恋は戦争






「じゃじゃ~ん!フォッコ、出来たわよ~」


セレナがバスケットを持ってベンチに座るフォッコの元に向かう。
セレナもベンチに座り、バスケットをあけると、そこにはおいしそうなお菓子が入っていた。
丁度お腹がすいていたらしいサトシが、いいにおいにつられて、ふらりとベンチに立ち寄った。


「おお!」
「これはポフレって言う伝統的なポケモンのお菓子よ!」
「ポフレか」
「ぴぃーか」
「ピカチュウにもあげるね」


バスケットから出された色取りどりのポフレはスフレやカップケーキを連想させた。
サトシの肩から降りてポフレを受け取るピカチュウは嬉しそうにしていた。
その様子を見ていたシンジは、相変わらず菓子作りがうまいな、と思った。
料理はシトロンが担当しているため作ったところは見たことないが、あれだけお菓子が作れるなら料理も得意だろう。
ピカチュウとフォッコがおいしそうにポフレを食べている姿を見て、シンジが頬を緩ませた。


「人間も食べられるよな!」
「あっ!」


ポフレを手にしたサトシがポフレを口に入れる。
豪快に一口で食べたのを見て、セレナとシンジは驚いた。
ポケモンフーズやポケモンたちのおやつは基本的な原材料は木の実や果物である。
そのため人間が食べても問題はない。
しかし本来はポケモンのためのものなので、好まない人間も少なくはないだろう。
サトシが急に静かになったことに気づいたシトロンが、ユリーカとともに首をかしげた。
顔を上げたサトシは満面の笑みを浮かべていた。


「うま~い!こんなうまいお菓子食べたの初めて~!」
「脅かさないでよ・・・」


嬉しそうに笑うサトシに、セレナがほっと息をつく。
味が好みだったのか、サトシがさらにポフレに手を伸ばす。
それにセレナは嬉しそうに笑っていたが、シンジは面白くない。


「(サトシはいつもそうだ。いつもそうやって相手を褒めて・・・)」


サトシは天性のたらしだ。
人間もポケモンも関係ない。
もちろん、そういうところも含めて好きになったし、サトシに下心や他意はない。
おいしいからおいしいと言っているのだ。
嫉妬したところでサトシのたらしは生まれつき。親からの遺伝だ。
嫉妬なんて醜いだけで、何の意味もない。
それは頭では分かっているが、心がぐつぐつと煮えてしまうのは仕方ないことだろう。
理性と本能が別なように、思考と感情もまた別なのだ。
自分以外を褒めるなとは言わない。
それはぜいたくすぎるし、自分だってサトシ以外にも感心する。
しかし目の前で恋敵を笑顔でほめられると、


「(今なら握力だけでモンスターボールを粉砕できる気がする・・・)」


というような気分になる。
それもまた仕方のないことだろう。
恋する乙女に嫉妬はつきものだ。


「ネネッ!ネネッ!」


次のポフレに手を伸ばしたサトシを見て、デデンネが自分もほしいというように手を伸ばす。
それに気づいたユリーカが「デデンネにもちょうだい」と言って手を伸ばした。
サトシは笑って快くユリーカにポフレを渡そうとした。
しかし、突然ポフレが浮き上がり、サトシの手を離れてふわふわと飛んでいく。
ほの暗く激しい炎で胸を焦がしていたシンジも、これにはきょとんと眼を瞬かせた。

ふわふわとポフレが飛んで行った先には、淡い桃色のポケモンがいた。
彼だか彼女だかは定かではないが、そのポケモンが念力か何かでポフレを浮かせているらしい。
お腹がすいているのか、サトシから奪ったポフレを2つとも胃に収めてしまった。
サトシはがっかりしながらも、図鑑を取り出す。
シンジも図鑑をかざした。
名前はペロリームというらしい。
そのペロリームの後ろに、1人の少女がたった。
群青色の髪に水色のカチューシャの少女だ。


「ペロリームがそのポフレ、まぁまぁだって言ってる」


釣り目が少々きつい印象を与える少女だと思ったが、それはどうやら間違いではないらしい。
強気な発言に、セレナがむっとした表情になった。


「まぁまぁって・・・。あなたは?」
「私はミルフィ。ペロリームは私のパートナーよ」
「ペロ~ン」
「俺、サトシ。こっちは相棒のピカチュウ」
「私はセレナ」
「僕はシトロンです」
「ユリーカよ!」
「私はシンジだ」


