恋は戦争






翌日。ハクダンジムのフィールドに、サトシたちはいた。
サトシはフィールドに。シンジたちはギャラリーにいる。
昨日は夕食前に帰ってしまったパンジーだったが、今日も応援に来てくれたらしい。
シンジたちの隣には、パンジーの姿もあった。


「サトシ君に起爆剤が必要だと思ってたけど、まさかあなただったとはね」


パンジーが横目でセレナを見ながら言った。
セレナはきょとりとしていたが、覚えのあったシンジは憮然とした表情を浮かべている。
そんな2人の様子を見ながら、てっきりシンジちゃんだと思ってたわ、とパンジーが心の中でため息をついた。


「姉さんから聞いたわ。トレーニングを重ねたようね。楽しみにしてるわ」
「勝ってみせます!バッジは必ずゲットします!シンジと約束したんだ!」


サトシの宣言にシンジが目を見開く。
「(あ、やっぱりサトシ君の1番はシンジちゃんなのね)」とパンジーがほっこりとした気持ちになる。
少しだけではあるが、口元をほころばせたシンジに、パンジーが嬉しそうに笑った。
ただ、セレナが眉を寄せたことには、誰も気付かなかった。


「シャッターチャンスを狙うように勝利を狙う!行くのよ、アメタマ!」
「昨日のリベンジだ!頼むぞ、ピカチュウ!」
「それでは始め!」


サトシとピカチュウはビオラとアメタマの出方をうかがっている。
先に攻撃を仕掛けたのはビオラだった。


「アメタマ!ねばねばネット!」
「避けろ、ピカチュウ!」


特訓の成果が出たのか、動きに無駄がない。
10万ボルトに守る。シグナルビームにアイアンテール。
2匹は互角の戦いを見せている。


「こっちのペースに持ち込むのよ!冷凍ビームで氷のスタジオの準備!」
「させるか!押さえこめ!」


ピカチュウがアメタマに飛びかかり冷凍ビームを封じる。
また奇抜な作戦を、とシンジが肩をすくめた。
それと同時に、まさかこれが秘策ではないだろうな、と眉を寄せた。
技を発動させる前に技を無効化させるのはいい手だ。
しかしこの技の止め方は最良とは言えない。

自身の体に飛びついたピカチュウを、アメタマが振りほどこうと抵抗する。
その間も冷凍ビームを放ち続けた。
フィールドとは見当違いの周りの木々や照明を凍らせてしまうが、何とかピカチュウを振りほどき、氷のフィールドを完成させた。


「氷のスタジオの完成!滑りなさい、アメタマ!」
「たてるか、ピカチュウ!」


氷で滑ってたちあがれないピカチュウの周りを、アメタマが滑り、攻撃の機会をうかがう。
これでは昨日の二の舞だ。


「このスタジオは私たちのもの。自由にシャッターを切らせてもらうわ。アメタマ、シグナルビーム!」
「今だ、ピカチュウ!」


ピカチュウが氷にしっぽをつきたてる。
風起こしの特訓でヒントを得たのだろう。
これならば滑って転ぶことはない。
足場もしっかりとして、攻撃も行える。
本当の秘策はこちらの方だ。


「よーし、10万ボルトだ!」


シグナルビームと10万ボルトがぶつかり合い、爆発が起きる。
その爆発すらも突き破り、ピカチュウの10万ボルトがアメタマに炸裂した。
アメタマは10万ボルトを喰らい、目を回した。


「アメタマ戦闘不能!ピカチュウの勝ち!」
「やったぜ!」
「ぴーかっちゅ!」


勝利の宣言に、サトシが拳を握る。
ピカチュウも拳を突き上げた。

まさか、しっぽをつきたてて足場を安定させるとは、とシンジは感心した。
自分がサトシだったら、ピカチュウでどう戦っていただろうか。
やはり足場の氷を割るなりはしていただろうが、しっぽをつきたてるとは。
思いついても、はたしてそれを実行に移すだろうか。
シンジは首をかしげた。


