恋は戦争
翌日。
サトシ達とのひと悶着の後、きちんと安静にしていたイーブイたちは、すっかり元気になっていた。この分なら森に返しても問題ないだろうとジョーイに言われ、サトシ達は昨日イーブイたちと出会った草原の草むらに来ていた。
「ここで大丈夫か?」
「ブイ!」
「じゃあね、イーブイ!」
「またね!」
「気をつけて!」
「ブイ―!」
サトシとシンジが抱えていたイーブイを降ろし、セレナたちが2匹に別れを告げた。
イーブイたちも嬉しそうにうなずくが、シンジだけが浮かない顔をしていた。
(また視線……?)
昨日感じた強い視線を、今も感じているのだ。
視線だけであたりを探るシンジに気付いたメスのイーブイが、不安げにシンジを見上げた。
「ブイ?」
「ああ、いや……。何でもないんだ。……じゃあな、イーブイ」
「ブイ!」
「恋人と末永くお幸せに」
「ブイ!」
「ぴゃあ!?」
シンジがからかうように口角を上げると、メスのイーブイは嬉しそうにうなずいた。それとは逆に、オスのイーブイの方が照れたのか、驚いて体をはねさせた。
存外照れ屋らしい。
斜め後ろからその光景を見ていたサトシが目を細め、照れ屋なイーブイの隣にいたメスのイーブイも、幸せそうに眼を細めた。
サトシとシンジによく似た恋人同士だな、とピカチュウは笑った。
「元気でなー!」
「「ブイ―!!」」
サトシ達は大きく手を振り、イーブイたちに別れを告げた。
イーブイたちもまた、笑顔で飛び跳ねてそれに答え、茂みの中へと駆けて行った。
「俺たちも行くか!」
「うん!」
「目指すはセキタイタウンだ!」
「「「おー!」」」
サトシ達は拳を上げ、10番道路を進んでいく。
旅に別れはつきもの。別れは寂しいけれど、次の出会いが待っている。
次の出会いを求めてサトシ達は意気揚々とセキタイタウンに想いを馳せた。
しかしそんな中、シンジだけが浮かない顔をしていた。
「ん? シンジ、どうしたんだ?」
「……え?あ、いや、別に……」
振り返ったサトシが、落ち着かない様子のシンジを見て首をかしげる。
何でもないというようにシンジが首を振るが、その視線は、今たどってきた道に向いている。何もないというふうには、とても思えない。
「……あいつらと離れるのが寂しいのか?」
「そういうわけではない……」
不安げに瞳を揺らすシンジにいてもたってもいられず、サトシがシンジの頬をなでた。
けれどもシンジの顔は晴れず、サトシも眉を下げた。
サトシは意を決して、シンジの腕を引いた。
「大丈夫だよ、シンジ。あいつらにはお互いがいるし、お前には俺たちがいるだろ?」
「……っ!」
こつり、と額を合わせて紫紺の瞳を覗き込むと、シンジの目元に朱が差した。
意外に血色のいいシンジは、照れるとすぐに赤くなり、照れているときが一番表情がわかりやすい。
てれたり、自分を意識するだけの余裕はあるのか、とサトシは少しほっとした。
「ち、違う……! そういう心配はしていない……」
シンジがぱっと離れて、また顔をゆがめた。
心配症のシトロンやユリーカ。いつもなら嫉妬しているだろうセレナも、この時ばかりは不安げにシンジを見つめていた。
「ただ……」
「ただ?」
シンジが口ごもる。
一度目を伏せて、今度は強い瞳でサトシを見つめた。
「サトシ。もう一度あそこに戻りたい」
「え?」
「嫌な予感がする」
シンジがサトシの腕をつかんだ。
ただ事ではない、とサトシは感じた。
シンジの勘はよく当たる。
「ブイ――――――――!!!」
「「「!!?」」」
イーブイの悲鳴が、聞こえた。
「っ!行くぞ!」
「ああ!」
イーブイの悲鳴はそう遠くないところから聞こえた。
その声を頼りにサトシ達は走り出す。
別れてからそう時間はたっていない。まだ間に合うはずだ。
「ブイッ!ブイイッ!」