自己紹介を終えると、きゅるるるる、と音が鳴った。
聞き覚えのある音に、音のなった方に目を向けると、サトシがお腹を鳴らしていた。
渋い顔を浮かべるサトシにシンジがくすりと笑い、ミルフィが困ったように笑った。


「この子が食べちゃったお詫びに、最高のポフレをご馳走してあげましょうか?」
「食べたーい!食べたいです!」
「私も!」
「私は結構です!」


セレナがサトシがミルフィに興味を持ったことにふん!と鼻を鳴らして腕を組む。
嬉しそうなサトシとユリーカに気を良くしたのか、意気揚々とミルフィがバスケットをあける。
そこには4種類の綺麗なポフレが並んでいた。


「さぁ、どうぞ。召し上がれ」
「「「うわぁ・・・」」」


色とりどりの綺麗なポフレに、サトシ達が目を輝かせた。


「ピカチュウにはぴりりと辛い、マトマの実のトッピング付き。デデンネには甘いオレンの実のトッピングをどうぞ」


おいしそうに食べるピカチュウたちに、セレナが不安げな表情を浮かべた。
シンジも憮然とした顔で成り行きを見守る。


「俺はこれがいいなぁ」
「あ、それは・・・!」
「辛ぁ!!?」


サトシが口を押さえて涙目になる。
甘党のサトシには耐えがたいものだったようで、今にも泣いてしまいそうだった。
それに呆れつつも、シンジが荷物から水筒を出し、サトシに渡した。


「ほら、水だ。飲め。少しはましになるだろ」
「サンキュー、シンジ」
「人の話は最後まで聞け、まったく・・・」
「はーい・・・」


シンジから水筒を受け取り、サトシが水を飲む。
水を飲むサトシは見慣れているはずなのに、どこか違和感を感じ、シンジが首をかしげる。
そして、ああ、水筒が違うからか、と納得しかけて、シンジが思わず硬直した。


「(しまった・・・。私の水筒だ・・・)」


いつもの青色の水筒ではなく、薄い紫の水筒で水を飲むサトシに、そっと目をそらす。
シンジが気付いたことにセレナも気づいたようで、自分のピンクの水筒を握りしめた手が震えていた。
セレナにとっては嫌なこと続きで、その顔はとても不機嫌そうだ。

水を飲み終わり、サトシがほっと息をつく。
伏せていた目を開け、サトシがシンジを見つめた。
まさか、気付いたか?とシンジが顔には出さずに焦っていると、サトシは常と変わらない態度で水筒を差し出した。


「ごめん、シンジ。シンジの水筒、からにしちゃった」
「えっ?あ、いや・・・別にいい・・・」
「ありがとな、助かったぜ!」


俗にいう間接キスだということに気づかなかったことに、セレナとシンジが安堵の息を吐く。
惜しい気もするが、気付かれなくてよかったという思いが強く、シンジは胸をなでおろした。
けれど、水筒を受け取るときに、シンジが気付いてしまった。
サトシの耳と目元が、赤く染まっているということに。


「(う、そだろ・・・?絶対、気付かないと思ったのに・・・)」


普段は鈍いくせに、どうしてこうも鋭い時があるのか。
水筒を片づけるふりをして、シンジがその場にしゃがみこんだ。
心配そうにサトシを見ていたピカチュウが、今度はシンジに駆け寄った。

サトシが照れを隠すために口元を手で隠す。
顔が赤くなっているが、それは今からいものを食べたから、という理由でごまかせる。
照れを隠すために口元に充てた手が、口をぬぐう仕草に見えたのだろう。ミルフィが呆れたように肩をすくめた。


