが出そろう。


「バトル開始!」


 シトロンが指先まで張った右手を振り下ろし、バトルは始まった。


「バルジーナ! エアスラッシュ!」
「アーマルド、メタルクロー!」


 先制は少年ら2人。スピードはなかなかのもの。
 サトシとシンジは顔を見合わせてうなずいた。


「ピカチュウ! アイアンテールで弾け!」
「ラプラス、水鉄砲!」
「ちっ!」
「! アーマルド、かわせ!」


 ピカチュウがバルジーナのエアスラッシュをアイアンテールで弾き飛ばし、向かってくるアーマルドを水鉄砲で牽制する。
 アーマルドは技を解除して攻撃をかわした。


「ラプラス! ピカチュウを水鉄砲で上に打ち上げてくれ!」
「きゅうっ!? きゅ、きゅうううん!!」


 サトシがラプラスに指示を出す。
 ラプラスは驚きながらも、主人であるシンジと仲のいいサトシの指示であるため、困惑しつつも指示を聞いた。


「サトシ、ラプラスに指示を出したよ!?」
「あれっていいの!!?」
「ルール上問題はありません。他人のポケモンなので指示を聞いてくれないことが多いので、あんまりやる人はいませんが・・・」


 ユリーカとセレナが驚きの声を上げる。シトロンがバトルの行方を見守りながらセレナたちの声に答えた。


「ピカチュウ! 10万ボルト!」
「ぴーかーちゅうううううううううううううううううううう!!!」


――バリバリバリィッ!!!


「バルウウウウウウウウウウウウウ!!!」
「っ!! バルジーナ!!」


 バルジーナが感電する。飛行タイプであるバルジーナには効果は抜群だ。
 焦げたにおいがする。
 ふらりとよろけたバルジーナに、少年が悔しげに奥歯を噛んだ。


「バルジーナ! ピカチュウを捕まえろ!」
「ラプラス、冷凍ビーム!」
「かわしてピカチュウを捕まえるんだ!」
「バルッ!」
「ぴっかぁ!!」
「ピカチュウ!!!」


 バルジーナがピカチュウに向かっていく。
 シンジが冷凍ビームで阻止を図る。
 しかしひらりと舞うようにかわされ、空中で何とか体をひねり、バルジーナをかわそうとしたピカチュウの尾が捕らえられた。


「上ばっか見てていいのか!? アーマルド、地震だ!」
「アァーマァー!!!」


 地震が地面を揺らす。
 セレナたちの方から悲鳴が聞こえた。
 おそらく耐えきれずに倒れたのだろう。
 けれどもそちらにかまっている余裕はない。この戦いはイーブイのために負けられないのだから。


「ラプラス! 飛べ!」
「くぅん!!」


 ラプラスが全身の力を使って飛びあがる。
 ラプラスはまだ通常個体より小さく、体重も軽い。飛び上がるのに苦労はない。
 地震はかわしたものの、シンジは顔をしかめた。向かってくるアーマルドに、地震は囮だったのだと今更ながら気づいたのだ。


「今だ! メタルクロー!!」
「アァーマァー!!」
「っ!? きゅうううううん!!!」


 空中にいては攻撃はかわせない。
 メタルクローはアーマルド使いの少年の思惑通り、ラプラスをとらえ、ラプラスはダメージを受けた。


「ピカチュウ! 10万ボル――」
「バルジーナ! 悪の波導!」
「バァルウウウウウウウウ!!!」
「ぴかああああああああああああああああ!!!」


 バルジーナから抜け出すために10万ボルトの指示を出す。
 しかしその声を遮るようにしてバルジーナ使いの少年が指示を出し、ピカチュウは零距離で攻撃を受けることとなった。
 その勢いのまま地面にたたきつけられ、ピカチュウは悲鳴を上げた。


「ピカチュウ!」

「ああっ! ピカチュウが!!」
「ピカチュウがんばってー!!」
「ブイー!」


 サトシの叫びに同調するようにセレナたちが悲痛な声を上げる。
 けれど、一撃をくらったくらいでやられるほど、ピカチュウは柔ではない。ピカチュウはすぐさま立ち上がり、体制を整えた。


