恋は戦争






サトシ達はショウヨウシティにあるショウヨウジムに挑戦するために、リビエールラインを歩いていた。
その途中、サトシたちは地面が濡れ、何かを引きずったような跡があることに気付いた。


「何だ、これ?」


サトシが膝を曲げ、地面を見つめて首をかしげる。
隣のシトロンも首をかしげながら、眼鏡をかけなおしていた。
サトシの真正面にたったシンジが膝をつき、指で地面をなぞった。


「何かを引きずったような跡だな」
「何かって?」


シンジの隣に来たセレナが、不思議そうに眼を瞬かせた。
きょとんとした表情でシンジを見つめるセレナに、シンジがにやりと口角を上げた。


「お前は何だと思う?」
「え?何って・・・」


何を想像したのか、セレナが顔を青くする。
シトロンもあまり顔色は良くない。
けれどもサトシとユリーカは楽しそうに目を輝かせた。


「とりあえず後を追ってみよう!」
「おー!」
「ええ~!?行くの~!!?」


盛り上がるサトシ達に、セレナが不満の声を上げる。
けれども2人はすでに駆けだしていて、シンジもそれを追いかけている。
恐ろしい想像をしてしまった2人は顔を青くしながらも、けれども置いて行かれまいと駆けだした。



サトシ達はうっすらとへこんだ地面の溝を追いながら走る。
途中まで濡れていた地面は乾き、溝だけが続いている。




――――ずる・・・ずる・・・ざりっ・・・




何かを引きずるような音。
かなりの重さがあるのようで、音の感覚は短くはない。
音が大きくなるにつれ、セレナとシトロンの顔から血の気が引く。
音に惹かれて走ってきたサトシたちは、足を速めた。


「ん・・・?」
「あれは・・・」


音を頼りに走ると、そこには大きな青色のポケモンがいた。
つるりとした皮膚。甲羅を背負った大きな体。
水辺のないこんなところに入るはずのないポケモン、


「「ラプラス!?」」


――――ラプラス。
水タイプのポケモンで生息しているのは川や海などの水辺だ。
木々の生い茂るこんなところにいるはずがないのだ。
そのあまりに不釣り合いさに、サトシとシンジが驚きの声を上げた。


ラプラスはあたりをきょろきょろと見渡していた。
何かを探しているような動作だ。
何か目的のものを見つけたらしいラプラスは眼を輝かせて水鉄砲を放った。
その先には朱色のポケモン・ヤヤコマと桃色のポケモン・シュシュプがいた。
彼らは水鉄砲に驚き、空へと舞いあがる。
ラプラスがそれを追いかけようとするが、ラプラスの手脚は陸上を移動するようにはできていない。
追いつくことはできず、あきらめて他のポケモンを探しているようだった。


「何でこんなところに・・・」
「あれは何をしているのかしら?」
「ラプラスかわい~!」


サトシ達に追いついたセレナたちが、ラプラスを目の前に驚きと疑問の声を上げる。
そんな中で、シンジだけがラプラスに目を凝らしていた。


「・・・あいつ、体が渇いていないか?」
「えっ?」


シンジに言われ、サトシもラプラスに目を凝らす。
よく見れば、ラプラスのつるりとした体は、表面の水分を失い、乾いてひきつっているように見える。
ラプラスなど、主に水辺を生息地とするポケモンたちは、もちろん陸上でも生活できるが、まったく水に触れないで生きることはできない。
体をぬらさなければ、体力は失われる。


「トリトドン。水鉄砲で濡らしてやれ」
「トリトー!」


シンジがトリトドンを繰り出し、トリトドンがラプラスの頭上に水を降らせる。
ラプラスは急に水が降ってきたことに驚き、空を見上げるが、空は晴天。
雨が降るような天気ではない。
ラプラスはなぜ突然水が降ってきたのかと首をかしげていたが、体が濡れたことで元気を取り戻したのか、地面にたまった水の中で嬉しそうに跳ねた。


「うわわわっ!?」
「わぁっ!?」
「きゃあああっ!?」


跳ねた泥に驚いたシトロン、ユリーカ、セレナが慌てて距離を取る。
けれどもサトシとシンジは、泥がかかることよりも、ラプラスが気になったのか、跳ねる泥を気にせずラプラスに近寄った。
まだ新しい服を汚すのは忍びないが、気になるものは気になるのだ。


