恋は戦争・番外編
テレビでよく芸能人達が、相手を一目見たとき「ああ、この人が自分の結婚相手だ」と分かり、その相手と結婚したと言っている。
そうやって結ばれた人たちがいるから、運命というものが信じられているのだろう。
運命に導かれて結ばれた人たちのほとんどが、その相手と生涯を共にしている。
それは芸能人だけでなく、一般人やトレーナーも例外ではない。サトシもそのうちの一人だった。
サトシはシンジを一目見たとき「ああ、この子が俺のお嫁さんになるんだ」と分かった。
その時はまだシンジを男だと思っていたし、当時はまだ「お嫁さん」というものをよく理解していなかったから、すぐに忘れてしまっていたけれど。
けれど認めてもらいたくてかかわっていくうちに、自分自身を受け入れてほしいと、そう思うようになっていった。
シンジが女の子だと知って、自分の隣で、自分と生涯を共にしてほしいと思った。
シンオウリーグでこのまま別れたくはないと、夕日の中をシンジの背中を追いかけたのを、今でも鮮明に覚えている。
階段の下、夕日に照られてたシンジは、アメジストもくすんでしまうほどに輝いていた。
自分を見て驚き、それからいつもの澄ました表情を捨て去り、シンジは嬉しそうに、幸せそうに微笑んだ。
その顔を見たとき、サトシは確信した。
――自分が幸せにしなければならない女性はこの人である、と、
全身で、否、それだけでは足りない。
この世界全てを使って彼女に『愛してる』と伝えたい、そう思った。
シンジも、どうやら同じ気持ちだったらしい。
伝えたい事があると告げると、自分もだ、と言われたことで確信した。
ならば同時に言おうか、と2人は笑った。
そして静かに、厳かに、
――好きだ、
と、声を重ねた。
これが2人の、新しい始まりだった。
さて、何故こんなことを語りだしたのかというと『幸せにしなければならない』と再び強く思う光景が目の前に広がっているからだ。
その光景を見て、サトシは上記の光景を思い出したのだ。
今度は今、目の前に広がっている光景についてお話ししよう。
サトシは今、シンジとユリーカとともにいる。
場所はユリーカがシンジとの散歩で見つけた花畑だ。
とても自然のものとは思えない薔薇のアーチがあることから、もともとは庭園だったのではないだろうか。
野宿のために確保した木々のはえていない広場からは少し遠いが、とても美しい場所だった。
シンジはユリーカの隣にいる。
ユリーカに白い布をかぶせられ、青い花を飾られている。
サトシはそれを少し離れた所からし守っていた。
幼い子供は総じて「ごっこ遊び」が好きなようで、今は「お嫁さんごっこ」をするための下準備をしているらしい。
シンジが落ち着かなそうに視線をさまよわせ、とうとううつむいた。
まさか自分が着飾らせられるとは思っていなかったようだ。
「できたー!」
ユリーカが嬉しそうに笑う。
シンジをきれいに飾れたことに満足げにうなずいている。
「私、お兄ちゃんたち呼んでくるね!」
「は? ちょ、おい!」
「はずしちゃだめだよ!」と言い置いて、ユリーカがテントへと駆けていく。
ユリーカを止めようとして伸ばした手が空を切る。
宙をさまよって降ろそうとした手を、代わりにサトシが握った。
「サトシ?」
「シンジは本当にユリーカに甘いなぁ。俺が頼んでも女の子らしいことなんてしてくれないのに」
「ただ布を被っただけだろう?」
ただ布を被っただけ、とシンジはいうが、サトシの目から見れば、それは純白のヴェールにしか見えない。
ただのガラスの偽物の宝石も、銀で飾れば本物に見える。飾るものが美しければ、飾られたものは美しく見える。
その逆もしかり。飾られたものが美しければ、飾るものも美しく見えるのだ。
シンジのヴェールはまさにそれだ。
確かにシンジがかぶっているのはただの布だ。
しかしそれを花嫁の清らかなヴェールに見せているのは飾られたシンジが美しいからに他ならないのに。
とことん自分の魅力には鈍感なシンジに、サトシは苦笑を禁じ得ない。
苦笑したサトシに、シンジが首をかしげた。
それを見て、サトシがすとんとシンジの前に片膝をついた。
「シンジ、似合ってるよ」
「・・・私には布切れがお似合いだと?」
「違うって。本当にお嫁さんみたい」
「先入観だろう。ユリーカがヴェールの代わりだと言ってこの布をかぶせたんだから」
「そんなことない。本当にきれいだよ、シンジ」
握っていた手が外され、シンジが後ずさる。頬が赤く染まっているところを見るに、照れているのだろう。
「逃げるなよ」
「うるさい!」
逃げられないように、両手を捕まえてシンジの顔を覗き込む。シンジはぶわりと一気に顔を赤く染め、顔をそむけた。ぎゅう、と目をつぶり、羞恥に耐えるシンジはとてつもなく可愛い。
「(こんな可愛い子が俺のお嫁さんになってくれるんだよなぁ・・・)」
ぎゅう、とシンジを腕の中に閉じ込めて、ヴェールの下に隠れてしまっている髪に頬をすり寄せる。
シンジが肩をびくりと震わせた。けれど、決していやではないようで、むしろ遠慮がちに肩口に擦りよってくるものだから、かわいくてたまらない。
「(絶対、俺がシンジを幸せにして見せる)」
再度誓って、サトシは純白のヴェールをそっと抱きしめた。