恋は戦争






デビュー戦の相手が決まった。
レディファースト精神にのっとり、シンジとバロネスのミラが先にバトルを行う運びとなった。


「シンジ」


階段を下りる直前、サトシがシンジに声をかけた。
ミラが先にフィールドに降りるが、シンジは立ち止まって、サトシと目を合わせた。


「勝てよ」
「――――ああ」


うなずいて、シンジはフィールドへと続く階段に足をかけた。
その背中を見つめるサトシの目は、らんらんと輝いている。
“ライバル”の目でシンジを見送ったサトシは、シトロンたちの隣に並び、観戦の態勢を取った。

一歩一歩階段を下りて行くシンジの頭の中で、サトシの声がリピートされる。
以前サトシは、ライバルがいると負けたくないという気持ちが全然違うと言っていたが、まさしくその通りだ。
”勝てよ”と言われて、負けられないと強く思った。
まるでリーグ戦のようだと思ったのだ。
次は自分とバトルするのだから、負けるなよ、と、そう言われているように感じた。


――――絶対に負けられない


フィールドに降り立ったシンジは、思わず息をのむような迫力があり、すでにミラを圧倒していた。


「な、なんか・・・シンジ、いつもと違いますね・・・?」


シトロンが震える声で、サトシに問いかける。
圧倒されているのはミラだけでなく、シトロンたちも同じだ。
むしろ、会場全体を、彼女はものにしていた。


「そりゃあ・・・」


負けたくないからだろ?
そう言って口角を上げたサトシも、いつもと変わらない笑みを浮かべているが、ピリピリと肌を刺すような気配を漂わせている。
その瞳はひどく獰猛な色を宿している。

シトロンたちは知らない。勝つためのバトルをするシンジを。
彼らの前で、それなりにバトルはしてきたつもりだが、それはいつだって修業のためだったり、楽しむためのバトルだった。
カロスに来て唯一、勝ちたいという思いで臨んだビオラ戦も、彼らは見逃していた。
けれども、その時すら凌駕する迫力に、ビオラも息をのんだ。


「(ああ・・・ライバルからの激励は、こんなにも私を熱くさせるのか・・・)」


フィールドの中央にたったシンジは、強者の気配を漂わせていた。
先程までとは別人のようになったシンジに、ミラは戸惑いを隠せない。


「バトルシャトーに手初のバトルを行うシンジ様とバロネスのミラ様にどうぞ、拍手を」


いち早く気を取り直したモリ―が拍手を促す。
その言葉に我に返ったトレーナーたちが2人に拍手を送った。


「ミラ様は勝てば7連勝。シンジ様はバロネスの称号を得ることになります。それでは始めてください」


モンスターボールを出したシンジが一歩前に出た。
それにつられるようにして、ミラもボールを取りだした。


「良きバトルを」
「え、ええ・・・。良きバトルを」


軽くボールを触れ合わせ、2人は所定の位置に向かった。
シンジの迫力に押されていたミラも落ち着きを取り戻し始めている。
会場のトレーナーたちも、息をつき始めた。

位置に就こうとしていたシンジが、ふと足を止めた。


「お前は・・・」
「ハッサ!」


先程けがの手当てをしたハッサムだ。草むらから付いてきたのだろう。
シンジが立ち止まったことに気づいたサトシ達も、その視線の先にいるハッサムをみて驚いている。
ハッサムはそんな視線にも臆さずに、フィールドの上に降り立った。


「どうしたの?」
「ああ、いえ・・・。野生のポケモンがついてきてしまったみたいで・・・」
「見学に来たのかしら?」


ミラの冗談めかした言葉に、ハッサムがうなずく。
そのことに面食らいながらも、シンジはモリ―をうかがい見た。
意図をくみ取ったモリ―がくすりと笑った。


「大丈夫ですよ。時折、野生のポケモンたちが見学に来るんです。自分のポケモンに見学させるのもありですよ」
「そうですか・・・。なら、お前も見学していろ、ラプラス」


シンジが、モリ―の言葉にラプラスを放つ。
水上に出されたラプラスは、目を輝かせてシンジを見つめた。


「今日はバトルの見学だ。私のバトルをしっかり見ていろ。ただし、あまり近づきすぎるなよ?」
「くぅん!」


ラプラスはバトルを見るのも好きなのか、嬉しそうに何度もうなずいた。


「ハッサム。お前もできるだけ下がっていろ」
「ハッサ、」


ハッサムがフィールドを囲う柵の付近まで下がったのを見届けて、シンジは位置についた。
もう少し離れていた方が安全だが、見た限りレベルは低くないだろう。
よほどのことがない限りは、彼が巻き込まれることもないはずだ。
シンジは目の前の相手に集中した。


「行くのよ、ニャオニクス!」
「マニューラ、バトルスタンバイ!」


お互いにポケモンを繰り出し、シンジは初めてみるポケモンに図鑑を取りだした。
ニャオニクス。エスパータイプのポケモンで、白い体毛に柔らかそうなしっぽが愛らしい。
相性はシンジが有利だ。


「先手必勝!シャドーボール!」
「かわして悪の波導!」
「サイコキネシスで操ってお返しして!」
「シャドーボールで相殺しろ!」


先手はミラだ。ゴーストタイプの技は悪タイプには効果はいま一つだが、エスパータイプに技は完全に無効化してしまうため、シャドーボールやマニューラん技を使って攻撃してくる。
エスパータイプの技を中心に組み立てているのだろう。表情にはあまり余裕がない。


