恋は戦争・番外編
「もしかして、サトシ君とシンジさん?」
草原を抜けた先にあった街で、サトシ達は一休みすることとなった。
ポケモンセンターに立ち寄り、宿泊の手続きをしている最中、サトシとシンジはジョーイに声をかけられた。
「そうですけど……」
控えめに頷くと、ジョーイが安堵の笑みを漏らす。
「よかった。オーキド博士から連絡があって、オーキド研究所に連絡するように伝えてほしいって頼まれたの」
「オーキド博士が?」
何かあったのだろうか、と二人が顔を見合わせる。話を聞いていたセレナたちも不安げだ。
「とにかく、連絡してみよう。何かあったんなら、早く連絡しないと」
「ああ」
シトロンたちに待っていてもらうように声をかけ、二人は急いで電話ボックスに向かった。
オーキド研究所に連絡を入れると、思いのほか早くに相手に連絡がついた。
しかし出てきたのはオーキドでもケンジでもなくゴウカザルで、二人は眼を見開いた。
「ゴウカザル!?」
「どうしてお前が……」
『ウオキャア!』
大好きな主人と大好きな人が二人揃っているのを見て、ゴウカザルが嬉しそうに笑う。その笑顔に、ひとまず研究所で大事が怒ったわけではないと安心し、二人はひっそりと息をついた。
『ウッキャア!』
嬉しそうに画面に顔をすり寄せるゴウカザルに、サトシが嬉しそうに相好を崩し、シンジがとろけるような笑みを見せた。
「久しぶりだな」
「元気そうでよかったよ」
『ウッキャア!』
嬉しそうに笑い、深くうなずく。彼の背後に見えるしっぽが左右に大きく揺れていた。
それからはっとして、ゴウカザルが後ろを振り返る。声をかけるような仕草を見せて、ゴウカザルが画面から遠ざかり、入れ替わりにオーキドが画面上に姿を現した。
『やぁ、サトシ、シンジ。いきなりすまんのう』
「いえ、大丈夫です」
「それよりどうしたの、博士」
『うむ。実はなぁ、ズルッグが泣きやまんのじゃ』
「え? ズルッグが?」
ズルッグは好戦的で、自分よりも大きな相手にもひるまずに立ち向かう度胸のあるポケモンだ。そのズルッグが泣きやまないとは何事だ?
サトシとシンジが驚きに目を見開いて顔を見合わせた。
『フシギダネやベイリーフ。ツタージャやチャオブーなんかも頑張ってあやしていたんじゃが、これが一向に泣きやまんくてのう……』
オーキドだけでなく、オーキドの後ろに控えているゴウカザルも心配そうにしている。
『だいぶ成長したとはいえ、ズルッグはまだ幼い。これだけ長くサトシと離れたことはなかったから、寂しくなってしまったのかもしれん』
「そう言えば、ズルッグは卵から孵したポケモンでしたね」
『うむ』
比喩として、トレーナーを親と呼ぶこともある。それだけトレーナーの存在がポケモンにとっては大きなものなのだ。それが、卵から孵したポケモンとなると、それだけ特別な存在となるのだ。
「分かったよ、博士。しばらくズルッグはこっちで面倒をみるよ」
『分かった。少し待っていなさい』
ズルッグを転送するために、オーキドが転送装置をつなぐ。
ゴウカザルが画面に近寄り、サトシ達に不安げな顔を見せた。
「どうしちゃったんだろうな、ズルッグ……」
サトシが声を沈ませると、画面の向こうで、ゴウカザルが困ったように首をかしげた。
オーキド研究所から、ズルッグの入ったボールが送られたきた。それを確認し、簡単な近況を報告してサトシ達は通話を切った。
セレナたちはロビーでサトシ達を待っており、サトシ達が戻ってくると、不安げな表情で駆け寄ってきた。
「用事はなんだったの?」
「あれ? そのボールは?」
「前に旅した時にゲットしたポケモンが入ってるんだ。こいつはまだ赤ん坊で、泣きやまなくなっちゃったんだってさ」
それで俺に連絡を入れるように言ったんだよ。そう言ってボールを見せると、セレナたちは胸をなでおろした。
「でも、何で泣きやまなくなったのかな?」
「分からない。もしかしたら寂しくなったのかもしれないって言ってたから、一緒に遊んだりしてやれば、泣きやむと思うんだけど……」
眉を下げながら、サトシがボールを投げる。開いたボールから、山吹色のポケモンが飛び出してきた。
ズルッグは、大きな目からぼろぼろと涙をこぼしていた。
「どうしたんだぁ、ズルッグ。具合でも悪いのか?」
サトシが抱き上げると、ズルッグは状況がわかっていないのか、きょとんと眼を瞬かせた。
自分を抱っこしているのがサトシだとわかると、嬉しそうに笑いさえする。のに、涙は枯れない。
「具合が悪いわけじゃなさそうですね」
「しかし、あまり元気はないな」
シトロンが眼鏡をかけなおし、ズルッグを観察する。
嬉しそうにサトシに擦り寄るズルッグは、いたって健康体だ。しかし、シンジは眉根を寄せて腕を組んだ。
「泣いてる以外は普通に見えるけど……」
「ズルッグはバトルが大好きで、ポケモンを見たらすぐにバトルを吹っ掛けるような奴なんだ。だから、元気がないのは確かだよ」
セレナの困惑したような問いかけに、サトシが苦笑する。
周りにはピカチュウやデデンネもいるのに、気にするそぶりすら見せない。それだけ気落ちしていたのだろうか。
情けないなぁ、とサトシがズルッグの頭に頬をすり寄せた。
「ぴかっちゅ」
ピカチュウがサトシの肩に飛び乗り、ズルッグに声をかける。そしてしばらくポケモン同士で会話を続けると、ふいにピカチュウが笑顔になった。
お兄さんのような暖かい笑みを浮かべ、優しく頭をなでる。するとズルッグがシンジに向かって手を伸ばした。
「どうした? シンジに抱っこしてもらいたいのか?」
「ルッグ!」
「私……?」
サトシにズルッグを差し出され、シンジがズルッグを抱える。ズルッグはシンジにぎゅう、と抱きついた。
それに答えるようにシンジもズルッグを抱きしめ、そっと頭をなでる。すると、先程まで泣いていたのが嘘のように明るい笑顔を浮かべた。
「あ! 泣きやんだ!」
「もう大丈夫そうだな」
凄い! と笑うユリーカの頭をなでながら、サトシがシンジに笑いかける。シンジからはズルッグの顔が見えないのできょとんとしていたが、ズルッグの楽しげな声に、シンジも自然と笑みをかたどる。
サトシがそっと離脱し、オーキドへと通信をつなげる。
「博士」
『おお、サトシ。ズルッグは泣きやんだか?』
「うん。もう大丈夫だよ、博士」
『やはりお前さんと離れたのが原因か?』
「う~ん……俺って言うより、ママが恋しかったみたい」
サトシが画面の前から体をどかし、ズルッグを抱いて微笑みシンジを見つめる。
それを見て、オーキドが合点がいったように頷いた。
『シンジはいい母親になりそうじゃな』
「うん。俺もそう思う」
そう言って笑ったサトいのまなざしはいっぱしの男の顔をしており、彼もきっといい父親になるだろう、とオーキドに予感させた。