2人のみこ 2
シンジは今、草原にいた。金色に輝く美しい草原だ。
見渡す限り、どこまでも続く草原には、主にカントーに生息するポケモンたちが駆け回っていた。
そこは、ただの草原ではなく、夢の中の光景だった。
そこはシンジの夢の中ではない。
では、誰の夢なのか。
答えは、彼女の”対”として存在するサトシの夢の中だった。
シンジはダークライの夢を見せる力と、パルキアの空間を操る力を応用し、彼の夢に介入したのだ。
夢の中のサトシは一人だった。
おそらく、草原の真ん中で、人が3人は座れるであろう、大きな、そして平らな岩に腰掛けていた。
「サトシ、」
雲の流れを見つめていたサトシは、シンジが彼の隣に腰掛けるまで気付かなかったらしい。
声をかけるとひどく驚いているようだった。
元から大きな目を、更に大きくさせていた。
けれども、彼はすぐに夢だと思い返したのか、ゆるりと笑みを浮かべた。
「シンジだ」
嬉しそうにくすくすと可笑しそうに笑う。
無邪気な笑みにシンジも口元を緩めた。
「ねぇ、シンジ。これは夢?それとも、入ってきてる?」
「お前は、どっちだと思う?」
「あ、入ってきてる」
殊にサトシが嬉しそうに笑う。
膝を立てて、その上で腕を組んで、腕の上に頬を乗せる。
しまりがないと言えるほど緩ませた頬に、今度はシンジが目を瞬かせる番だった。
何故わかったのか、というような表情に、サトシがさらに笑みを深めた。
「だって、夢だったら、シンジは夢だって教えてくれるもん」
「・・・私が夢に出てくるたびに聞いてるのかよ・・・」
「うん」
サトシが甘えるようにシンジに寄りかかる。
シンジはそれを想定していたようで、よろけすらしなかった。
呆れたような目を向け、シンジが肩をすくめるが、サトシもそれを想定しているようだった。
「だって、会いたいじゃん」
――――夢の中でも本物にさ、
サトシがすりすりと頬をすり寄せる。
サトシはシンジが飴と鞭の、飴をぶら下げると、とたんに彼女に甘え出す。
逆にシンジが鞭を振りかざすとサトシはシンジを甘やかす。
そうやってお互いの疲れを癒す。
それが2人の常だった。
飴の時は姉弟で、鞭の時は兄妹と神々に称されていた。
今の2人の姿は、少々仲のよすぎる姉弟のようだった。
ぽんぽんと優しく髪をたたくシンジを、サトシが上目で見上げた。
「それで、どうして夢の中に?」
「ああ、お前を近くに感じたのでな」
自分の片割れをすぐそばに感じていたのは、シンジだけではなかった。
サトシも同じだった。
カロス地方に自分の対がいる。
それを感じてサトシはシンジに会いたくてたまらなかった。
そんなシンジが目の前にいるのだから、甘えずにはいられなった。
「お前は今、ショウヨウシティを抜けた辺りにいるな」
「シンジは・・・地名がわかんないけど、そんな遠くにはいないよな」
「私はセキタイタウン近くの森にいる。古代の遺跡の近く、と言えば分かるか?」
「!あそこか!遺跡の近くに町が出来たのか・・・」
シンジの肩から頭を起こし、ぱっとシンジの顔を見る。
それからふらふらと視線を空に昇らせる。
サトシの瞳に雲が写り込んだ。
「次はセキタイタウンに向かっているんだろう?お前と合流したい。目が覚めたら、波導をたどって、そちらに行く。お前もこちらに向かって来い」
「ん、わかった」
「・・・そろそろ時間だな」
「うん、もう朝だ」
この世界の太陽とは見当違いの方向から、美しく輝く光が差す。
眩しいけれど、包み込むような優しさがある。
朝の光だ。
「私はそろそろ帰る。お前はさっさと起きろよ」
「うん、わかってる」
「じゃあな」
「おう!」
そして世界は光に包まれる。
白い光が、サトシの意識を現実へと引き戻させた。
眼を覚ましたサトシはすぐに行動に出た。
服を着替え、手早く髪を整える。
そして隣で眠るピカチュウを起こし、2人でテントから飛び出した。
外は快晴だった。朝の光が森の木々を黄金色に染め上げていた。
外に出たサトシは眼を閉じた。
落ち着いて目を閉じると、トクントクンと胸に耳を当てたように、すぐ近くで行動のような音が聞こえた。
シンジの気配だ。
穏やかに笑ったサトシにすべてを悟ったらしいピカチュウが、嬉しそうに眼を細めた。
「ふああ・・・。あれ?サトシ?」
「今日は早いね」
サトシが起きた気配に触発されたのか、セレナたちが目を覚ます。
寝起きの目がサトシをとらえ、驚いたように目を見開いた。
意外に想われるだろうが、サトシは意外と朝が弱い。
いつもはたいてい一番最後に起きるのだ。
ジム戦などを控えた時には誰よりも早く目を覚ますのだが、サトシはジム戦を終えたばかりだ、
はて、何か楽しみことでもあるのだろうか。
「会いたい奴がいるんだ」
ふわり、と羽のような、柔らかい笑み。
サトシに向けられているとは思えない、大人のような笑みだった。
セレナたちがはっと息をのんだ。
「そいつにカロスの旅を進めたられて、そいつが今、近くにいるんだ」
だから、会いたいんだ、
そう言ったサトシの目は穏やかで、優しくて、シトロンたちも思わず笑みを浮かべた。
「どんな人なの?」
ユリーカの興味深げな声に、サトシが笑う。
その笑みは、やはりどこか大人の気配を漂わせていた。
「俺の、大切な人だよ」
どこまでも嬉しそうに、はてしなく楽しげに、サトシはにっこりと笑った。