恋は戦争






「じゃじゃ~ん!バトルシャトー!」
「バトルシャトー?」


リビエールライン沿いにあるポケモンセンターのロビーにサトシ達はいた。
ロビーに備え付けられたソファに座り、セレナが喜々としてガイドブックを見せてきた。
ガイドブックの画面には、古めかしい建物が映し出されていた。
サトシを中心にしてガイドブックを開いているため、彼の隣に座るシンジからは、うまく画面が見れない。
(サトシにくっついてみてもいいのだけれど、くっついてしまうと内容に集中できなくなるだろうから)仕方なく自分のタウンマップを取りだした。
タウンマップにも、簡単にではあるが、各施設の概要が載っているのである。


「サトシとシンジ、ここ絶対好きだと思う!近くにあるの。行ってみよう?」


笑顔で勧めるセレナに、サトシが期待に胸を膨らませる。
シンジも、自分のタウンマップでバトルシャトーを検索して、確かに、と小さくうなずいた。


「どんなところなんですか?」
「バトルシャトーってね?トレーナーとバトルして、何かをもらえるところなんだって!」
「何かって、バトルしてもらえるってことは、バッジ!?」
「お城だからケーキとか!?」


バッジが貰えるのはジムだけだろう、とシンジがサトシを横目で眺める。
夢を膨らませるユリーカには、シトロンが呆れたように首を振った。
肩をすくめながらタウンマップを見ていたシンジが、目当ての内容を見つけた。


「どうやら、もらえるのは爵位だそうだ。何でも、ポケモンバトルを騎士道精神で高める流儀らしく、礼節に重きを置いているらしい」
「そうなんだ!」


シンジがマップを見ながら説明すると、サトシが目を輝かせた。




――――バターン!!!




「「「ん?」」」


背後で何かが倒れる音がした。
サトシ、シンジ、シトロンが振り返ると、そこには2人の少年が倒れていた。
倒れた少年の隣にはヤヤコマt、ヤヤコマとよく似た一回り大きなポケモンがいた。
シンジが図鑑をかざすと、ヒノヤコマと説明された。


「いてて・・・。兄ちゃん、こいつら知ってたみたいだYO。教える必要なかったYO」
「(ああ・・・。教えてくれるつもりだったのか)」


ヤヤコマを連れた少年が、むくりと起き上がる。
兄と呼ばれた少年も、渋い顔で立ち上がった。


「2人はバトルシャトーについて知ってるのか?」
「まぁな、」
「じゃあ、爵位って何だ?」


お前、意味もわからずにあんな嬉しそうにしていたのか?
興味しんしんと言ったサトシに、シンジが呆れたように嘆息した。


「ぶっちゃけ説明めんどーYO」
「俺たち今から行くからYO!」
「一緒にくればわかるのYO!」

「どうでもいいが、その話し方は癇に障るからやめておいた方がいいぞ」


ラップ調を模した2人の少年の口調に、シンジが冷めた声を投げかける。
セレナも同じようなことを想っていたようで、半目で2人を見ていた。
その視線の冷たさに、兄弟は胸を押さえた。


「に、兄ちゃん、この子、顔に似合わず手厳しいYO・・・」
「ま、まったくだYO」


うずくまりながらもやめないラップ調にあっぱれ。
まぁまぁ、とシンジをなだめて、サトシが2人を見やった。


「連れて行ってくれよ、バトルシャトー!ショウヨウジムにチャレンジする前に勢いをつけたいんだ!」
「ジム戦の、前座になるかならないか、YOYO連れてってやるYO!」
「行ったら絶対びっくりYO!」


挑発的な言葉に、サトシがぎらりと目を輝かせる。
けれどもそれは一瞬で、サトシはすぐに笑みを浮かべた。


「俺、サトシ。こいつは相棒のピカチュウだ」
「シンジだ」
「僕はシトロン。よろしくお願いします」
「私、ユリーカ」
「私はセレナよ。よろしく」
「俺はニコラ。パートナーはヒノヤコマ」
「俺、テスラ。パートナーはヤヤコマYO!」


