恋は戦争






ポケモンセンターに着いてサトシを探すと、サトシたちはカウンターの前にいた。
ピカチュウとヤヤコマの回復が終わったのか、サトシは肩にピカチュウとヤヤコマを乗せ、シトロンたちと談笑していた。
その中に、先程ジム戦を見学していたキャラメル色の髪の少女がいたことに、シンジが足を止めた。
一瞬シンジから洩れた不穏な空気に、ハクダンジムから一緒に来たパンジーがあちゃー、と額に手を当てた。
けれどもシンジはいつものポーカーフェイスで平静を装い、サトシに声をかけた。


「サトシ、」
「!!シンジ!」


ぱっとサトシがシンジに笑みを向ける。
嬉しそうに駆け寄ってくるサトシに、シンジも口元をほころばせた。
満面の笑みで近寄ってきたサトシがシンジの隣にパンジーが立っていることに気づくと、パンジーにも笑みを向けた。
シンジちゃん以外目に入ってなかったんだなぁ、とパンジーが苦笑した。


「ジム戦どうだった?」
「そう簡単に私が負けると思うか?」
「じゃあ勝ったんだな!」
「ああ」
「おめでとう、シンジ!」


サトシがまるで自分のことのようにシンジの勝利を喜ぶ。
両手を握り、満面の笑みを浮かべた。
ピカチュウとヤヤコマも、シンジの肩にうつり、嬉しそうに頬ずりしている。


「あのビオラさんに勝ったの!?すっごーい!」
「おめでそう!」
「ああ」


シトロンとユリーカも、嬉しそうにシンジのそばに駆け寄った。


「素晴らしいバトルだったわよ」


途中からでも録画しておけばよかったかな、とパンジーが荷物に手をかけた。
そんなパンジーの反応に、サトシたちが見たかったなーと眉を下げた。

そんな中で、1人だけ話題についていけない少女が、おろおろとしながらこちらを見ていた。
視線がぶつかり、少女が驚いたのか、肩をはねさせた。


「そう言えば・・・、そいつは?」
「ん?ああ、紹介するよ!セレナっていうんだ。俺が荷物を忘れてるのに気付いて持ってきてくれたんだ!」


シンジが少女のことを尋ねれば、サトシが快く紹介してくれた。
セレナと呼ばれた少女は嬉しそうに頬を染めた。
そうか、と言いつつも、シンジの声は固い。心から歓迎しているとは言い難い声音に、サトシがあれ?と首をかしげた。


「私はシンジだ。サトシたちと旅をしている」
「よろしくね!あ、ちなみにこの子はフォッコ!」
「フォッコか・・・」


カウンターの上に乗った黄色い毛並みのポケモンを喜々として紹介する。
図鑑を向ければ、シトロンが「フォッコは初心者用ポケモンの一体なんですよ、」と説明に補足を加えた。


「最近旅立ったばかりなの」


セレナの言葉に、やはり新人トレーナーか、と納得がいった。
汚れ一つない衣服に傷一つない肌。
シンジも服に汚れはないが、手足は長年の旅でついた傷が残っている。
イッシュで傷ついた額の傷は、ようやく癒えたばかりだ。
とてもきれいとは言えないが、旅をしていれば誰だってなるものだ。
1人旅をしていてもこれなのだから、トラブルを抱えることの多いサトシと旅をすればもっと増えることになるだろう。
シンジの目がわずかに遠くなった。


「シンジ?」
「ああ、いや、何でもない・・・」


サトシに顔をのぞきこめれ、シンジがゆるりと首を振った。
それから、ゆっくりとセレナを見つめた。
アメジストを思わせる紫陽花色の瞳に見つめられ、セレナのターコイズブルーの瞳がふるりと揺れた。


「それにしても、サトシの荷物なら放っておいても私が持っていったんだがな」
「あ、き、気付かないで行っちゃったらどうしようって思って持ってきちゃったの・・・」
「そうか・・・」


あはは、とセレナがぎこちなく笑う。
その目はとてもじゃないが、笑っているようには見えない。

シンジは、荷物を持って言ったのはやはりこの女か、と眉を寄せた。
まさかサトシと関わりを持とうとしているのか?
どこかで知り合っているのだろうか。知り合いなら紹介した時にサトシが話してくれるはずだ。
新人だと自分でも言っていたのだから、旅先で出会うということもないだろう。
まさかサトシに一目惚れでもしたのだろうか。
サトシだからありえないと言えないのが恐ろしい。
シンジがサトシに見えないように拳を強く握りしめた。


「(サトシくんったら・・・)」


サトシのあまりの鈍さに、パンジーは頭痛を覚えた。
恋人が隣にいるのに他の女の子に興味を持っちゃだめでしょう。
そうは思うのだが、自分が口出ししてこじれるようなことになれば、責任はとれない。
彼らは今まで2人で自分たちの仲を取り持ってきたのだ。
他人が介入すればどうなることやら。
パンジーは小さくため息をついて、サトシの隣に立った。