「ラプラス」
「くぅん?」


ラプラスが跳ねるのをやめ、声をかけたシンジを見やる。
けれども真後ろにいたため、首が回らなかったのか、ずるずると体を引きずり、体を回転させて、サトシとシンジを見やった。
跳ねた時に泥がかかったのだろう。ラプラスは顔まで泥だらけだった。


「見事に泥だらけだなぁ」
「だな。・・・トリトドン、汚れを落としてやれ」」
「トリトー!」


トリトドンが弱い水鉄砲を頭からかけてやると、ラプラスはきょとんと眼を瞬かせた。
それから水を浴びたのが嬉しかったのか、ラプラスが嬉しそうに笑った。


「きゅうん!」
「うぶっ」
「シンジ!?」
「ぴかっ!?」


お返し、とばかりにラプラスが水鉄砲を放つ。
シンジとトリトドンに向けられた水鉄砲はなかなかに勢いがあった。
突然の攻撃にも似たラプラスの好意に、驚異の回避率を誇るシンジも、この1メートルも離れていないような近距離での不意打ちはよけられなかった。
全身びしょぬれになってしまったシンジに、サトシとピカチュウがギョッとした。


「大丈夫か!?」
「ぴかぴー!」
「ああ・・・」


これだけ元気ならば大丈夫だな、とシンジは口の中だけでそう呟いて、ばさりと上着を脱いだ。
中に来ていたタンクトップまで濡れてしまっているが、上着は水を吸って重くなっている。
脱いだ方が楽だろう、というのはシンジの考えだ。

一方サトシは、上着を脱いだシンジに、顔に熱が集まるのを感じていた。
シンジの肌に伝う水が日に照らされて輝く。
水にぬれて肌に張り付く黒のタンクトップがシンジの細さと白さを際立させている。
そして上着で隠れているからわからなかったが、予想外に自分を主張する二つのふくらみに目が行き、サトシはそれに釘付けになった。
見てはいけないと思いつつも見てしまうのは男の性だろう。
首から伝った水が谷間に吸い込まれるようにして消えていくのを目撃してしまって、サトシは頭が沸騰したように熱くなるのを感じた。
頭が真っ白になるという感覚を、サトシはこの日初めて知った。

袖から手を抜こうしているシンジを見て、サトシが慌ててその手を抑え、襟元を少々強引に引き上げた。
胸の前できっちりと合わせを抑え、シンジの肌を隠す。
急に服をしめられたシンジは、きょとんと眼を瞬かせた。


「サトシ・・・?」
「ぬ、脱いじゃ駄目!」
「はぁ?」


顔をリンゴのように赤く染め上げ、必死の形相を浮かべるサトシに、シンジがけげんな表情を浮かべた。
何かおかしなことでもあったのだろうか、と自分の服装を見ても、多少泥で汚れている以外はいつもと変わらない。
訳がわからない、とシンジが眉を寄せた。


「と、とにかくだめ!」


再度言葉を募らせるサトシの必死さに、訳がわからないものの、ゆっくりとうなずく。
そのことにほっとしたのか、サトシがようやく手を離した。
・・・ジッパーをきっちり1番上まであげてから。


「シンジー、大丈夫?」
「!ああ、大丈夫だ」


少し離れた位置から、ユリーカが手を振る。
心配そうに見つめているところをみると、彼女らにはラプラスの行動が攻撃にも見えたのだろう。
心配させまいと返事を返すと、ユリーカは少しだけ表情を緩めた。


「しかし、何故こんなところにラプラスが・・・」
「それが不思議なんだよなー・・・」


サトシとシンジが首をかしげると、ラプラスも不思議そうに首をかしげた。
無邪気な行動をとるラプラスの首をなでてやると、ラプラスは気持ちよさげに目を細めた。
以前ラプラスを保護していたサトシと、兄の育て屋でいろいろなポケモンたちと接してきたシンジは、ポケモンがなでれば喜ぶ場所は、何となくではあるがわかっている。
首をなでられるのが嬉しいのか、ラプラスが嬉しそうに鳴いた。
そう言えば、ラプラスは頭をなでてやっても喜んだはずだ、とシンジが手を伸ばした。
2メートルをゆうに超えるラプラスの頭など、シンジたちでは届かないが、このラプラスはかなり小さい固体のようで、2人の身長でも頭に手が届く。
そっと手を伸ばすと、ラプラスが目を輝かせた。


