恋は戦争・番外編
サトシ達は今、とある町にいた。
その街には歴史的価値の高い図書館があり、その図書館には珍しい本や価値のある本であふれかえっていた。
見学フロアを一通り見て回り、普通の図書館として利用できる貸出フロアに向かった。
折角だから、ここで本を借りようと、好きな本を借りたサトシ達は、図書館の中庭に来ていた。
旅のトレーナーであるサトシ達は、そう長く同じ町に滞在することはない。
読み終わったらすぐに返そうということで、図書館内で本を読んでしまうことにしたのだ。
各々が好きに本を読みふける中、ユリーカだけがそわそわと落ち着きがなかった。
ユリーカはあまり本を読むのが得意ではない。読み聞かせなどは積極的に聞きたがるし、本自体は嫌いではないのだが、文字を目で追う作業がどうも苦手なのだ。
読書はサトシも得意ではない。
いつもなら真っ先にしびれを切らしてしまうのだが、サトシが今手にしてる本は、シンジが選んだ本である。
バトルの役に立つと言って自分のために選んでくれた戦術書を無下にできるはずもなく、サトシは今、必死で文字を追っていた。
すぐにしびれを切らすだろうと思われたサトシが予想外の粘りを見せ、サトシと遊んで過ごすという考えは白紙になった。
いつも読み聞かせをしてくれている兄のシトロンも古いカラクリの仕組みが書かれた本に夢中で、こちらの様子には気づいていない。
セレナも少しでもおいしいポフレを作れるようにと意気込み、4冊ものぶ厚い本を抱えている。
声をかけるのは戸惑われた。
ピカチュウやデデンネと遊ぼうにも、彼らは午後の暖かい陽気のなかですっかり夢の中へと旅立っている。
――――つまらない。
ユリーカが頬を膨らませた。
――――ぱたり、
ぽふん、と空気の抜けるような音ともに、本が閉じられた音がした。
そちらを見ると、どうやら本を読み終えたらしいシンジが本の表紙をなでていた。
「シンジ、もう読み終わったの?」
「ん?ああ。そんなにページも多くないしな」
「すごーい・・・」
常日頃から読書をたしなんでいるシンジは、その分読むのも早い。
サトシとは別のものだが、同じく戦術書と書かれた本は、それなりの厚みがあった。
内容だって、簡単なものではないだろう。
それをこともなげに読んでしまえるシンジは、ユリーカにはとても偉大な人物に見えた。
「ユリーカは読み終わったのか?」
「私はまだ・・・。本読むの、あんまり得意じゃないし・・・」
「意外だな。サトシよりも早く根を上げるとは思わなかった」
「いつもお兄ちゃんが読んでくれるから・・・」
普段、あまり活字と触れ合わないユリーカは、活字ばかりの本を見ていると、外国語で書かれているような、自分には読めないもののような錯覚に陥る。
読み聞かせもしてもらえないこともあり、早々に読めないものとなってしまったのだ。
拗ねたようにうつむくユリーカに、シンジが淡く微笑んだ。
「読んでやろうか?」
「えっ?」
「読み聞かせは多少は覚えがある。上手くはないが、」
「いいの!?」
「ああ」
「やったぁ!」
読み聞かせの覚えがあるのは本当だ。
兄の育て屋を手伝う中での経験である。
育て屋には幼いポケモンも預けられてるし、大人しい気性のポケモンも預けられる。
そう言ったてあいのポケモンには、本の読み聞かせてやることも多々あった。
ユリーカが嬉しそうに笑い、シンジの隣に座る。
ユリーカに差し出された本を受け取れば、ユリーカが早く早く、とせかすようにシンジを見上げた。
受け取った本は童話だった。
魔女にとらわれた姫を王子がポケモンたちとともに救い出し、結ばれるというオーソドックスでメジャーな童話だ。
幼いころから割とシビアな一面を持っていたシンジはあまり童話は好まなかったが、そんなシンジでも知っているような有名なものだ。
これなら読めるだろう、とシンジはページをめくった。
「昔、昔、あるところに・・・」
済んだ声が、美しい文章を唄うように口ずさむ。
シンジはうまくない、と評価していたが、不必要に抑揚をつけずに一定の調子で読まれた方が、聞いている方も楽ですんなりと耳に入ってくる。
子守唄を聞いているようだ、とユリーカは思った。
「(どうしよう・・・。眠くなってきちゃった・・・)」
眠気にあらがうようにユリーカが目を瞬かせる。
シンジが読み聞かせをしてくれるなど、きっと滅多にないことでとても貴重なもののはずだ。
こんなところで眠るのはもったいない。
けれども、その声が戦慄のような言葉を紡ぐから、心地よい睡魔に襲われる。
このまま眠りにつけたら、いい夢を見られるだろう。
柔らかい光の中で大好きなシンジが自分のために本を読んでくれている。
暖かいシンジの体温に包まれて眠れたら、きっと自分は世界で一番幸せだとユリーカは胸を張って告げるだろう。
「(贅沢だなぁ・・・)」
穏やかな笑みを浮かべて、ユリーカは優しい夢の世界へと落ちて行った。
「そうして王子様とお姫様はポケモンたちと幸せに暮らしましたとさ。めでたし、めでたし」
最後まで読み終えて、シンジは自分の腕にもたれて眠るユリーカを見やった。
「惜しかったな。あと少しだったのに」
ユリーカはたった今眠りについたところだ。
もう少しが我慢できずに、ことりとシンジに寄りかかって眠ってしまった。
昼食を食べ終えて、暖かい陽気に包まれてしまったら、睡魔に負けてしまうのもうなずける。
しかし、いくら暖かいとはいえ、ユリーカは薄着だ。
上着をかけてやろうにも、シンジも脱いだらタンクトップ1枚だ。
サトシに脱ぐなと言われているし、何より動けばユリーカが起きてしまう。
「シンジ、」
「!」
どうしたものか、と首をひねっていると、不意に声をかけられる。
見れば、穏やかな笑みを浮かべたサトシがこちらに向かって歩いてきていた。
「ユリーカ、寝ちゃったのか?」
「ああ。お前と一緒で本はあまり得意ではないらしい」
「じっとしてるのが苦手なんだよ」
ユリーカが起きないように声をひそめて苦く笑った。
「それにしても布団で寝かせてやらなきゃ、風邪引いちゃうよな」
「ああ・・・。サトシ、ユリーカを運んでくれるか?荷物は私が持つ」
「ん、分かった」
ユリーカを起こさないように、そっとサトシがユリーカを抱き上げる。
シンジが荷物を抱え、ユリーカが眠るのと入れ替わりで起き出したデデンネを肩に乗せた。
ピカチュウは2人の足元にたって、2人を見上げていた。
「セレナ、シトロン。ユリーカ寝ちゃったから、先にポケモンセンターに行くな?」
「悪いが、本は返しておいてくれるか?」
「は、はい。分かりました・・・」
「き、気をつけてね」
「ん、」
本を熱中していたセレナとシトロンに声をかけ、サトシとシンジがゆっくりと歩き出す。
その背中を見送って、シトロンがぽつりと呟いた。
「・・・なんだか、親子みたいですね」
「・・・うん」
そこには、幸せそうな家族の絵が確かにあった。
いつか訪れるだろう、少し先の未来の図。