「とりあえずピカチュウもヤヤコマも元気になったみたいね。じゃあ早速やるんでしょう?特訓!」
「もちろんですよ!手伝ってもらえますか?」
「ええ!」


サトシがパンジーの言葉に嬉しそうに笑う。
これでサトシの意識は特訓に向いたはずだ。
ちらりとシンジを見れば、シンジは驚いたようにパンジーを見上げていた。
そしてパンジーと目が合うと、拗ねたようにそっぽを向いた。
口元を引き結んで目をそらす仕草は子供らしくて愛らしい。
シンジは一歩引いた位置から周りを見ることができる。
それゆえに子供らしくないと思われることが多い。
けれどもそれゆえにたまに見せる幼い部分がひどく愛らしいのだ。
シンジちゃんは年上に可愛がられるタイプだろうなぁ、と姉のような気持ちでパンジーがシンジを見つめた。


「あの・・・」


シンジの手が、ゆるゆると持ち上がり、パンジーの服をつかむ。
きゅう、とゆるく服の裾を握って、シンジは小さく尋ねた。
予想外の行動に、パンジーが驚きに目を見開く。
シンジは眉を寄せ、パンジーを見上げた。


「私って、そんなにわかりやすいですか?」


シンジは感情の起伏が薄い。
見慣れたものでないと表情の変化などわからないだろう。
感情の機微を読み取るのに長けたジャーナリストのパンジーもようやく表情が読み取れるようになったばかりだ。
決してわかりやすい子供ではないけれど、周りが思っているよりも、ずっと素直な子であることは、パンジーにもわかった。


「慣れたらそうかもね。それよりも、早くフィールドに行きましょう?」
「・・・そうですね」


少し先で、サトシが大きく手を振り、シンジたちを待っていた。
あまり待たせると先に行ってしまうので、2人はサトシの元に駆けだした。
サトシの目に少しだけ嫉妬の炎がともっていたが、それに気付けたのは向けられた本人であるパンジーだけだった。







* * *







フィールドは誰もおらず、まるで貸し切り状態だった。
これは都合がいい、とサトシは早速フィールドに入って行った。
特訓の内容はこうだった。ピカチュウとヤヤコマに風船をくくりつけ、オンバーンの風起こしの中でバランスを取っていたというもの。
サトシはまず、風起こしを突破しなければ、ビオラには勝てないと判断したのだ。
他にも課題はまだまだあるものの、これが1番の課題だろう。


「(・・・ドンカラス、送り返さなければよかったな・・・)」


目の前でパンジーとともに特訓に励むサトシを見ながら、シンジがため息をついた。
オンバーンの風起こしは強力だ。ジムリーダーのポケモンと変わらない風力を誇っている。
最初は何とか耐えていたピカチュウとヤヤコマは、オンバーンの起こした風に吹き飛ばれされてしまった。


「ピカチュウ!ヤヤコマ!」


サトシが吹き飛ばされた2匹を地面にぶつかる前に抱きとめる。
相変わらずの無鉄砲さに、シンジは拳を握りしめた。


「大丈夫か?何度だって受け止めてやる。だから、安心してトレーニングしような!」
「ヤッコ!」
「ぴかぴか!」
「パンジーさん!もう一度お願いします!」
「手加減はしないわよ!オンバーン、風起こし!」


一度目よりは長く耐えられたものの、また吹き飛ばされる。
サトシが2匹を受け止めに走った。
2匹を受け止めてサトシの顔が悔しげに歪む。


「(アメタマの冷凍ビーム、ねばねばネット。他に課題はたくさんある。こんなんで勝てるのか・・・?)」


サトシが歯を食いしばる。
サトシらしくない不安げな表情にピカチュウたちの表情が曇る。
サトシは今、思考の海に溺れている。このままでは勝てない、と。


「(馬鹿か、お前は・・・!)」


自ら、自分の美点を潰しているサトシに向かって、シンジが足を踏みだした。
その時、セレナがサトシに向かってハンカチを差し出した。


「サトシ、よかったらこれ使って?」
「ああ、サンキュ」


サトシはセレナからハンカチを受け取る。
ピカチュウとヤヤコマが自分たちも拭いてもらおうとシンジたちのいるベンチに向かう。
セレナから受け取ったハンカチで顔を拭くサトシに、セレナが不安げな様子を見せた。


「あ、あのさ・・・、覚えてる?私のこと・・・」





























「・・・え?」


セレナの言葉に声を漏らしたのはシンジだった。
ピカチュウたちが自分の元に駆け寄ってきたのが見えたが、構っていられなかった。




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