恋は戦争
予選を通過し、いろいろと問題はあったものの、明日の決勝大会に向けて無事木の実を確保できたセレナたちは、ポケモンセンターに来ていた。
夕食前の、ポケモンたちの回復を待つこの時間。
サトシ達は自分たちの自由時間に充てていた。
サトシはバッジ磨き。シトロンは発明の図面ひき。
セレナは明日のポフレをどのようなものにするか、試行錯誤を繰り返している。ユリーカはそれを手伝っていた。
シンジは、その時間を、とある人物との通話に充てることにした。
『もしもし。って、あら、シンジじゃない!久しぶり!』
「ああ、久しぶりだな、――――――――カスミ」
相手は姉のように思えて仕方ない友人・カスミだ。
イッシュでの旅で親しくなり、今では良き相談相手となっていた。
『カロスの旅は順調?アイリスたちとの旅より人数が多いみたいだけど、大丈夫?』
「ああ、問題ない」
『その割には浮かない顔してるわね?』
片眉を跳ね上げるカスミに、シンジは肩をすくめて見せた。
シンジのポーカーフェイスはなかなかに分厚い。
兄からすれば大変わかりやすく、素直すぎてへそ曲がりなのだと言われているが、親しいものでもその表情を読み切るのは難しい。
しかしカスミはそれなりに親しい仲であるうえに、観察眼を必要とするジムリーダーだ。
意図的にポーカーフェイスを取っているわけではないので、彼女からすればシンジの表情を読み取るのは難しいことではない。
「・・・少し話を聞いてほしい・・・」
『落ち込んでるの?』
「いや、サトシの鈍さに理不尽な怒りを覚えている」
『あいつの鈍さは今に始まったことじゃないけど・・・どうしたの?』
「実は・・・」
シンジはすべてを話した。
自分たちは今、5人で旅をし、そのうちの1人がサトシに好意を寄せていること。
その少女は自分のサトシに対する想いに気付き、ライバル視していること。
そして今回、サトシに好意を寄せる少女が1人増えたことを。
「ポケモンのために体を張れるのはあいつの美点だとは思う。そうは思うが・・・」
サトシはポケモンのために体を張る。
今日もロケット団に捕まったポケモンたちを助けるために自分の体を使い、マシーンを食い止めようと躍起になった。
そんな風にポケモンのために、誰かのために自分を投げうてるサトシだから、ポケモンにも人間にも愛される。
それが彼らの美点だ。
それはわかっているが、こちらとしては気が気じゃない。
一歩間違えれば大けがだってあり得る。
無謀な挑戦だって、彼はためらわずに挑んでいく。
そうして困難を乗り越え、嬉しそうに笑ったサトシは、悔しことに他とは比べ物にならないほどに格好いいのだ。
そんな彼を見て、たくさんの少女たちが彼を好きになる。
今日はポケモンたちのために体を張るサトシを見て、ミルフィが恋に落ちる音をシンジは確かに聞いたのだ。
最初はただの興味本位だった。
サトシが自分に興味を持つと、セレナが大袈裟なほどの反応を返したため、それが面白くなり、サトシにちょっかいをかけていただけだった。
多少、サトシの見目に惹かれた下心もあったかもしれないけれど。
それでも技とサトシの隣に座ったり(シンジはユリーカに誘われ、ユリーカの隣に座っていた)お嫁さんになる人はいないのかと尋ねたり、それらはすべてセレナを挑発するためのものだった。
それをわかっていて嫉妬していたことを冷静になって恥たが、むしろ今となってはもっと警戒しておくべきだったと後悔している。
もっと注意しておけば、目の前でミルフィがサトシを好きになる瞬間を見ずに済んだはずなのに。
こめかみをつかむように、シンジが手を当て、顔を覆った。
『あいつは行動で惚れさせちゃうタイプだからね。まァでも、サトシがその子たちの気持ちに気づきそうな気配はないんでしょ?』
「・・・まぁ、」
『なら、その子たちがサトシに告白する前に、それとなくサトシは私のものだってアピールすればいいのよ。手ぇ繋いだり、抱きしめてもらうなりすれば、サトシがあんたのこと好きなんじゃないかって思って諦めてくれるかもしれないでしょ?』
「・・・」
カスミの言うことには一理ある。
しかし、そう簡単にあきらめる相手だろうか。
セレナはもちろんのこと、一目惚れだからって思いの丈が計り知れないミルフィ。
セレナは新しいことへの挑戦というものには億劫であるが、覚悟を決めれば強い。
ミルフィは知りあって間もないため、その性質は測れないが、積極的なところがある。
諦めろと言われたら、逆に燃え上がってしまうような奴らなのではないだろうか?