「チャームボイス!」
「かわして辻斬り!」
「マニュー!!」
「!?」


初めて聞く技の名前だが、シンジは冷静に対処した。
対処したはずなのだが、技に転じる前に悲鳴を上げたマニューラに、さすがのシンジも目を見開いた。


「何だ、今の技は!」
「チャームボイスです!フェアリータイプの必中技で、悪タイプには効果が抜群なんです!」
「そんな!」


サトシの驚きの声に、シトロンの焦ったような声が聞こえる。
セレナの悲鳴じみた声が響いた。
それらの声がシンジの耳に入り、シンジは舌打ちした。


「(ちっ・・・。やはり下調べをしなかったのが痛手になったか・・・)」


例え効果抜群な技を受けても、一度攻撃を食らったくらいで倒れるような柔な育て方はしていない。
しかし、初めて受ける技、というのに驚いてしまったのだろう。
マニューラが顔を叩いて冷静さを取り戻そうとしている。


「マニューラ」
「!マニュ!」
「何か問題でもあったか?」
「マーニュ」


マニューラがシンジを振りかえる。
シンジのいつも通りの冷静な顔に、マニューラはにっと笑った。
不敵な笑みだ。


「冷静さを失わせたと思ったのに・・・!」
「こんなことで動揺するほど細い神経はしていないので、」


もちろん、私のポケモンたちも。
そう言って、シンジは口角を上げた。


「こうなったらたたみかけるわよ!もう一度チャームボイス!」
「凍える風で相殺しろ!」


必中技だからと言って、技をすり抜けることはない。
技がぶつかれば相殺される。
技を相殺されたことに、ミラが口元を歪めた。


「足元に冷凍ビーム!」
「!飛んでかわすのよ!そのままシャドーボール!」


シンジの攻撃の指示に、ミラも指示を出す。
しかし、飛び上がったことにより、バランスを崩したニャオニクスの攻撃は、的外れなところに飛んでいく。
その的外れなところには、ハッサムがいた。


「危ない!!!」


誰が叫んだのかはわからない。
驚きに目を見開くハッサムは、突然のことに動けずにいた。


――――ぶつかる。
誰もがそう思い、叫び声を上げそうになった瞬間、シンジは走り出した。


「ハッサ!?」


驚くハッサムを引き倒し、その上に覆いかぶさるようにして一緒に伏せた。
シャドーボールはラプラスが相殺し、爆発が起こる。
しかし、特に被害もなく、シンジは平然と起き上った。


「大丈夫か?」
「ハ、ハッサ・・・」
「そうか」


シンジの言葉にうなずいたのを見て、シンジが立ち上がる。
左手をかばうようにして、シンジがハッサムの体を起こした。
そして体についた土を払い、自分の服についた土も払い落した。


「私の認識が甘かったな。やはりお前は住みかに戻れ。その状態では、技を相殺するのも難しいだろう」


ハッサムがシンジの言葉に左腕を隠す。
シンジが肩をすくめた。


「住処に戻れ。次も無事とは限らん。私も守れる自信はない。もう一度言う、住処に戻れ」


ハッサムは悔しげに顔をゆがめ、バトルシャトーの壁を伝い、先程の草むらの方へと去って行った。
それを見届けて、シンジはラプラスを見やった。


「ラプラス、助かった」
「くぅん!」


ラプラスは嬉しそうに笑い、前ひれをばたつかせた。
水しぶきを飛ばして喜ぶラプラスに笑いかけ、シンジは所定の位置に戻った。


「すいません、バトルを続行してください」


何事もなかったかのようにバトルを続けようとするシンジに会場は唖然とした。
マニューラでさえ、ぱちぱちと目を瞬かせ、サトシは苦笑していた。
呆然としていたミラがふっと我に返り、ゆっくりと首を振った。


「私たちの負けよ。完敗だわ」
「ニャオ~・・・」


体の力が抜けてしまったらしいニャオニクスがぺたりと地面に寝転がる。
完全なる戦意喪失だ。


「ニャオニクス戦意喪失により勝利ポケモンはマニューラとなります」
「健闘した両ナイトとポケモンたちに惜しみない拍手を。そして素晴らしい行いをしたシンジ様に称賛の声を」


モリ―とイッコンの言葉に会場が一気に沸き立つ。
シンジはきょとんと不思議そうな顔を浮かべてマニューラを見やった。
マニューラは嬉しそうに笑い、シンジの足にピとりとくっついた。


「本日、トバリシティのシンジ様にはバロネスの称号を授与いたします。あめでとうございます」
「ありがとうございます」


モリ―に白いマントを渡され、マントを羽織る。
紫の髪に白いマントが映えて、とても様になっていた。


「シンジかっこいー!」
「似合ってるよ!」


ユリーカやセレナの称賛の声にシンジが2人を見上げる。
わずかだが口の端を上げてかたどられた笑みに、シンジの顔が見える位置にいた少年たちが赤面した。
それを面白くないといった表情で睨みつけ、サトシがシンジに笑みを向けた。


「シンジ、似合ってるぜ!でもさっきのは無茶しすぎ!」
「お前よりましだと自負しているが?」
「うぐ・・・」


称賛の声と咎めるように注意したサトシが、シンジの鋭い切り返しに言葉を詰まらせる。
藪蛇だったかな、とサトシが目をそらした。
するとシンジは呆れたように肩をすくめた。


ああ、いつも通りだ。
バトル中の気迫を感じさせず、クールでドライないつものシンジだ。
自分たちの知らないシンジが垣間見えて不安になっていたシトロンたちは、ほっと息をついた。


「次はお前の番だぞ」
「おう!」
「ぴかっちゅ!」


シンジの言葉に、サトシとピカチュウは強く拳を握った。




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