恋は戦争






大理石の床。大きな窓が開放的な城。
そんな中を進みながら、イッコンがバトルシャトーについての説明を始めた。


「こちらは紳士淑女のトレーナーの皆様に極上の戦いを提供する社交場にございます」


こつこつと踵を鳴らしながら歩くイッコンは、誇らしげに語っていく。


「なお、こちらでは皆様トレーナーのことを”ナイト”と呼んでおります。また、ここではバトルの結果によって、爵位と呼ばれる称号に手、順番を付けさせていただいております。是非とも上位の爵位を目指して頑張ってくださいませ」


少し先を言ったモリ―が扉の前にたつ。
振り返ったモリ―は、うっすらとほほ笑んだ。


「これから御案内するのはサロンでございます。バトルシャトーに来たら、こちらで対戦相手を選んでいただくのです」


そう言って、モリ―が扉を開けた。
それほどの広さはないが、どこかのパーティ会場のようだ。
スーツやドレスに身を包んだトレーナーたちが、会話を楽しんでいる。


「皆様、爵位バロンのニコラ様がご来場になられました」


会場が一瞬で静まり返る。
挑むような視線がこちらを射抜く。
心地いい緊張感が伝わってくる。
サトシとシンジはその緊張感に包まれて、その瞳を獰猛なものに変えた。


「ここはトレーナーたちが情報交換をしながらバトルの相手を探す場所なんだ」
「へぇ、バトルし放題なんだ」
「誰でもいいってわけじゃないよ。相手は同じ爵位じゃないと」


サトシがテスラの話に耳を傾け、相槌を打つ。
そんな時、周りが気になったのか、あたりを見回していたピカチュウが、驚きの声を上げた。
そちらを向くと、天井付近の窓の桟を上っている男がいた。


「な、何であんなとこに?」
「壁にいる人は何?」
「ああ。あれはザクロさんだよ。いつも登ってるんだ」
「凄く強いんだよね」


強いと聞いて目を輝かせるサトシに対して、シンジはどこか遠い目をしてザクロという男を見た。
強いというなら、ぜひともバトルの相手をお願いしたい。
それと同時に、バトルしたくなくても、どうせバトルすることになるのだろうな、とも思うのだ。


「(ああいう訳のわからないトレーナーとは絶対にかかわりを持つんだ、サトシは)」


サトシの周りには、個性豊かな人間が集まる。
シンオウでサトシとともに旅をしていた少年少女らも。
イッシュで出会ったトレーナーたちも、みな類を見ない個性を発揮していた。
そして、今現在旅をしている仲間たちも。


「サトシ様、シンジ様、テスラ様。お三方の紹介をさせていただきます」
「はい」
「分かりました」


イッコンの誘導に従い、三人で並ぶ。
すると、ニコラに集まっていた視線が、三人に向いた。


「今日バトルシャトーにデビューいたします、サトシ様、シンジ様、テスラ様にございます。そして、サトシ様とシンジ様より、ご報告があるとのことです。ご静聴の程を・・・」


三人の紹介に、あたりがざわつく。
しかしその喧噪もほどほどに、会場は静まり返る。
テスラが一歩下がり、サトシとシンジが頭を下げた。


「カントーから来たサトシです」
「シンオウから来たシンジです」
「俺たちはとあるイベントの関係者です」
「あるイベントとは、バトルフェスタと言います。皆さんはバトルフェスタについてご存知ですか?」


静かに聞いていたトレーナーたちが囁き合う。
おそらく、その情報を持っているトレーナーを探しているのだろう。
誰も知らないとわかると、また会場が静かになった。


「今度、ミアレシティで開かれることになったバトル大会のことです」
「この大会は、バトルフロンティアというバトル施設をカロスに進出させていくにあたって企画された大会です」
「イベントは○月×日から5日間!劇団ソラと協力して、イベントの間には劇団の公演、スタンプラリー、ポケモンたちとの交流会。他にも楽しい企画がたくさんあります!バトル以外も楽しめますよ!」
「ぴかぴー!」


サトシの元気な笑顔とピカチュウの愛らしい声に、会場が和やかな雰囲気に包まれる。
けれども、その一方で、目をぎらつかせている者もいた。


「バトルフロンティアとは?と首を傾げた方もいるでしょう。ここでバトルフロンティアについて説明させていただきます」


会場の空気が変わった。


「バトルフロンティアとは、カントー・シンオウに存在する完全実力主義のバトル施設のことです。施設の責任者であるフロンティアブレーンは四天王に勝るとも劣らない実力を持っていると言われています」