「きゅう!」


かぷり、


「「!?」」


頭をなでようと伸ばされたシンジの手が、カプリとかまれる。
傷つける気はないようで、かぷかぷ甘噛みを繰り返されている。
それがくすぐったのか、微笑ましいのか、シンジが口元を緩ませた。


「・・・ん?」


かぷり、と手を咥えられて、シンジが不思議そうな声を上げた。


「(こいつ、もしかして・・・)」


「あー!シンジ、ずっるーい!ラプラスと仲良くなってるー!!」
「!」


ぷくり、とユリーカが頬を膨らませる。
ユリーカはポケモンが大好きで、いろんなポケモンと触れ合うことを目標としている。
漠然としたものだが、きちんと目標を立てて旅をしているユリーカに、シンジは好感を持っていた。
そんなユリーカの拗ねたような顔を見せられて、シンジが困ったような笑みを浮かべた。


「お前も触ってみるか?今は大人しいから大丈夫だろう」
「うん!」


嬉しそうにユリーカがシンジの方に駆け寄ろうとする。
けれど、走り出す前に、自分の背後から聞こえた声に、ユリーカは足を止めた。


「おーい、ラプラスー!」
「ラプラスー!」


声を振り返ると、そこには鶯色のつなぎを着た男女がいた。
年齢は20代半ばと言ったことろか。
ラプラスだけを見つめて、こちらに向かって駆けてきている。


「きゅうん!きゅうん!」
「「!!?」」


ラプラスがバタバタと前ひれをばたつかせる。
地面にたたきつけるように打ちつけられたひれが盛大に泥をはじく。
急にいやいやと首を振り、暴れ出したラプラスに、サトシとシンジが身構える。
けれども人を襲うようなそぶりも、まして攻撃に出るような様子も見せないラプラスに、2人が警戒を解く。
しかし駆け寄ってきた男女が「落ち着きなさい!」と叫ぶ様子を見て、シンジがトリトドンを見やった。
あれでは逆効果だ。
トリトドンが承知した、というようにうなずき、水鉄砲を放った。


「トリトー!」
「きゅうっ!?」


顔に水をかけられたラプラスが、驚いて水の飛んできた方を見やる。
そこにはトリトドンをボールに戻し、ラプラスを見上げるシンジがいた。


「落ち着け、ラプラス」


シンジは子供を寝かしつけるように、ポンポンとゆるぅくラプラスの首筋をなでる。
最初こそ目を白黒させていたラプラスも、一定のリズムが気持ちいいのか、うとうとと眼を細め始めた。

シンジの手腕に驚いていた男女が、はっと我に返り、ラプラスのすぐそばまで駆け寄ってくる。
男女を見たラプラスが、目尻を下げた。


「あなたたちは?」
「私はミドリ。こっとは主人のリョクよ」
「この近くで育て屋を営んでいるのだけれど、そのラプラスは僕たちのポケモンなんだ。育て屋から脱走して探していたところなんだよ」


シンジになでられて落ち着いたラプラスに、もう暴れることはないだろうと悟る。
2人のともに駆け寄ったシトロンが、男女に尋ねる。
ミドリと名乗った女性と、リョクという男性が眉を下げ、ラプラスを見やった。


「ラプラス、帰りましょう?」
「くぅん・・・」


寂しげな声を上げるラプラスに、ミドリたちだけでなく、ユリーカたちの眉も垂れる。
けれどもミドリはきゅっと表情を厳しくさせて、ラプラスにモンスターボールを向けた。


「戻りなさい、ラプラス」


ボールに戻ったラプラスを見つめながら、憂いを秘めた表情を浮かべるミドリ。
けれどもミドリはすぐに頭を振って、サトシ達を見やった。


「ラプラスがごめんなさい。泥だらけね」
「うちにおいで。すぐ近くだから」


泥を頭からかぶっている2人を見て、ミドリとリョクが苦笑した。
そんな2人を見て、自分たちの姿を見つめなおしたサトシとシンジは、この格好では旅はできないな、と2人について行くことを決めたのだった。




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