自己紹介を終え、サトシたちは立ち上がる。


「早速連れて行ってくれよ!バトルシャトー!」
「おうよ!」


拳を握って言うと、ニコラも拳を作ってうなずいた。





+ + +





ポケモンセンターを後にした一行は、リビエールラインを進んでいく。
川沿いの道は花が咲き乱れており、美しい。
一行は、美しい景色に目を細めた。


「綺麗だね、シンジ!」
「そうだな」


シンジは、ユリーカとともに1番後ろを歩いていた。
ユリーカは草花をうっとりと見つめ、デデンネとともに笑い合い、シンジに同意を求めていた。
同意すれば、ユリーカたちは花のような笑みを浮かべた。


「じゃあ、テスラは今日、バトルシャトーに初挑戦なんだ」
「そうなんだよねー」


1番前で、テスラたちと他愛ない会話を楽しむサトシの声が聞こえてくる。
彼らの会話を何となしに聞きながら辺りを見ていると、ふいにシンジが立ち止まった。


「シンジ?」
「どうしたんですか?」


シトロンとユリーカが足を止めたシンジを振り返る。
後ろにいた3人が付いてこないことに気づいて、前を歩いていたセレナたちも足を止めた。
花畑の向こうの草むらを見つめるシンジに、一行は首をかしげる。
けれどもシンジはある一点だけを真剣に見つめていた。
サトシ達も目を凝らすシンジと同じ法句を見て、次の瞬間、花々を飛び越えて草むらに飛び込んだシンジに目を剥いた。


「シンジ!!」
「あ、待って、サトシ!」


草むらをかき分けて走るシンジを追いかけて、サトシも草むらに飛び込む。
そんなサトシを追いかけてセレナたちも草むらの奥へと進んだ。








草むらをかき分けた先には、大木があった。
樹齢300年と言ったところか。背は高くないが、幹の太さはかなりのものだ。
その根元に、真紅のポケモンが座り込んでいた。


「やはりハッサムだったか・・・」
「!ハッサ・・・!!」


真紅のポケモン――――ハッサムは、突然現れた人間に、目を見開いて驚いた。
そしてすぐに警戒の態勢を取った。
ポケットの中でボールがカタリと揺れたが、シンジはそれをポケットの上からなでることで納めた。
それからシンジはハッサムを見やった。
ハッサムは野生には存在しない。誰かのポケモンか。
何にしろ、左腕をかばっているところをみると、けがをしているのかもしれない。

ハッサムがハサミをがちがちと鳴らして威嚇する。
しかしシンジは威嚇など気にも留めないで、いっそ無遠慮なほど無防備にハッサムに近づいた。
近づいたら攻撃すると言わんばかりにかまえていたハッサムも、シンジの無警戒すぎる様に呆然としていた。

すとん、と地面に膝をつけ、左腕を見る。赤い腕が、血がにじんで黒に近い色に変色していた。


「(傷薬で治らないこともない、か・・・?)」


シンジが荷物を降ろし、傷薬を取り出す。
腕に薬をかけられ、その痛みで我に返ったハッサムが、シンジに向かって鋏を振り下ろす。
しかしその前に、なだめるように腕をなでられ、振り下ろした腕が止まった。
風圧で髪が揺れるが、それでもシンジは眉一つ動かさない。
威圧していたハッサムは、逆に気圧され、戸惑ったようにおろおろと視線をさまよわせた。


「治療はしたからもう大丈夫だろう。あとは左腕に負担をかけないことだな」


最後にもう一度腕をなでて、シンジは立ち上がった。


「シンジー!」


サトシの声と、サトシ達の足音が聞こえてくる。
がさり、と草むらが揺れて、サトシ達が顔を出した。


「シンジ!いきなり走りだしてどうしたんだ?」
「急にいなくなるとびっくりするYO!」


サトシとニコラの言葉に、シンジがちらりとハッサムを一瞥した。
ハッサムは、新たに増えた人間を威嚇している。


「こいつが負傷していた。その治療のためだ」
「えっ!?大丈夫なのか?」
「傷は浅かった。すぐ治る」
「そっか・・・」


サトシ達はたった今ハッサムに気づいたようで驚いていた。
シンジの言葉ですぐに穏やかなものに変わったけれど。


「何だYO、意外とやさしいじゃんYO!」
「出会って間もないお前に優しいとか優しくないとか言われたくないんだが?」
「兄ちゃん、やっぱり辛辣だYO・・・」


テスラの茶化すような言葉に、シンジが呆れたような視線を向ける。
その冷たさが胸に刺さったのか、テスラは肩を落とし、ニコラに慰められていた。
そんな様子を見て、サトシは苦笑した。