メスのイーブイの声だ。いやいやと反抗するような声だった。
「ちっ、邪魔だな、こいつ……。俺らがほしいのは色違いだけだ」
「ぎゃん!」
「ブイー!!!」
鈍い音が聞こえた。
潰れたような声と、オスのイーブイの悲鳴が聞こえてきたから、おそらく攻撃されたのだろう。
ギリ、とサトシが置く場を噛み締めて速度を上げた。
「イーブイ!!」
茂みをかき分けて目に入ったのは、自分達より少し年上の少年2人と、その少年のポケモンだと思われるバルジーナとアーマルド。そしてうずくまるイーブイと、バルジーナに抑え込まれている色違いのイーブイだ。
「イーブイを離せ!」
「はぁ? 何言ってんの? こいつは俺たちがゲットしたポケモンなんだけど」
「それは捕らえたというんです! イーブイを離してください!」
突然現れたサトシ達に、少年らは不機嫌そうな表情を隠さない。
サトシ達に詰め寄られ、少年らは更に顔をゆがめた。
「これからボールに入れるんだよ。うるせぇガキどもだな……」
「!! ブイ! ブイイッ!!」
「バルッ!?」
「!! 暴れんじゃねぇよ!」
ボールに入れる。つまりゲットする。そうなればイーブイはそのトレーナーのポケモンとなり、野生ではなくなる。
幾らイーブイを傷付けた相手をサトシ達がトレーナーだと認められなくても「捨てろ」などとはとても言えない。
唇をかみしめたサトシ達を見て、ボールに入れられたら助けてもらえないことを悟ったイーブイは、その事実に暴れた。
「ブイーッ!」
「!? アーマルド!」
「ブイーッ!!」
「!? イーブイ!?」
メスのイーブイが、恋人を連れて行かれまいと牙をむく。
それに気づいたもう一人の少年がアーマルドに指示を出す。アーマルドはイーブイを地面にたたきつけた。
地面にたたきつけられ、その反動で足元に転がってきたイーブイを、シンジが抱き上げた。
「大丈夫か?」
「ブイイ……」
シンジの問いに、イーブイが弱弱しい声を上げた。それを見たセレナが声を荒げた。
「なんてことするのよ!」
「そいつが攻撃してきたんだろ?」
「この子たちは恋人同士なの! 引き離されたら嫌に決まってるでしょ!」
だからなんだ、と少年らは言いたげだ。色違いのイーブイ以外に興味はないようだ。
その冷めた色合いの目に、セレナが唇をかんだ。
「いちいちかみつくんじゃねぇよ、面倒くせぇガキどもだな……。余計なことばっかりすんじゃねぇよ」
「余計なこと……?」
「昨日も人が捕まえようとしたポケモンを連れて行っちまうしよぉ……。これ以上邪魔すんなよ」
昨日と聞いて思い当たるのは一つ。傷だらけになったイーブイたちだ。
こいつらが傷つけたのか、こんなにも小さな体を。サトシ達の胸に怒りが宿る。
それを感じたらしい少年の一人が、ひょうひょうとした態度で言った。
「バトルで決めようぜ?」
「……は?」
少年の言葉にシンジが眉をひそめる。
少年がにやりと笑って続けた。
「バトルの形式はタッグバトル。ポケモンはそれぞれ1体。俺たちが勝ったら色違いのイーブイはもらう。そっちが勝ったらイーブイはくれてやるよ」
少年の提案には、もう一人の少年も乗り気のようだった。にやにやと嫌な笑みを浮かべている。
イーブイをもののように言うのが気に食わないが、ずっとこの状態を保っているより速く話が済みそうだ。
サトシがシンジを見やる。シンジもまた、サトシを見やった。
サトシ達はうなずき合った。
少年らの提案に、乗ることに決めたのだ。
「受けて立つ」
「上等」
絶対の自信があるのか、少年らは余裕の笑みを絶やさない。
サトシとシンジはふいに視線を合わせた。
「やるぞ」
「おう」
その生意気な鼻っ柱をへし折って、教えてやろう。自分たちが一体誰に喧嘩を売ったのか。
フロンティアブレーンの名に賭けて。