ぐるぐると思考の渦にはまりかけているシンジに、カスミは肩をすくめて見せた。
『それに、私は最初からそういう心配はしてないのよ』
「は?」
『サトシは一途よ?あんたがサトシを好きでい続ける限り、サトシもあんたを好きで居続けられるくらいにはね』
「・・・!」
『だから安心しなさい。あいつが不誠実なやつじゃないってことくらい、あんたが一番わかっているでしょ?』
「そうだな・・・」
少しだが不安が軽くなってシンジがようやく笑みを向ける。
それを見て、カスミもうっすらとほほ笑んだ。
『あ、そうだわ。あんたに伝えたいことがあったのよ』
「私に?」
『そ。アイリスがね、うちのジムに来たの』
「・・・!あいつが・・・」
シンジの表情がさらに和らぐ。
それを見て、カスミが優しく言葉を紡いだ。
『何でも、イブキさんの所に行く前に私に挑戦しようと思ったんですって』
「そうか・・・」
『実力的には変わっていないみたいだけど、まぁ、少しは落ち着いたんじゃない?』
「・・・バトルの結果は?」
『そりゃもちろん、私の勝ちよ。タッツーのころから私と一緒にいて、一緒に旅をしてきた子だもの。ずっと甘やかして育ててきたキバゴには負けないわよ』
「だろうな」
言葉は素っ気ないものだが、シンジはどこか嬉しそうだった。
きっと嬉しいのだろう。ほんの少しの間だけだけど、一緒に旅をしたアイリスの成長の兆しがあったことを知って。
随分と変わったな、とカスミはシンジを見つめた。
誰かと旅を同行するのを渋っていたシンジがたくさんの仲間と旅をしている。
仲間の成長に対して喜びを感じている。
確かにアイリスは成長したけれど、それはシンジだって同じだ。
彼女だって日々進化している。
『あの子たちはこれからよ』
「・・・何か感じたのか?」
『そうね。自分の力を生かしてポケモンたちと積極的に意見を交わす姿が見られたわ。相手の動きをよく観察しているようだったし、使えそうな戦術はものにしようとしていた。まだまだ課題はあるけど、確実にいい方向に向かって言ってるのは確かよ』
「そうか、」
表情の変化はあまりないけれど、確かにあった、喜びの笑み。
シンジの嬉しそうな顔に、カスミは眼を細める。
妹の成長を感じた姉の心境は、きっとこんな感じなのだろうな、と思いながら。
『私の話は以上!シンジは他にないの?』
「特には・・・」
『そう。ならいいのよ』
「・・・助かった」
『どういたしまして』
ここに画面がなかったら、きっとシンジの頭をなでていただろう。
照れたようにはにかむシンジのかわいらしいこと。
『・・・じゃあ、そろそろ切るわね?またいつでもかけてきて』
「ああ・・・。ありがとう」
『・・・!ふふっ、いいのよ』
それじゃあ、と手を振って、カスミは通信を切った。
シンジは通話が切れた後もそこに座り、余韻に浸っていた。
「(私にも姉がいたら、こんな感じなのだろうか・・・?)」
口うるさくて怒りっぽくて、けれどもとても優しくて。
シンジが思わず笑みを漏らした。
「シンジー?」
「!ここだ」
自分を探しに来たらしいサトシの声に我に返る。
きょろきょろと自分を探すサトシに、シンジが声をかければ、サトシはぱっと笑みを浮かべてシンジに駆け寄った。
「どうした?」
「そろそろ夕飯を食べようかーって話になってさ。シンジを探しに来たんだ。電話終わった?」
「ああ」
「・・・何かあった?」
「何故?」
「んー・・・何となく」
どこか機嫌のいいシンジにサトシが首をかしげる。
サトシの言葉にシンジは考えるそぶりを見せてから「何でもない」と笑った。
「(あ、かわいい・・・。けど、)」
少女らしい笑みに、サトシの胸が高鳴る。
普段シンジが絶対に浮かべることのない種類の貴重な笑みだ。
けれども、今何かを考えるそぶりを見せていたから、きっと自分が浮かべさせたものではない。
「(ぜ、絶対何かあった・・・!!!)」
女の子相応の”女の子の笑み”を浮かべるシンジに、サトシが強くこぶしを握った。
「(相手誰だよ・・・っ!!!)」
サトシが誰ともわからない相手に嫉妬の炎を燃やす。
友人と恋の話をしていたのだから”女の子”の顔になってもおかしくはない。
結局サトシが浮かべさせた笑みだというのに、残念ながら、その場にいなかったサトシはそれに気づけない。
胸のつかえが取れ、喜ばしい報告を受けたシンジは機嫌よさげに笑っているのだった。
「(サトシが鈍いのは元からだけど、)」
「(サトシがサトシに恋する乙女たちの好意に気づけないのって、他の子が目に入らないくらいシンジのことが好きだから、)」
「(だと思うんだけど、これは本人が伝えてあげないといけないことよね・・・)」
「(まったく、私の”友達”不安にさせてんじゃないわよ、サトシ!)」