恋は戦争






夫婦にまかされて、サトシたちはポケモンのブラッシングをしていた。
サトシとシトロンはギャロップのブラッシングを。
セレナはラクライのブラッシングを。
ユリーカはパールルの殻磨きを。
シンジはエアームドの羽磨きを任されていた。
サトシとシトロン、シンジは動きに無駄がない。
トレーナーとしての経験が浅いセレナは、フォッコのブラッシング以外ほとんどしたことがない。
そのためラクライの毛並みがわからず四苦八苦している。
ユリーカもパールルのようなポケモンと触れ合うのは初めてで、慣れない殻磨きに苦戦を強いられていた。


「終わったぞ、エアームド」
「エアー!」


エアームドの翼を磨き終えると、綺麗になった羽に、エアームドが嬉しそうに鳴いた。


「エアー!」
「!」


エアームド器用に翼を曲げ、シンジの体を抱きしめて、一度すり寄ってからログハウスの屋根へと飛び、そこで日光浴を始めた。
それを見届けて、シンジは自身のエレキブルと遊ぶラプラスを見やった。
丁度、サトシたちもギャロップのブラッシングを終えたところなのだろう、サトシがシンジのそばにたった。
サトシのそばにはピカチュウはおらず、ピカチュウはデデンネと育て屋に預けられているピンプクと遊んでいた。


「そう言えば、シンジ。何でエレキブルを?」
「ああ。私が思うに、あのラプラスは・・・」


――――バシャン!
サトシの疑問に答えようとするシンジの言葉は、激しい水しぶきの音で遮られた。
そちらを見ると、そこではラプラスと『守る』を発動させたエレキブルがいた。
どうやら水鉄砲を放ったらしく、地面が濡れている。


「きゅうん!」
「レッキ!」


『守る』で攻撃を防ぐとラプラスがまた嬉しそうに水鉄砲を放った。
今度は攻撃をかわすと、ラプラスが楽しそうに前ひれをばたつかせた。


「ちょっ・・・!こ、こら!やめないか、ラプラス!」
「ラプラス!やめなさい!」


リョクとミドリが声を上げる。
けれどもラプラスは、まるでエレキブルと遊んでいるかのように冷凍ビームを放った。
そんな様子を呆然と見つめるサトシの横で、シンジは唇に指をかけた。


「どうやら、私の予想とは違っていたようだな・・・」


吐息のようなささやきをこぼし、シンジはゆっくりとラプラスの元に近寄った。


「きゅううん!」
「レッキ!」


ラプラスとエレキブルの攻防は続いている。
リョクとミドリが「やめなさい!」と声を上げるも、ラプラスは攻撃をやめない。


「こうなったら、戻りなさい、らぷら――――」



「ラプラス、水鉄砲!」


モンスターボールをかざすミドリの声を遮るように、鋭い指示が飛ぶ。
それを受けて、ラプラスは条件反射で水を放った。
エレキブルは驚きながらもそれを後ろに飛び退ることでかわした。

指示を出した声の方に振り向くと、そこにはシンジが立っていた。
ラプラスの後方にたたずむシンジは、不敵に笑っていた。
サトシ達も、ミドリもリョクも、エレキブルでさえも驚きに目を見開いていた。
ラプラスは不思議そうにシンジのそばまで泳ぎ、彼女の顔を覗き見た。


「やるぞ、ラプラス」
「!」


不敵な笑みと獰猛さをはらんだ声に、ラプラスは驚いたように目を瞬かせ、すぐに表情を引き締めた。
何を、とは言わずともすぐにわかった。
ラプラスは今だ戸惑っているエレキブルに向き直り、声高に鳴いた。
それだけで、一同はこれから何をするのかを理解した。


「来い、エレキブル」
「!ッキブル!」


戸惑っていたエレキブルが、シンジの一言で強い光をその目に宿す。
それにうなずいて、シンジが空に向かって手を伸ばした。
指先までピン、とはった腕を振り下ろせば、バトルは始まった。


「レッキ!」


――――瓦割り
正面からかけてきたエレキブルに、ラプラスがにらみを利かせる。
けれどもお互いにひるむことはない。


「ラプラス、水面に向かってのしかかりだ!」
「くぅん!」


ラプラスが、その巨体をものともせずに飛びあがる。
ザバン!と大きな音を立てて水が跳ねあがり、ラプラスの周りに膜が張った。
その水の勢いに押され、瓦割りが相殺される。
エレキブルが悔しげに顔をしかめた。


「ちょ、ちょっと、あなたたち!?」
「どうしていきなりバトルなんか・・・!?」


ミドリとリョクが慌てたような声を上げる。
けれど、サトシが手で彼らを制した。


「大丈夫です。あいつを信じて。きっとこのバトルにも、意味があるから」


自信に充ち溢れた、けれども優しい笑みに、2人が動きを止める。
サトシが笑みを深め、それからシンジを見つめた。

水のカーテンでラプラスの姿が見えず、動きあぐねていたエレキブルが、さっと顔色を変える。
パキリと水が音を立てたかと思うと、その水を突き破り、冷凍ビームがエレキブルを襲う。


「っ!?」


エレキブルが体を左に滑らせることでそれをかわす。
けれど右肩がうっすらと氷の膜がった。
攻撃をかわしきれなかったことに、エレキブルがまた顔をゆがめた。


「あれをよけた!?」
「凄い・・・!」
「攻撃が来るなんて全然わからなかったはずなのに・・・!」
「さすがエレキブルだぜ!」


セレナたちが驚きの声を上げる。
サトシは楽しげに称賛の声を上げた。


「レッキィィィィ!」


バチバチバチィッ!!!
エレキブルが自分に向かって雷を落とす。
雷を帯びたエレキブルは拳を合わせ、不敵に笑った。
肩の氷は衝撃ではじけ飛んだらしく、体に不自由はなくなった。