「アメタマ、お疲れ様。休んでちょうだい」
「ピカチュウ、戻ってこい!」


ビオラがアメタマをボールに戻す。
ボールの中に入ったアメタマに優しい言葉をかける。
サトシもピカチュウを自分の元に戻した。


「あら、ピカチュウはこれでお役御免かしら?」
「昨日敗れたビビヨンと戦いたいんですよ、こいつも。ヤヤコマ、君に決めた!」
「そうこなくちゃ!頼むわよ、ビビヨン!」


今日こそは、と熱い闘志をみなぎらせるヤヤコマと、絶対に負けないと静かに闘志をたぎらせるビビヨン。
そんな2匹を、シンジは冷静に見つめていた。
ねばねばネットを心配する必要はない。風起こし対策も取っている。
しかしながら、いかんせんレベルの差が大きい。
それに加え、レベルの差を覆すだけの経験が、ヤヤコマにはない。


「(ヤヤコマがどれだけビビヨンにダメージを与えられるかにかかっているな・・・)」


ヤヤコマが鋼の翼で先制をかける。
しかし、ふわりと翅を瞬かせることでビビヨンにあっさりとかわされた。
ヤヤコマがさらに追撃するが、今度はサイコキネシスで地面にたたきつけられた。


「ヤヤコマ!気合だ!立ち上がれ!」


地面に落とされたヤヤコマが、サトシの声にこたえようと立ち上がる。
まだ飛べる。そう主張するように。


「よーし、鋼の翼だ!」
「ヤッコー!」


立ち上がるとは思っていなかったのか、驚くビビヨンに攻撃が当たる。
それを好機ととって、つつく攻撃を指示する。
しかし、それで終わらないのがジムリーダー。つつくを交わし、風起こしを放った。


「ヤヤコマ!風に乗れ、乗るんだ!」


ヤヤコマが吹き飛ばされかけるも、尾羽をコントロールし、状態を立て直す。


「ヤヤコマ!かまいたち!」
「ビビヨン、眠り粉!」


ヤヤコマがビビヨンにかまいたちとくらわせるも、そのお返しとばかりにヤヤコマは眠り粉を食らった。
眠りにつき、地面へと落ちていくヤヤコマに、とどめのソーラービームが決まった。


「ヤヤコマ戦闘不能!ビビヨンの勝ち!」


サトシは倒されてしまったヤヤコマをねぎらいつつボールに戻した。


「(あのビビヨン、眠り粉も使えたのか・・・)」


昨日、サトシとのバトルでもシンジとのバトルでも、一度も使っていなかった技だ。
やはり、ジムリーダーは一筋縄ではいかない。


「嘘、負けちゃったよ・・・」
「妹もそうやすやすとは勝たせてはくれないわね・・・」
「大丈夫よ!サトシを信じなきゃ!」


シトロンたちは不安そうな顔をしていたが、シンジに不安はなかった。
たとえ負けたとしても、サトシがそこであきらめるような人物でないことを、シンジは知っている。
何度だって、立ち向かうだろう。
自分の時のように。


「(むしろ、不安なのはこっちの方だ)」


シンジがセレナに視線を寄こす。
シトロンたちを励ましているセレナも、サトシの勝利を疑っていなかった。
シンジはすぐに目をそらした。


「ピカチュウ、ヤヤコマの分も頼むぞ」
「ぴかっ!」
「行くわよ、ビビヨン、風起こし!」
「耐えろ、ピカチュウ!足場を固めるんだ!」


しっぽをつきたて、足場を固めるも、地面と氷の違いだろう。
しっぽがうまく突き刺さらなかったのか、ピカチュウが風に吹き飛ばされる。
それに加え、アメタマ戦でのダメージが残っているピカチュウは、ビビヨンの起こした風に踏ん張れるだけの力が残っていないようだった。


「その状態では私のビビヨンには勝てない。残念だけど、バッジはまたお預けね」
「俺たちは諦めてません。いつだってそうでした。最後の最後まで全力で戦います!」
「やる気は認めるわ。でも、ここまでよ。もう一度風起こし!」
「ピカチュウ、アイアンテールだ!」