「ピカチュウ、まだやれるな!?」
「ぴっかぁ!!」
「ちっ、しぶといな……」


 ピカチュウが立ち上がったことに、バルジーナ使いの少年が、いらだたしげに吐き捨てた。
 互角の戦いに、希望が見えてきたイーブイたちが目を輝かせた。


「ラプラス! もう一度ピカチュウを飛ばしてくれ!」
「ラプラス、ピカチュウに水鉄砲!」
「きゅうううううん!!」


 もう一度ラプラスがピカチュウを空へと送る。


「ピカチュウ、10万ボルト!」
「ぴぃかぁちゅうううううううううううううううう!!!」
「バルジーナ! 影分身!」
「なっ……!?」


 ピカチュウに雷撃が影分身にかわされる。
 ――まさか、影分身が使えるなんて、
 サトシが奥歯を噛み締めた。


「バルジーナ! 燕返し!」
「ラプラス、冷凍ビーム!」
「ちっ!」
「サンキュー、シンジ!」


 バルジーナの燕返しがピカチュウに向かい、ラプラスがそれを阻止した。
 バルジーナ使いの少年は悔しげに舌を鳴らし、サトシはシンジに笑いかけた。


「俺がいることを忘れんな! アーマルド、メタルクロー!」
「ピカチュウ! アイアンテールで受け止めるんだ!」
「アーマァ!」
「ぴっかぁ!」


 ラプラスに向かっていったアーマルドを、ピカチュウが止める。
 アーマルドの攻撃が相殺され、少年がいらだたしげな表情を見せた。


「サトシ! アーマルドの方は頼む!」
「! わかった! ピカチュウ、アイアンテール!」
「シザークロスで迎え撃て!」


 アーマルドと対峙するピカチュウの横で、ラプラスはバルジーナと対峙した。


「水上でもないのに、空を飛んでいるバルーナに勝てるわけねぇんだよ!」
「それはどうだろうな? ――水鉄砲!」
「くうううううううううううううううん!」
「影分身でかわせ!」


 ラプラスの水鉄砲が分身をすり抜ける。けれどもシンジは別段焦った様子を見せない。
 それにいら立った様子を見せたのは、やはり対面しているバルジーナ使いの少年だった。


「やっぱり口先だけじゃねぇか! バルジーナ、悪の波導!」
「バァルジイイイイイイイイイイイ!」
「かわして冷凍ビーム!」
「きゅうううううううううううううううん!」


 ラプラスはあくのはどうも交わしたが、冷凍ビームもかわされる。
 観戦していたセレナたちが、不安げに顔を見合わせた。


「シンジ、どういうつもりなのかしら……」
「飛んでるバルジーナにどうやって攻撃するのかな……」
「ブイ……」


 ラプラスの攻撃はことごとく外れている。
 隣ではピカチュウがアーマルドと撃ち合いを続けている。
 サトシは互角。シンジはやや劣勢。
 そのように見えるのに、2人の顔から余裕は失われていなかった。


「どんだけ攻撃しても当たんねぇよ!」
「本当にそうだろうか?」
「――何?」


 ――こつり。バルジーナの額に小石程度の塊がぶつかる。
 しかしながらバルジーナのいる場所は上空である。小石が当たるわけがない。
 バルジーナの困惑が伝わってか、トレーナーの少年が空を見上げる。そして、目を見開いた。
 ――氷。上空に氷の礫が舞っている。


「何で氷が……!?」


 少年が驚愕の声を上げた。と、同時に、氷の礫が雨のように降り注いだ。


「バルウウウウウウウウウウウウウウウ!!!」


 氷の雨に打たれ、バルジーナが悲鳴を上げる。
 優勢だったと思われた戦況が一変し、バルジーナ使いの少年は呆然とした。


「一体どこから氷が……」
「水鉄砲を凍らせただけだが?」


 楽しげに笑うシンジに、少年が悔しげに口元を歪めた。
 種明かしをするならば、シンジは最初からラプラスの攻撃が当たることを期待してはいなかった。種族知的にも相手が上であるし、影分身もある。早々攻撃は当たらない。だからシンジは、当たらないことを承知の上で攻撃を仕掛けた。それを囮として。
 当たらないとわかった上で攻撃を繰り返すシンジを、相手は滑稽だと思っただろう。愚かな奴だ、とも。そうやって心を乱された相手には、隙が生まれた。
 その結果、彼は罠にはまった。
 彼は当たらない攻撃には興味を示さず、それた攻撃の行方を気にしなかった。それた攻撃の残骸は合わさって混じり合い、新たな攻撃に転じた。――それが先ほどの、氷の雨である。
 油断した少年に、シンジは晴れやかに笑った。

 状況が一変したことに気づいたサトシ達も、顔を上げる。
 氷が降り注ぐ現状に、とっさにかわしように指示を出す。
 かわすさなかでアーマルドが氷をはじく姿を見て何かを思い浮かんだらしいサトシが、にやりと笑った。


「ピカチュウ! アイアンテールで氷を打ち返すんだ!」
「ぴっかぁ!!」
「何っ!?」
「アァーマァー!!!」
「バルウウウウウウウウウ!!!」
「くそっ……!」


 アイアンテールで打ち返された氷の礫は、アーマルドとバルジーナに直撃した。
 鈍い音を立ててぶつかった氷に、攻撃が当たったとラプラスが喜ぶ。サトシ達が優勢になったことで余裕のできたシトロンたちが、それを微笑ましく見守った。


