恋は戦争






「一緒に行かなくてよかったの?」


遅れてフィールドに降りてきたパンジーが困ったような表情を浮かべてシンジと目線を合わせた。
膝を曲げて視線を合わせたパンジーの目を見て、それからフィールドへと紫陽花色の目を向けた。


「私は別に、あいつとは仲良しこよしの関係ではないので」


恋人としては応援してほしかったという気持ちは確かにある。
サトシに応援されたら、激励の言葉をもらえたら、どんな相手にでも勝ててしまうだろう。
サトシの言葉はシンジにとって、それだけの力を持っている。
だからサトシの声援がほしくないということはないのだ。

サトシの悔しそうな表情に、彼のそばにいたいという気持ちも確かにあった。
彼を支えてあげたいと思った。
けれども、ライバルとしてのシンジの心が、その思いを押しとどめたのだ。
サトシの勝てなかった相手と戦いたい。
彼の勝てなかった相手に、自分は勝ちたい。
その思いが、シンジの足をフィールドに縫い止めた。
この思いは一緒に旅をしようとも、恋人になろうとも。
時がたち結婚しようとも、変わることはないだろう。
そう、シンジは確信していた。

まっすぐにビオラを見つめるシンジに、彼らは恋人である前にライバルだった、とパンジーは天を仰いだ。
細い肩をすくめて、力なく笑った。


「2人はライバルだものね。ライバルに勝ちたいと思うのは当然よね」
「はい。だから、私は勝ちます」


シンジはフィールドへと足を踏み入れた。
歩みに迷いはなく、堂々としている。
声も自信に充ち溢れていた。

ビオラは確かに強いが、サトシの勝てない相手ではなかった。
ゲットしたばかりのヤヤコマならともかく、ピカチュウなら勝ててもおかしくはないレベルの相手だ。
敗因は何も知らなかったことだ。この地方のポケモンについて。この地方の戦い方について。

サトシは生まれ育ったマサラタウンのように、真っ白なのだ。
白は何色にも染まるけれど、決して自分の色は失わない。
そしていつしか自分の色として昇華してしまう。
時間がかかるけれど、吸収できるものは吸収して、自分のものにしてしまうのだ。サトシというトレーナーは。

しかしサトシ自身はそのことを自覚していないし、それが彼のスタイルであるから、周りも彼の自由にさせている。
そのおかげで旅先の事情に精通していないから、新人だと勘違いされたり、ピカチュウが体調を崩してしまったり、バトルの勝率が低かったりする。
下調べをしないで旅に出るというのは、思いのほかリスクを伴うのだ。

それは今回の旅に限り、シンジにも同じことが言える。
突然の旅立ちに、下調べをする時間がなかったのだ。
しかし彼女の連れているポケモンはゲットしたばかりのポケモンではなく、今まで彼女とともに旅をしてきた百戦錬磨のポケモンたちだ。
苦戦を強いるだろうが、シンジにとって、ビオラは勝てない相手ではない。

フィールドについたシンジが、まっすぐにビオラを見つめる。
勝利に飢えた、獣のような目だ。
鋭利な視線を向けられ、ビオラは背筋が粟立つのを感じた。
それは決して、恐れとか寒気とか、そう言ったものではない。
獰猛な武者ぶるいだ。


「連戦でもかまいませんか?」
「ええ、もちろんよ」


アメタマは倒れたが、ビビヨンはダメージを負っていない。
それに加え、ジムリーダーは連戦を想定してポケモンを何体も育てている。
シンジの挑戦は断られなかった。
そして何より、2人ともお互いの闘志に充てられ、今すぐにでも戦いたいと、その目が言っている。
声は落ち着いているが、双方とも、その手はボールにかかっている。


「フィールドはこのままでも?」
「かまいません」
「そう。それじゃあ、始めるわよ」


ビオラがジムトレーナーに視線を流すと、ジムトレーナーの女性は深くうなずいた。


「これより、チャレンジャー・シンジ対ジムリーダー・ビオラのハクダンジム、ジム戦を始めます!」


ルールは先ほどと同じ。
両者に異論はない。


「シャッターチャンスを狙うように勝利を狙う!行くわよ、アメモース!」
「ドダイトス、バトルスタンバイ!」


虫・飛行タイプのアメモースに対し、シンジが繰り出したのはドダイトスだった。
草・地面タイプのポケモンを出され、ビオラが怪訝な顔をする。
けれどもシンジは気にせずにドダイトスを見た。
ドダイトスは氷の地面を見て、だんだん!と足で踏みつけていた。
それからゆっくりとシンジを振り返り、静かに首を横に振った。
それを受けて、シンジは小さくうなずいた。