踏ん張れるだけの力が残っていないなら、より深くしっぽを突き刺せばいい。
その分力はいらなくなる。
より深くしっぽを突き刺し、ピカチュウが立ち上がった。


「なるほどね。だけど逆にフォーカスを合わせやすくなったわ!ビビヨン、ソーラービーム!」
「ピカチュウ、10万ボルト!」


技が相殺され、爆発が起きる。
凄まじい爆風が吹き荒れた。


「ビビヨン、眠り粉!」
「ピカチュウ!」


アイアンテールでしっぽを深く突き刺しすぎた結果、ピカチュウは眠り粉を浴びた。
眠るには至っていないが、今の状態ではまともに動けないだろう。
とどめをさすには絶好の機会だ。
ビオラの言う、シャッターチャンスが訪れた。


「サトシ、ピカチュウ、負けないで!」


不安そうなシトロンとユリーカに、眉を寄せるパンジー。
セレナは身を乗り出して声援を送っている。
しかしシンジは冷静だった。
サトシはこういう、もう後がないほどに追い詰められた時ほど、真の力を発揮する。
そしてポケモンたちもその熱い闘志に答え、最高の力を発揮するのだ。
シンジはサトシの勝利を信じていた。


「とどめのソーラービーム!」
「ピカチュウ、起きろ―!」


ピカチュウは眠りにつかないよう必死だった。
歯を食いしばって必死に耐えている。


「みんなとの特訓を思い出してぇ!」


セレナが叫んだ。
それにはっと目を見開いたサトシは、ピカチュウに指示を出した。


「ピカチュウ!自分に向かってエレキボール!」


今にも眠りについてしまいそうなピカチュウは、それでもサトシの期待にこたえようと電気をためる。
そして、自分に向かってエレキボールを落とし、眠気を吹き飛ばした。

それと同時に、ビビヨンのチャージも終わる。
ビビヨンから凄まじい威力のソーラービームが発射された。


「みんなの思いをお前の技に込めろ!エレキボール!」


ソーラービームとエレキボールがぶつかり、爆発が起こる。
技のせめぎ合いに打ち勝ったのはピカチュウのエレキボールだ。
ヤヤコマ戦でのダメージを残すビビヨンではよけられなかった。
凍った電球にぶつかったことにより、ダメージはさらに大きいものとなる。
その上、翅に氷がはりつき、重くなった翅では自分の体を支えるのがやっとで、技を回避することなんてできず、10万ボルトを食らった。
地面に墜落したビビヨンは眼を回した。


「ビビヨン戦闘不能!よって、勝者チャレンジャー・サトシ!」
「ぃやったー!」
「ぴかぴー!」


見事、ビオラに勝利を収めたサトシとピカチュウは、たがいに喜びあい、勝利をかみしめていた。
祝勝ムードに入る中、シンジの心中は穏やかではなかった。
理由は言わずもがな、セレナだ。
シンジはサトシの勝利を信じて疑わなかったし、彼の勝利を確信していた。
けれども、起爆剤となり勝利するきっかけを作ったのはセレナだった。
何も知らないというのも罪深いものであるが、知りすぎているというのも考え物である。
サトシに駆け寄るシトロンたちを見て、シンジも慌ててそのあとを追った。
























「サトシ!」
「やったね、サトシ!」
「ハッピー、ハッピー、ユリーカぁ!サトシおめでとう!」
「ありがとう。俺が勝てたのはみんなのおかげだよ」


そう言って笑うサトシに、シンジの胸がずきりと痛む。
自分はサトシの力になれなかった。
シトロンが自分は何の役にも立てなかったと言っているが、それはこちらのセリフだと、シンジの肩に重くのしかかる。
しかも役に立てなかったと嘆くシトロンも、サトシの勝利に大きく貢献していた。
敗北や失敗から学ぶことがあるように、サトシはシトロンの失敗からピカチュウに自分にエレキボールをぶつけさせるというヒントを得た。
その事実は、更にシンジを落ち込めせた。
サトシのそばに離れて今までのようにライバルとして立ちはだかり、ぶつかりあったほうがサトシの役に立てるのではないか。
シンオウを旅していたときのように。