「バ、ルゥ……」
「!! バルジーナ!」


 ふらり、とバルジーナがよろめく。
 飛行タイプに氷は相性最悪。擬似的なものとはいえ、氷の礫を喰らったバルジーナは、大きなダメージを受けた。
 ゆっくりと墜落していくバルジーナに、ピカチュウが目を光らせる。
 バルジーナはまだ、戦闘不能に至っていない。
 自分の攻撃が届く、その距離を見極める。
 射程圏内に入った瞬間、サトシが叫んだ。


「ピカチュウ! バルジーナに10万ボルト!!!」
「ぴぃかぁぢゅうううううううううううううううう!!!」
「バルウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウ!!!」
「バルジーナ!!」


 ピカチュウの電撃がバルジーナを貫く。
 バルジーナは眼を回して固い地面に撃ち落とされた。


「バルジーナ戦闘不能!」


 シトロンの喜々とした声に、セレナたちが歓声を上げた。


「やったぁ! バルジーナを倒した!」
「凄いすごーい!!」
「ブイー!!」
「ブイイ!!」


 セレナたちやイーブイたちのはしゃぐ声に、ラプラスが嬉しそうに笑う。サトシ達の表情も柔らかくなる。
 それに対して、2人の少年の顔は険しく歪んだ。


「くそっ……! 負けるんじゃねえぞ!!」
「分かってる!! アーマルド、地震だ!!」
「ピカチュウを打ち上げろ!お前は耐えるんだ!!」
「くうううううううん!」


 激しい揺れが襲う。
 ピカチュウは揺れを感じる前に空へ。ラプラスは衝撃に耐える。
 ラプラスは顔を歪めたが戦闘不能には至らない。


「ピカチュウ! アイアンテール!」
「メタルクローで受け止めろ!」
「ぴっかぁ!!!」
「アーマァ!!!」


 アイアンテールとメタルクローがぶつかり合い、金属音が鳴り響く。


「避けろよ、ピカチュウ! 絶対零度!!」
「ピカチュウ! 電光石火でかわすんだ!」
「ぴっかぁ!!」


 ピカチュウがアーマルドの体を駆け、空へと飛びあがる。
 その瞬間、凍てつき始める大地。
 戸惑ったアーマルドは、自分に迫りくる冷気に気がついた。……気付くのが少し遅かったけれど。


「アァマァアアアアアアアアアアアアア!!!」
「アーマルド!!!」


 アーマルドは氷に覆われ、次の瞬間、氷が砕けた時には、すでに目を回していた。


「アーマルド戦闘不能! ピカチュウ、ラプラスの勝ち! よって勝者、サトシ、シンジペア!!」
「「やったあああああああああ!!!」」」
「「ブイイイイイイイイ!!!」」


 シトロンの勝利宣言に喜びの声を上げたのはセレナにユリーカ、イーブイカップルだ。審判を終えたシトロンも、セレナたちと同じようにはしゃいでいる。


「やりましたね! サトシ、シンジ! ピカチュウとラプラスもお疲れ様です!」
「おう!」
「ぴっかぁ!」
「きゅううううううん!」


 シトロンの喜びの声に答えたのはサトシとポケモンたちで、シンジはラプラスをボールにしまい、イーブイのそばに歩み寄る。
 少し汚れてしまった灰色の毛並みを軽くなでてから手を伸ばすと、イーブイは嬉しそうにその腕に飛び込んだ。
 シンジは、悔しげな少年たちの顔を一瞥して、一言。


「こいつらは私たちが貰う」


 冷たく放ち、シンジは少年らに背を向けた。背を向けたシンジはイーブイの乱れた毛並みを整えながら、セレナの抱えるメスのイーブイの元に向かっていく。
 その様子を苦々しく眺めていた少年の片方がポケットを探る。


――パシュン!


「!」


 ボールからポケモンを放つ独特の音。
 サトシ達の呆然とした顔に、背後を振りかえろうとした時、声が聞こえた。


「ローブシン! あのすました女に破壊光線!」


 ああ、自分のことか、と思いいたると同時に、自分の手の中にはイーブイがいるんだぞ、という悪態が上る。
 振り返るとすでに破壊光線が放たれ、イーブイを逃がしてやれる時間がないことを悟る。
 イーブイを強く抱え込み、イーブイを庇う。
 衝撃を恐れ、目を閉じた。


「シンジ!!!」


 サトシの悲痛な声が聞こえた。




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