「こちらから行かせてもらっても?」
「ええ、どうぞ」
「なら、地震だ」
「ドッダァ!」


ドダイトスが地震を起こす。
そのことに、ビオラはいぶかしげに眉を寄せた。


「飛行タイプに地面タイプの技は効かないわよ」
「技のすべてが攻撃というわけではないでしょう?」
「はっ・・・!」


地震の振動で氷が割れる。
震源となったドダイトスの足元など、小石ほどの大きさに砕けていた。


「足場はしっかりしたか?」
「ドッダ」


うなずいたドダイトスにシンジもうなずいて返す。
氷の砕けたフィールドを見て、ビオラが悔しそうに顔をゆがめた。


「砕かれたなら、また凍らせればいいだけよ!アメモース!冷凍ビーム!」
「なら地面ごと砕けばいい。ハードプラント!」


アメモースが冷凍ビームを放つ。
徐々に地面が凍りつき始める。
けれど、そんな地面ごと砕いてしまえと、シンジがハードプラントを出すよう指示を出す。
茨は地面を粉砕し、アメモースへと向かっていく。
自分の十八番である氷のフィールドが無残な姿になったことに、ビオラが唇をかみしめた。


「っ!!かわすのよ!」
「逃がすな!リーフストーム!」
「銀色の風で撃ち落とすのよ!」


葉っぱの刃は銀の風にことごとく打ち落ちされる。
けれども葉の間を縫って攻撃をしようとするも、それも葉の刃が許さない。
見事な相打ちとなり、やがて攻撃がやんだ。


「今よ!シグナルビーム!」
「耐えろ、ドダイトス!」


効果抜群な虫タイプの技をよけるのではなく、耐えろというシンジに、ビオラが目を剥いた。
ドダイトスのスピードは、同じドダイトスというくくりの中でならトップクラスだが、他のポケモンと比べると、お世辞にも速いとは言えない。
その分、攻撃をかわせず、技を受けることも多い。
だからシンジは、徹底的に防御力を上げたのだ。
ドダイトスの防御力は今や鉄壁と言ってもいい。
その証拠に、シグナルビームなど意に介さずに耐えきって見せた。


「効果は抜群のはずなのに・・・!アメモース!冷凍ビーム!」
「ストーンエッジ!」
「アメモース!」


ビオラがアメモースに次なる指示を出す。
けれどもそれよりも早く、ドダイトスはストーンエッジを放った。
岩の下敷きになったアメモースは眼を回して倒れてしまった。


「アメモース戦闘不能!ドダイトスの勝ち!」
「ありがとう、アメモース・・・」
「戻れ、ドダイトス」


双方それぞれがボールにポケモンを戻す。
2人は次のポケモンのボールに手をかけ、同時にポケモンを放った。


「もう一度お願い、ビビヨン!」
「ユキメノコ、バトルスタンバイ!」


ビオラはサトシ戦でノーダメージだったビビヨンを。
シンジは氷・ゴーストタイプのユキメノコだ。


「今度は氷タイプか・・・。ビビヨン!ソーラービーム!」
「冷凍ビームで相殺しろ!」
「だったらサイコキネシス!」
「シャドーボール!」


すさまじい技の応酬。
技を打ち消し合い、ときには技の発動の邪魔をして攻撃を強制的に解除する。
まるでポケウッドの映画を見ているようだ。
観戦しているパンジーはサトシたちにこのバトルが見せられないのが口惜しくてならなかった。


「風起こしよ!」
「冷凍ビームで壁を作れ!」
「なっ・・・!?」


バトルは佳境へと突入した。
拮抗を保っていたバトルはビオラの方に傾き始めていた。
崩れるのは時間の問題だった。


「吹雪だ!」
「もう一度風起こし!」


猛烈な吹雪と強力な風起こしがぶつかる。
2つの技がお互いを打ち消し合い、爆風が生まれる。
嵐のようなそれが、2人の視界を覆い隠す。
けれども、シンジはそんな中でも負けじと叫んだ。