「自分に雷を落としちゃったよ!?」
「あんなのことして大丈夫なの!?」
「大丈夫だよ。あれはシンジがよく使う戦法なんだ」


エレキブルの特性は電気エンジン。
電気技をあびるとスピードが上がるのである。
シンジは電気エンジンでスピードを上げてバトルに臨むことが多かった。
そのためエレキブルもその戦法を使ったのだろう。
指示もなしにバトルに臨めるシンジのポケモンに、シトロンたちが目を見張った。


「ラプラス、冷凍ビーム!」
「くおおおおっ!」
「レッキ!」


ラプラスの攻撃に、エレキブルが足としっぽを使って跳躍した。
太陽を背にされ、ラプラスの目がくらんだ。


「ほう・・・」


カスミの使っていた戦法か。
シンジが嬉しそうに口角を持ち上げた。


「レキィィィィィィィ!!!」


――――バリバリバリィッ!!!
自分に浴びせた雷よりも凄まじいそれが、ラプラスのいる池に向かって放たれる。
本能的に危険なものだと察知したらしいラプラスが後退する。


「ラプラス、飛べ!」
「!くぉん!」


ひれを力いっぱい水面にたたきつけ、水中から逃れる。
その瞬間、水に雷が落ちた。
水面は落雷の衝撃で水がはじける。
そのしぶき1つ1つが電気を帯び、ラプラスが首をすくめた。


「水面に冷凍ビーム!」
「きゅううううううう!」


ラプラスが水面を凍らせる。
自分の真下を重点的に、池全体を凍りづけにした。
うまく氷の船の上に着地し、ラプラスがほっと息をついた。


「油断するな!」
「っ!」


シンジの鋭い声に、ラプラスが慌てて前を見る。
ラプラスの目前に、拳に雷を纏わせたエレキブルがいた。
――――雷パンチ


「くぅぅぅん!」


雷パンチを食らったラプラスが悲鳴を上げた。
エレキブルは反撃に備え、一旦距離を取った。
ラプラスは効果抜群の電気技を受け、苦しそうに顔をゆがませた。
けれども体力があったのか、防御力が高いのか、頭を振って、電気技に耐えて見せた。


「反撃するぞ」
「!きゅうん!」


シンジの言葉に、ラプラスが瞳を鋭くさせ、まっすぐにエレキブルを見つめた。
その瞳の強さに、エレキブルが再び拳に雷をまとわせる。
そして、まっすぐにラプラスに、向かって地を蹴った。


「ラプラス、氷の足場にのしかかりだ!」
「!くうっ!!」


ズズンッ・・・ビキビキビキッ!!!


「っ!!レキィィィッ!!!」


氷の足場へののしかかりに氷の膜の薄かったところが砕け、エレキブルに氷のつぶてがぶつかる。
エレキブルが一旦下がり、頭を振った。


「絶対零度!」
「くぅぅぅん!」
「!!!」


凍りつく地面に”絶対零度”が近づいてくることに気づいたエレキブルは、とっさに飛び上がることで攻撃を回避した。
着地と同時にエレキブルが駆けだした。
氷を使い、ラプラスの乗る氷の船へと向かう。
電気エンジンでスピードの上がったエレキブルに対応できず、ラプラスが呆然と自分に迫りくる雷パンチを見つめていた。


「そこまでだ!」


エレキブルのパンチが、ラプラスにぶつかる前に止まる。
エレキブルは拳を引き、氷を伝って陸に戻った。
陸に戻ったエレキブルに、シンジがねぎらうように肩を叩いた。


「最初の冷凍ビームをかわした反応は悪くなかった」
「!レッキ!」
「戻れ」
「レキ!」


嬉しそうに鳴くエレキブルをボールに戻し、シンジはボールをポケットにしまった。
それから池の真ん中で今だ呆然とするラプラスを見やった。


「満足したか?」
「!くぅん!」


ラプラスがシンジのそばまで泳ぎ、嬉しそうに笑った。


「シンジ」
「!」
「バトルお疲れ」
「ああ」


バトルが終了し、ねぎらいの言葉をかけ終わったところで、サトシがシンジに歩み寄った。
そのあとについてミドリたちもシンジに駆け寄った。


「どうしてバトルしたいってわかったんですか?」
「いや、私の予想とは少し違っていた」
「予想?」


駆け寄ってきたシトロンの疑問にシンジが首を振る。
その時にさらりと揺れた髪が気になったのか、髪を口に含もうとするラプラスをいさめて頬をなでる。
頬をなでながら、シンジは言った。


「ミドリさんたちは育て屋を開業してまだ間もない。仕事に慣れていないから自分のポケモンにかまってやれる時間もなかっただろう。それで赤ん坊のこいつは構って欲しくて気を引こうとしていたんじゃないかと思っていたんだ」


まぁ、結果は違ったがな、と言ってシンジは肩をすくめた。
ラプラスの頬をなでていた手を離すと、ラプラスがもっとなでて、と更にシンジに擦り寄った。


「なるほどね~」
「シンジすごい!」
「よくそんなことが分かりましたね」
「兄貴が育て屋を営んでいるんだ。開業して間もないころは、私が兄貴のポケモンたちをかまっていたからな」
「そりゃ、育て屋事情に詳しいわけだよ・・・」


シンジとセレナたちのやり取りに、夫婦が苦笑した。




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