「言葉はちょっときついけど、シンジは優しい奴だよ」


酷く穏やかな目で見つめられ、ドキリとしたシンジがそっぽを向く。
それに声を立てて笑われ、シンジが顔を隠すように髪に触れた。


「そいつの治療は終わった。もういつでも行けるぞ」
「そっか。じゃあもう大丈夫なんだな?」
「ああ」
「じゃあ、行こうぜ!」


それぞれがハッサムの具合を一瞥して、、リビエールラインに戻っていく。
最後にシンジがハッサムに目を向けて、ゆっくりと背を向けた。




























































リビエールラインに戻ってしばらく歩いていると、立派な建物が見えてきた。
川の中にそびえる城。同じく水の上に設置されたバトルフィールド。
サトシが期待に目を輝かせる。


「あれがバトルシャトーか!」


正面にたつと、その大きさがよくわかる。
圧倒されるような厳かさを兼ね備えた美しい城だ。
門には『バトルシャトー。その強さ、爵位で示せ』と、挑発的な文が書かれている。

木で造られた扉をあけると、中には甲冑や剣が飾られた広いエントランスがあった。


「バロン、ニコラ様。バトルシャトーにお帰りなさいませ」


出迎えてくれたのはメイド服の女性だった。
まさに女中と言った、品のある制服を身にまとっていた。


「今日は弟を連れてきました。デビュー戦をお願いします」
「テスラです。よろしくお願いします」


メイドの女性――――モリ―はニコラ達の言葉を受けて、淡く微笑んだ。


「「俺/私もバトルお願いします」」


サトシとシンジの声が重なる。
声が重なったことに顔を見合わせていれば、モリ―がきょとんとした不思議そうな表情を浮かべた。


「あなた様方は・・・?」
「カントーのマサラタウンから来ました。サトシって言います」
「私はシンオウのトバリシティから来ました。シンジです」


モリ―の戸惑ったような声に返事を返す。
すると、奥の方からこつこつと足音が聞こえてきた。


「これはこれはニコラ様。弟様のデビュー、誠におめでとうございます」
「どうも」


執事の様なスーツを着た男性が、ゆったりとした足取りで、ニコラ達を出迎える。
きょとんとした表情で男性を見ていると、ニコラに「ここの当主のイッコンさんだ」と言葉を添えられた。


「初めまして。カントーやシンオウからお客さまを迎えるとは、大変に嬉しく思います」
「「ありがとうございます」」


イッコンの穏やかな笑みにサトシが笑い、シンジが会釈する。
そして、小さくサトシの服の裾を引いた。
サトシがぱっとシンジを見る。
シンジはサトシのリュックを指差した。
少しの間、きょとんとしていたが、すぐに納得してうなずいた。


「ごめん、すっかり忘れてた」
「しっかりしろ」


まったく、と肩をすくめるシンジにサトシが苦笑する。
仕方ないな、と許すような優しい目に、サトシも目を細める。
空気が変わったことを敏感に感じ取ったセレナが、サトシの隣に駆け寄った。


「忘れてたって?」
「仕事!」
「仕事?」
「そう言えばセレナは知りませんでしたね。サトシ達はとあるイベントの関係者なんです」


セレナが声をかけたことにより、サトシの意識がセレナに向いたことに、シンジがむっとする。
けれどもサトシの言った「仕事」という言葉にすぐに首を振った。
サトシがリュックからチラシを取りだすのを見て、サトシもポスターを取りだした。
そしてチラシを受け取り、まとめてイッコンに差し出す。
さっと中身に目を通したイッコンは、おおっ、と感嘆の声をもらした。


「これは素晴らしい・・・。是非お客様にお伝えせねば・・・」
「よろしければ、どこかに掲示しておいてもらえませんか?」
「ええ、もちろんです。皆様に見てもらえるようエントランスに」


イッコンはキラキラと目を輝かせてポスターに見入っている。
そんな様子に、ニコラ達は顔を見合わせた。


「それで、ここの挑戦者に、簡単な説明を入れる時間をいただけませんか?」
「では、あいさつのときにでも」


イッコンが一礼して、それからパンパンと手をたたき、他のメイドを呼ぶ。
メイドはすぐに掲示の準備に入った。


「では、参りましょう」


イッコンはエントランスの奥の扉を開いた。




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