「今だ!冷凍ビーム!」
「メノオオオオオオオオオオ!!!」


嵐の向こうでビビヨンの悲鳴が聞こえた。
風がやみ、ビビヨンの姿を探すと、フィールドの中央に冷気をまとって悠然と立ち尽くすユキメノコと、その足元に目を回したビビヨンを見つけた。


「ビビヨン戦闘不能!ユキメノコの勝ち!よって勝者、チャレンジャー・シンジ!」


ジムトレーナーの宣言を耳にしながらも、ビオラはしばらく呆然としていた。
シンジの元に嬉しそうに戻っていくユキメノコを見て、ようやくビビヨンをボールに戻したのだ。


「お疲れ様・・・。よく頑張ったわね・・・」


ビオラはうっすらとほほ笑んで、そっとビビヨンのモンスターボールをなでた。


「負けたわ。おめでとう。私とのバトルに勝った証、バグバッジよ」
「ありがとうございます」


ジムトレーナーの女性に差し出されたジムバッジを受け取り、まだ真新しいバッジケースにカロスで初めてゲットしたバッジを収める。
澄ました顔であることには変わらないが、どことなく嬉しそうだ。


「でも不思議。サトシくんとあなたは一緒に旅をしてるんでしょ?それなのに2人のポケモンはすごいレベル差があるわ」


ビオラが首をかしげれば、シンジはそれはそうだろうというようにうなずいた。


「私とあいつがバトルスタイルが全然違うんです」
「バトルスタイル?」
「はい。あいつはその地方でゲットしたポケモンでバトルしますが、私は都度ポケモンを変えてバトルします」
「なるほどね」


ここがカロスで初めてのジム戦だというのだから、まだ全然ポケモンが育っていないということになる。
それに引き換え、シンジの方は今まで旅をしてきたポケモンでバトルしているのだから、それは強いわけだ。
あまりのギャップにビオラは苦笑した。


「私たちはこの地方に来たばかりです。あいつが本当に強くなるのはこれからですよ」
「・・・そう」


一瞬、紫陽花色の目が鋭く輝く。
それに気づいたビオラが驚いて目を見開き、すぐに細めた。


「(そう言えばサトシくんとシンジちゃんはライバルなんだっけ)」


対極に存在するようで、実はとてもよく似た2人に、ビオラが小さく笑みを漏らした。


「サトシくんに伝えて?再戦、楽しみにしてるって」
「はい」


もちろんです。
シンジが深くうなずいた。
シンジはまっすぐにビオラを見つめていた。
サトシの勝利を信じて疑わない強い瞳で。
その目の力強さに気付いたビオラも、その目に好戦的な色をにじませた。
私は負けない。ジムリーダーのプライドに懸けて。


「それでは失礼します」
「ちょっと待って、シンジちゃん!」


軽く会釈して踵を返そうとしたシンジに、パンジーが声をかける。
シンジがきょとりと目を瞬かせてパンジーを見た。
先程までとは全然違う、年相応な表情に、ビオラまでもが目を瞬かせた。
鮮烈なバトルを繰り広げていただけに忘れていたが、この少女はまだまだ子供だったな、とビオラは苦笑した。


「シンジちゃん。これからポケモンセンターに向かうのよね?」
「はい」
「私も一緒に行っていいかしら?」
「かまいませんが・・・」


どうして?と尋ねるようにシンジが首をかしげる。
それにふふっとパンジーが空気を震わせて笑った。


「特訓の手伝いをしようと思って」


パンジーがにっこりと笑った。

















(ちょっと姉さん?敵に塩送る気ー?)
(あらいいじゃない。強くなったサトシくんとバトルしたいでしょ?)
(まぁね)
((仲いいな、この姉妹))


(そう言えば、サトシの荷物がなくなっていたな・・・)
(シトロンたちが持って行ったのか・・・?)
(いつの間にかあの女もいなくなっている・・・)
(・・・・・)
(嫌な予感がするのは、気のせいだろうか)




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