恋は戦争






リビエールラインに沿うように流れる川のほとりに、育て屋はあった。
真新しいログハウスのかわいらしい育て屋だ。
順にシャワーを浴びたサトシとシンジは育て屋夫婦に借りた作業着に身を包んでいた。
鶯色のつなぎに黒の半そでTシャツ。そして同じく黒のブーツの作業着だ。
サトシとシンジは育て屋夫婦とは違い、手袋やバンダナはしていない。


「わぁ!シンジかわいー!」
「サトシも似合ってるよ!」
「サンキュー!」


普段とは違う服に身を包んだ2人にユリーカとセレナが歓声を上げる。
サトシは嬉しそうに笑ったが、シンジは半そでが着なれないのか、しきりに腕をさすっている。


「シンジの半そでってなかなか新鮮ですね」


シトロンの言葉に、そう言えばシンジの半そで姿は初めてみたなーと、その姿を凝視するが、腕をさらすのに耐えられないのか、腕を隠すのに必死で、その視線には気づかない。
ついには自分の腕を抱いた。


「確かに!シンジ、腕ほっそーい!あと白いねー!」


ユリーカがシンジにじゃれつく。
ぺたぺたとシンジの腕を触り、自分の腕と比べたり、手を握ったりしている。
そのことに複雑そうな表情を浮かべるも、決して振り払ったりしないのだから、シンジは幼い子に甘い。


「だよなぁ・・・。シンジはもうちょっとご飯食ったほうがいいぜ?」


シンジは少食だ。同年代の女の子と比べてもかなり少ない。
それに加えて太れない体質をしている。
サトシが心配そうにシンジの腕を握ると、親指と他4本の指が余裕を持ってくっついてしまう。
シンジ自身の手でも親指で他4本の指を触れてしまうのだから、相当細い。
サトシが心配してしまうのもうなずける。


「(だ、ダイエットしようかな・・・)」


セレナが腕を抱いて、シンジから目をそらした。

ちなみにこんな時サトシとともにシンジの新鮮な姿を見て笑顔を浮かべているはずのピカチュウはラプラスと庭の池で遊んでいる。




「あらー、2人とも似合うじゃない」


ガチャリとドアを開け、ミドリが部屋に入ってきた。


「サイズ、大丈夫?」
「はい、大丈夫です」
「俺もバッチリです!」
「よかったわ」


うんうんと嬉しそうにミドリがうなずく。


「2人の服は今洗濯してるからねー」
「ありがとうございます!」
「助かります」
「いいのよ」


朗らかな笑みを浮かべてミドリが目を細めた。
ふと、コツコツと足音が聞こえてきた。
足音がドアの前で止まったかと思うと「おーい、ミドリー」とリョクの声が聞こえた。


「はいはい、今開けますよー」


ぱたぱたと足音を立てて、ミドリがドアに駆け寄る。
ガチャリとドアを開けると、そこにはオレンジジュースの入ったコップをトレイに乗せたリョクが立っていた。


「ありがとう」
「どういたしまして」


仲睦まじい夫婦に、セレナとシンジが見とれた。
いつか自分もサトシとあんな風になれたら・・・。
ほわりと頬を染めた2人は、こっそりとサトシを盗み見た。

すると、サトシが視線を感じたのか、くるりと顔を横に向けた。


「何?」
「えっ?い、いや、何でもない・・・」
「?そうか?」


サトシが気付いたのはシンジの視線で、シンジが慌てて首を振る。
首をかしげながらサトシが前を向くと、シンジがほっと息をついた。
サトシの逆隣では、セレナが頬を膨らませていた。


「みんなにオレンジジュースを入れたんだけど、みんな飲めるかな?」
「はい!大丈夫です!」
「私、オレンジジュース大好き!」
「それはよかった。みんなテーブルについて」


リョクに促され、全員が椅子についた。
それぞれオレンジジュースを受け取り、各自で口をつけた。


「じゃあ、改めて自己紹介をしようか。僕はリョク。妻のミドリとこの育て屋を営んでいます」
「と言っても始めて間もないんだけどね」


慣れなくて大変だよ、と困ったように笑いながらも、2人は幸せそうだ。


「俺はサトシです!」
「私はシンジです」
「セレナです!」
「私ユリーカ!こっちはデデンネ!」
「シトロンです、初めまして」


自己紹介を終えたシンジは、つい、と窓に視線を走らせた。
その先には、ピカチュウと遊ぶラプラスがいる。


「それで、どうしてあのラプラスは脱走なんか?」


シンジが窓から視線を戻し、ミドリに尋ねた。
ミドリは眉を下げ、あちこちに視線をさまよわせた後、困ったようにシンジを見た。


「それが、わからないの」
「分からない?」


窓の外を見て悲しそうにラプラスを見つめるミドリに、サトシたちの視線も窓に向く。
ラプラスとピカチュウが楽しそうに遊んでいた。


「あの子、とてもやんちゃな子で、よく脱走するのよ。それに・・・あっ!」


ミドリが立ち上がる。
外でラプラスがピカチュウに水鉄砲を放ったのだ。


「もう、あの子は!!」


ミドリがドアを開け放ち、外へと飛び出す。
リョクがそれを追いかけるのを見て、サトシたちも外に飛び出した。


「こら、ラプラス!またいきなり攻撃して!ピカチュウに謝りなさい!」
「くぅん・・・」
「ぴーかっちゅ」
「ごめんなさい、ピカチュウ。この子、たまにいきなり攻撃するの。怪我をした子はいないんだけど・・・。先に言っておけばよかったわね」


ミドリがハンカチでピカチュウに顔をぬぐう。
ミドリの暗い表情に、ラプラスも顔を曇らせた。
そんなラプラスの頭をシンジがなでると、ラプラスは嬉しそうに笑った。


「このラプラス、まだ生まれて間もないですよね?」
「えっ?え、ええ。まだ生まれて一週間程度よ。よくわかったわね」
「はい。かなり小さいですし、まだ歯も生えていないようだったので」


ミドリとシンジが話している間も、ラプラスはシンジの手にじゃれついて遊んでいる。
袖を食まれ、離すように促すと、今度は手をかまれた。
歯が生えていないので痛くはない。
これから生えてくるのだろう。
好奇心が旺盛で、何にでも興味を示す遊びたい盛りの赤ん坊。


「(全て、つながるかもしれない・・・)」


けれどもぬぐえない違和感に首をかしげると、ラプラスも首をかしげた。
そんな様子を不思議そうに見ていたミドリが「あっ!」と焦ったような声を上げた。


「いっけない!そろそろブラッシングをしてあげなきゃ!」
「手伝いますよ」
「えっ?」


慌てたようなミドリの声にシンジが平たんな声をかける。
冷静な声にミドリがシンジを振り返った。


「服が渇いていないのですることもありませんし、私たちはトレーナーなので、ブラッシング程度なら手伝えると思いますよ」
「で、でも・・・いいの?」
「構いません」
「俺たちも手伝いますよ!」
「私も!」


シンジの言葉にサトシたちも賛同する。
ミドリとリョクが顔を見合わせ、苦笑した。


「じゃあ、お願いしようかな?」
「任せてください!」


サトシ達の笑みに、夫婦は微笑んだ。




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