恋は戦争
ニコラとファレルがメイドのモリ―に導かれてフィールドへとつながる階段を下りて行く。
フィールドに降りた2人は、それぞれ白いマントをはおり、フィールドの中央にたった。
「マント!」
「かっこい~!」
目を輝かせるサトシとユリーカに「しきたりなのです」とイッコンの声がかかった。
いつの間に移動したのか、イッコンは隣にある少し高いテラスの上にいた。
「ポケモンジムとはずいぶん雰囲気が違いますね」
「ええ。バトルシャトーは騎士の決闘をお手本に始められたものです。ポケモンバトルを騎士道精神で高めるという流儀でして、手だれのトレーナーが自慢のポケモンを戦わせる。ただ技をぶつけ合うだけでなく、礼節や格式を重んじるという風潮が生まれたのです」
手袋を投げる、というのは、正式な決闘の申し込みだ。
そして投げられた相手が手袋を拾うと、決闘の申し込みを受けることになり、決闘が成立する。
古くから伝わる決闘の申し込み方法で、それこそ騎士の時代から存在するものだ。
「おかげさまで、ジム戦が終了となった現在でも、カロス地方ならではのバトルとして多くの皆様に楽しんでいただいております」
どこか誇らしげにイッコンが説明する。
サトシは眼を輝かせてフィールドにいる2人を見つめていた。
「かっこいいなぁ、あのマント!」
「バロンの称号を持つものは白いマントなんだ」
「爵位はどのくらいあるんですか?」
「まずはバロンから始まって、次はヴァイカウント。次はアール。次はマーキス。次はデューク。一番上がグランデューク」
「そんなに、」
バトルシャトーの階級は六段階ある。
ここに集まるトレーナーたちは、最上級のグランデューク(グランダッチェス)になることを目指している。
誰もが強い向上心を持ち、バトルを見逃すまいとフィールドに釘づけになっていた。
バトルが始まるのか、フィールドの中央にたった2人がボールを出し、こつりとお互いのボールを触れ合わせた。
「良きバトルを」
「良きバトルを」
そう言って、2人は位置についた。
「それではバロン・ニコラ様。バロン・ファレル様によるバトルを始めます。ニコラ様はあとおひとり勝てば十人勝ちぬいたことによりヴァイカウントへと昇格いたします。バトルの格式を守り、存分に戦ってくださいませ」
「行け!ヒノヤコマ!」
「行け!ヨノワール!」
お互いにポケモンを出し、バトルが始まった。
「雷パンチ!」
「ニトロチャージ!」
先制はファレル。
雷パンチを迎え撃つためにヒノヤコマがニトロチャージを繰り出すが、相手はゴーストタイプのポケモンだ。
実態を消すことで技のぶつかり合いを避けたヨノワールは、ヒノヤコマに一撃を入れた。
「すげぇ、パワーだ!ニトロチャージ!」
「ああ!兄ちゃんもヒノヤコマも、すっげぇ特訓したもんなぁ!」
ニコラとファレルの勝負が決まった。
凄まじい威力のニトロチャージで地面にたたきつけられたヨノワールは眼を回していた。
「やっほー」
「「!!」」
背中をつつかれた感触に、サトシとシンジが振り返る。
その時に小指が外れてしまったのを寂しく思うが、視界に入った人物に、寂しさも吹き飛んだ。
「ビオラさん?」
そこには、ハクダンジム・ジムリーダーのビオラがいた。
目を瞬かせてシンジがビオラを見つめると、ビオラはくすりと笑った。
「久しぶり。まさか、ここで会うなんてね」
「でも、どうして?」
「こう見えても私、ダッチェスの称号を持ってるんだから」
「ダッチェス?」
「デュークの女性版の呼び方だ。男と違って女はバロネス、ヴァイカウンテス、カウンテス、マーショネス、ダッチェス、グランダッチェスとなっている」
「シンジちゃん、詳しいのね。その通りよ」
「男の人と女の人で呼び方が違うんだ!」
突然再会したビオラと談笑している間に、判定のモリーが試合にストップをかける。
勝利したのはヒノヤコマとニコラだ。
2人が頭を下げ、バトルは終わった。
10人勝ちぬいたニコラは、バロンからヴァイカウントに昇格し、新しく青いマントをはおった。
「皆様、健闘した両ナイトとポケモンたちに惜しみない拍手を」
イッコンの言葉に拍手が起こる。
中には称賛の声もあった。
そんな中で異質はドスン!という鈍い音とうめき声に、サトシ達が後ろを振り返った。
慌てて駆け寄ると、そこには先ほど壁に登っていたザクロという男が腰をさすっていた。
「ザクロ様・・・またですか・・・」
「つい拍手しちゃうんですよねぇ。素晴らしいバトルとポケモンたちに愛を」
ザクロに声をかけたイッコンの声には、呆れがにじんでいた。
ポケモンたちは眼を瞬かせてぽかんとしていたが、シンジは奇妙なものを見る目を向けていた。
「ザクロ君ねぇ、そう思ってるなら降りてから拍手すれば?」
「壁が僕を離してくれないんですよ。ここの壁はいけない。滑らかでつややかで、僕を誘うんです。ビオラにはバトルシャトーの壁のたおやかさがわからないかなぁ?」
「どんなに力説されても壁には萌えないのよね、私・・・」
この人、頭を打ったんじゃないだろうか。
シンジは思わず首をかしげた。
彼の知り合いらしきビオラの声にも呆れと引きが混じっている。
ザクロがあまりにも当たり前のように壁について話すので、自分がおかしいというわけではないことに、シンジはほっとした。
「ビオラさん、知ってるんですか?」
「彼はザクロ。壁を見たら登らずにはいられないの。かなり強いわよ」
茶目っ気たっぷりのビオラの言葉にサトシが目を輝かせた。
「さっき聞きました!バトルしたいけど、爵位はどれくらいなんですか?」
「僕の称号はデュークです」
「デュークと言うと、上から2番目ですね!」
ビオラと同じ称号に、サトシの目がよりいっそう輝く。
シンジのザクロを見上げる目も、期待に満ちていた。
「それでは本日、初めてお申込みいただいた3人によるデビュー戦と参りましょう」
モリ―と並んで言われたイッコンの言葉に、サトシとシンジがそちらを向いた。
「それって・・・」
「俺たちのことだよ。サトシ、シンジ!」
「しかし奇数だぞ」
イッコンの言葉にサトシが目を輝かせる。
テスラが己を示し不敵に笑うが、今日、初挑戦のトレーナーは3人だ。
奇数ではバトルは行えない。
行えないこともないが、公式のルールではなくなってしまう。
格式を重んじるバトルシャトーではまず行えないだろう。
「なら私とやりましょう」
そう言って、近くにいた女性が、シンジに手袋を投げつけてくる。
すらりと背の高い、美しい女性だ。
パーティドレスがよく似合っている。
「私はミラ。称号はバロネスよ。いかがかしら?」
不敵な笑みを浮かべる女性に、シンジも挑発的に笑う。
床に落ちた手袋を拾えば、決闘は成立した。
「そうこなくっちゃ」
光悦とした表情を浮かべるミラに、シンジは獰猛な笑みを返した。