再び、会場がざわつく。
かなり興味をそそられたようで、サトシとシンジの口角が自然と持ち上がった。
相手によって説明を変えようと考え、バトルシャトーにいるトレーナーたちには、バトルフロンティアについて全面的に押し出していこうと話し合ったのだが、それが功をなしたらしい。
食い入るように話を聞いているものがほとんどだ。


「今大会では、そのフロンティアブレーンとバトルするチャンスが与えられることになっています。詳しい内容はエントランスにポスターと、その付属のチラシを掲示させていただくことになったので、興味のある方はそちらへ。




 では、皆様のご参加を願って、あいさつを終了させていただきます。ご静聴ありがとうございました」
「ありがとうございました!」


もう一度頭を下げて、あいさつは終わった。
トレーナーたちは興味をそそられたのか、盛大な拍手が起こる。
どさっ!と何かが落ちる音が聞こえてきたが、シンジは気付かないふりをした。
幸いにも、他のトレーナーたちも気づいていない。


「サトシ達ってイベントの関係者だったの!?」
「まぁなー」
「凄いね、2人とも!」


セレナがキラキラと目を輝かせる。
尊敬する!というような目にサトシは苦笑した。


「なんか面白そうな大会を開くんだな!こりゃ、もっとレベルを上げて行かないとな!」
「お!来てくれるのか!?」
「おうよ!早速レベル上げだ!」


ニコラがいさんで会場の奥へと踏み込んでいく。
注目を浴びながら、ニコラは立ち止まった。


「バロン・ニコラ。どなたかバトルのお相手をお願いできますか?」


ニコラが胸に手を当て、軽く頭を下げると、手袋が投げつけられる。
ニコラがそれを拾った。


「私がお受けしましょう。私はバロンの称号を持つファレル」
「よろしくお願いします」
「どうぞ、お手柔らかに」


バトルの申し込むが受けられると、次々に窓があいて行く。
水上に設置された外のバトルフィードでバトルするらしい。


「ニコラ様とファレル様はバトルフィールドへどうぞ。ナイトの皆様もどうぞ外のテラスで観戦を」


モリ―の案内により、ぞろぞろとトレーナーたちがテラスに向かう。
シンジもそれを混ざろうとして、行く手を阻まれた。
シンジより少し年上だと思われる少年が、声をかけてきたのだ。


「シンジさん、先程のイベントの内容をもっと詳しく聞きたいのですが・・・」
「シンジさんは今日がデビュー戦なのでしょう?手ほどきは私が・・・」
「いや、ここは俺が、」


一人がシンジに話しかけたことにより、それに触発されたのか、次々に少年たちに声をかけられる。
皆一様に頬を染め、シンジの気を引こうと声をかけ続け、何と言っているのかわからない。
それはいつしか言い争いにまで発展し、ますます聞くに堪えない。


「(何なんだ、こいつらは)」


シンジは冷めた目を向ける。
けれどもすぐに思考を切り替え、どこから抜け出したものか、と少年たちの群れを見回す。
すると、少年たちの隙間から、一つの手が伸びてくる。
その手に惹かれ、シンジは少年たちの壁から抜け出した。


「大丈夫か?」
「ああ、助かった」


助けたのはサトシで、シンジがサトシに笑みを向ける。
サトシも優しげに眼を細め、シンジの手を握って肩を抱いた。
少年たちを放ってテラスに向かうも、少年らはシンジを目当てに争っていて、気付いていない。
彼らの中心にシンジはいないのに。
シンジがちらりと彼らの方に視線を向けると、肩を抱くサトシの手に力がこもった。


「サトシ?」
「シンジ、相手してもらうんなら女の人にしてもらって」
「?誰でも一緒だろう?」
「女の人にしてもらって」
「・・・わかった」


サトシがあまりにも真剣な目を向けるので、シンジは訳もわからずにうなずいた。
何か理由があるのだろう。それが嫉妬だったらいいな、と思いながら。

テスラの方につくとシトロンたちは一番前列に並び、場所を確保していた。
サトシは自分とセレナではさむような位置にシンジをたたせた。
ちらりと後ろを振り返ると、シンジを連れて行かれたことに気づいた少年たちが悔しげにサトシを見ていた。


「(シンジは俺のだ)」


悔しげな少年たちにサトシは口角が上がる感覚を覚えた。
見せつけるように肩でも抱いてやろうかな、なんて意地の悪いことを考えながら、サトシはシンジの隣にたつ優越感に浸っていた。



そんなサトシを余所に、シンジは逆隣のセレナを見つめた。
羨ましげにちらちらとこちらを気にするセレナに優越感がこみあげてくる。


「(サトシは私のものだ)」


サトシの小指に自分の小指を絡めると、サトシは驚いたのか、こちらを振り返った。
けれども何も言わずにきゅう、と小指に力を入れると、サトシも小指を握り返す。
今度は嬉しさもこみあげてきた。




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