「今のは炎ポケモン用。ポケモンにはおいしくても、人間にはそうでないものもあるわ」
「そうなんだ・・・」
「ポケモンに合わせる。それがいいポフレよ」


ミルフィの得意げな言葉がセレナの勘に触ったらしい。
セレナが立ち上がり、ミルフィを睨みつけた。


「それくらい私もやってるわよ!」
「当然よ。ポフレの基本よ?出来て当たり前」
「何よ、その言い方ぁ・・・!」


2人が火花を散らしながら激しくにらみ合う。
ピカチュウがシンジにしがみつき、サトシが後ずさる。
シトロンとユリーカは驚いてポカンと口をあけていた。


「ちょっとちょっと、2人とも落ち着いて」
「「ふん!」」


シトロンが間に入ると、2人は鼻を鳴らしてそっぽを向いた。

ふと、何かに気がついたユリーカがととと、とデデンネを連れてベンチを離れる。
それに首をかしげながらシンジが後をついて行くと、ピカチュウも隣に駆け寄ってきた。
2人がユリーカについて行けば、彼女は電子掲示板の前に立ち止まった。


「(掲示板か・・・)」


掲示板なら大勢の人の目に留まる。
バトルフェスタのポスターも掲示板に張れば人目につくだろう。
そんなことを考えながら、ユリーカの隣にたった。
ユリーカが熱心に見つめるのはポフレコンテストと書かれたかわいらしいポスターだった。


「勝負してみたら?このポフレコンテストで」


ユリーカがセレナたちを振り返る。
近寄ってきたミルフィ達に、ユリーカは笑った。


「今日が予選で、明日が決勝大会よ!」
「それいいじゃん!」
「そんなのがあるんですね」


盛り上がるサトシに感心したように眼鏡をかけなおすシトロン。
ミルフィは得意げに言った。


「私はコンテストに出るためにこの町に来たのよ」
「じゃあ勝負ね!」


ミリフィの言葉にセレナが噛みつく。
意図せずして間に入ってしまったシトロンが、頭を抱えてしゃがみこむ。
その頭上で激しく火花を散らして2人の少女がにらみ合っている。
女の戦いは壮絶だ。
愛する者のためなら鬼にだってなれる。
しかしセレナがあんなふうに相手に突っかかるとは思っていなかった。
自分には随分と友好的に接していたんだな、とシンジは思った。
ただ、あそこには入りたくはないな、とも思ったけれど。

ふと、シンジがサトシを見る。
その視線に気づいたサトシがシンジを見れば、シンジは口を開いた。


「サトシ、」
「ん?」
「私は掲示板にポスターを掲示してもらえないか、役所で聞いてくる。お前は先に行くか?」
「いや、俺も行くよ。俺の仕事でもあるし」


サトシとシンジに会話にミルフィが「ポスター?」と首をかしげる。
それに気づいたサトシが「うん」とうなずいた。


「俺たち、バトルフェスタって言うイベントの宣伝係でさ。今、カロスにそのイベントの宣伝をしながら旅をしてるんだ」
「へぇ、凄いじゃない。ねぇ、そのポスター、余分にあるんだったら私にも1枚ちょうだいよ」
「もちろんいいぜ!」


サトシがチラシとポスターを合わせてミルフィに手渡す。
ミルフィは「ありがとう」と言って受け取った。


「劇団ソラとコラボするの?私、ファンなのよね。私も参加しようかしら?」
「ホントか!?やった!」


嬉しそうに笑うサトシに、ミルフィが面食らう。
それから少し考えるそぶりをして、ちらりとセレナを見やった。
何か面白いことでも思いついたのか、にやりと口角を上げた。


「・・・私が参加したら嬉しい?」
「え?」
「バトルフェスタ。私が参加したら嬉しいかって聞いてるの」
「もっちろん!」
「そう」


ふふん、と鼻歌でも歌いだしそうな楽しげな笑みを浮かべるミルフィに、今度はセレナとシンジが面食らった。
からかうような笑みをセレナに向けてから、ミルフィはサトシに笑いかけた。


「じゃあ参加してみようかしら?イベント、楽しみにしてるわ」
「おう!サンキューな、ミルフィ!」


ミルフィの笑顔に、サトシも笑みを浮かべる。
一見すると、恋人同士のようにも見える。
そんな仲睦まじいう様子に、セレナがミルフィを睨みつけ、シンジが呆然とサトシを見つめていた。

シンジが腕の中のピカチュウをきつく抱きしめてしまい、ピカチュウがうめくが、シンジの耳には届かない。
サトシを見つめるシンジを、ピカチュウは苦しげな表情で見上げる。
思考を停止させてしまっているようで、その表情は恐ろしいまでの無表情だ。
あまりの痛々しさに、ピカチュウは慰めるように、そっとシンジの腕をなでた。




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