「シンジ、」
「!サトシ・・・」


思考の海に溺れかけていたシンジを、サトシの声が救い上げた。


「シンジ、ありがとな」
「・・・私は何もしていないが、」


サトシがシンジの両手を包み込む。
ゆっくりと首を振って、まっすぐにシンジを見据えた。


「そんなことないよ。シンジがいてくれたから、俺もピカチュウもあきらめなかった。勝てよって言われて、絶対に負けられないなって強く思ったんだよ。やっぱりライバルがいると、シンジがいると、負けたくないって気持ちが全然違う」
「サトシ・・・」
「シンジはずっと1人で旅をしてきたから、誰かと一緒に旅をするのはいいこともあるけど、負担もきっと大きい。それでも俺と一緒に旅をすることを選んでくれて本当に嬉しかった。ありがとう、シンジ」


サトシの言葉に、シンジは救われた気がした。
一緒に旅をしてもいいと強く言われ、サトシの手を握られている自分の両手に力がこもる。


「・・・おめでとう、サトシ」


サトシの感謝の言葉に答えるように、シンジは一言ではあるけれど、惜しみない称賛と笑みを送った。


「・・・っ!!!」


シンジの笑みに、サトシが言葉を詰まらせた。
数は少ないけれど、今まで何度も見てきたシンジの微笑み。
ささやかではあるけれど、しっかりと笑みをかたどった、優しい表情。
それなのに、サトシにはどこか別人に見えて、のどが渇くのを感じた。
潤いを求めるように喉を鳴らすも、なおさらのどが渇いた気がした。
そして、なんだか無性にシンジを抱きしめたくなった。
花のような笑みを湛えるシンジに、そっと手を伸ばす。
けれども、その手がシンジに触れることはなかった。







――――パシャッ


カメラのシャッター音が唐突に響く。
それの驚いて、慌てて振り返ると、ビオラが満足そうな笑みを浮かべてカメラを構えていた。


「素敵な写真が撮れたわ。ありがとう、シンジちゃん」
「えっ?私を撮ったんですか?」
「素敵な笑顔だったわよ」


バトルに負けたことに悔しそうにしていたが、素敵な写真が撮れたことで、ビオラはほくほく顔で笑っていた。
写真を撮るのが好きなのだな、と改めて分かる笑顔だった。


「私もそう思う!シンジの笑顔初めてみたけど、すっごい可愛かった!シンジはもっと笑ったほうがいいよ!」


ユリーカがシンジにじゃれつく。
横から腰に抱きつかれ、少々よろけるも、しっかりと受け止める。
受け止めて、シンジが戸惑ったような表情を浮かべた。
シンジは意識して笑みを浮かべるタイプではないので、笑えと言われて笑うのは難しい。
曖昧にうなずくだけうなずいて、そっと背中をたたく。
それが嬉しかったのか、ユリーカがシンジに擦り寄った。


「(さ、先に抱きつかれた・・・)」


シンジを抱きしめたくてたまらなかったサトシが、呆然とユリーカを見つめる。
今すぐにでも引きはがして自分がシンジを抱きしめたい。
けれども、相手は幼い少女だと思い返して、サトシがゆるりと頭を振った。
そんなサトシには気付かずに、シンジを微笑ましげに見つめていたビオラが、サトシに向き直った。


「サトシ君、おめでとう。私とのジム戦に勝った証、バグバッジよ。受け取って」


ジムトレーナーの女性が、バグバッジを運んでくる。
邪念とか嫉妬とかを追い払い、サトシは笑顔でバッジを受け取った。


「ありがとうございます!バグバッジ、ゲットだぜ!」


サトシはバグバッジをケースに収めた。
こうしてサトシとシンジはカロス地方、第一のバッジをゲットしたのだった。




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