恋は戦争
ハクダンジムのバトルフィールドは温室のような場所にあった。
天井はガラスでできており、日の光が暖かい。
掘り下げられて作られたフィールドの周りにはギャラリーがあり、たくさんの草木が植えられている。
ビオラとサトシは早速砂のフィールドに足を踏み入れた。
「これより、チャレンジャー・サトシ対ジムリーダー・ビオラのハクダンジム、ジム戦を始めます!」
モノムッチ風の服を着たジムトレーナーの女性が、センターライン上の審判の位置につく。
ルールは使用ポケモン2体。どちらかのポケモンがすべて戦闘不能になった時点でバトルは終了。ポケモンの交代はチャレンジャーのみ認められる。
オーソドックスなジム戦のルールだ。
「シャッターチャンスを狙うように勝利を狙う!行くわよ、アメタマ!」
「アッ」
ビオラのポケモンはアメタマだ。
砂の地面をすべるように移動している。
サトシとシンジが図鑑を取り出した。
「カロス地方、最初のジム戦。まずはお前からだ、ピカチュウ!」
図鑑をしまい、サトシがピカチュウに呼び掛ける。
ピカチュウは心得たとばかりにうなずき、さっそうとフィールドに飛び出した。
両者のポケモンが出そろったところで、審判から「始め!」と合図が下った。
先攻はサトシだ。
ピカチュウに電光石火を指示するも、アメタマの守るで防がれてしまう。
「回り込んでアイアンテール!」
「かわすのよ!」
サトシが連続で指示を出すも、地面を氷上のように滑るアメタマにかわされる。
動きを止めるためにエレキボールの指示を出すが、それも相殺された。
「・・・速いな」
「妹は手強い。簡単には勝てないわよ」
シンジの呟きに、パンジーが口角を上げる。
ちらりとパンジーを見上げるが、彼女の眼はフィールドに釘づけだった。
シンジもすぐにフィールドに視線を戻す。
自分だったらどう戦うか。頭の中はそればかりだった。
サトシのことをバトル馬鹿だと常々思っているシンジだが、彼女も人のことは言えない。
「ここからが本番よ!フィールドに冷凍ビーム!」
アメタマが冷凍ビームを放つ。
フィールドは瞬く間に氷に覆われ、サトシが悔しげに歯を食いしばった。
「(この人もフィールドを使ったバトルを得意とするのか・・・)」
砂のフィールドは氷のフィールドへと変貌した。
ピカチュウは氷の地上に慣れていないのか、滑って転んでしまう。
立ち上がってもたっているのがやっとだ。
彼がシンオウで育ったというのなら別だろうが、カントーは温帯に属する地方だ。
冬の、それも地面が凍ってしまう期間は、さほど長くない。
氷の地面には慣れていない。
ピカチュウはアイアンテールでアメタマに一撃を入れるも、慣れない足場でしっかりとした電気技が放てなかったのか、追撃にはなった10万ボルトは冷凍ビームに押し負け、ダメージを負った。
「今よ!フォーカス合わせてシグナルビーム!」
「ピカチュウ!!」
シグナルビームがピカチュウを襲う。
ピカチュウは氷の足場に加え、ダメージを負っていたということもあり、攻撃を避けられず、フィールドに沈んだ。
「ピカチュウ戦闘不能!アメタマの勝ち!」
審判の声にサトシがピカチュウに駆け寄る。
ピカチュウを抱き上げると、うっすらと目を開けた。
「ピカチュウ、大丈夫か!?しっかりしろ!」
「ぴかぴかちゅ・・・」
「よく頑張ったな、ありがとう・・・」
眼を細めてサトシがねぎらいの言葉をかけた。
シンジがフィールドを囲う壁の上に左手をつき、両足をそろえて腕に力を込めた。
地面を蹴り上げ、一息に壁を飛び越える。
軽い身のこなしにシトロンたちが驚いた。
スタッ、と軽い音を立てて着地したシンジは何事もなかったかのようにサトシの元へ向かう。
それに気づいたサトシがわずかに目を伏せた。
「サトシ、」
「頼む」
短い言葉を交わし、シンジがピカチュウを受け取る。
帽子のつばに手をかけ、サトシがビオラを見据える。
シンジの腕の中のピカチュウも、同じようにビオラを見つめていた。
「しっかりと育てられているようだけど、まだまだ私のアメタマには勝てないわね」
「勝ってみせますよ、こいつで。頼むぞ、ヤヤコマ!」
ヤヤコマは4番道路でサトシがゲットしたカロスのポケモンだ。
ヤヤコマは羽をはばたかせ、アメタマを鋭く見据えている。
ヤヤコマがフィールドに出たのを見届けて、シンジがピカチュウの背中を優しくなでた。
ピカチュウがシンジを見上げる。
シンジはうなずいて、ギャラリーに戻るために階段へと向かった。
――――タタタッ!
軽やかな足音が聞こえてきた。
シンジだけでなく、シトロンやパンジーたちがその音に気付く。
突然の訪問者にパンジーが目を瞬かせた。
「あなたは?」
「あ・・・ちょっと見学したいんですけど、いいですか?」
訪問者はシンジたちと変わらない年齢の少女だった。
キャラメル色のふんわりとした髪にターコイズブルーの瞳。
赤いスカートが印象的だ。
「大歓迎よ。どうぞ」
「バトル中なのでこちらで!」
「今いいとこなのー!」
「ありがとうございます!」
シトロンやユリーカにギャラリーに来るように促され、少女が笑顔でそちらに向かう。
少女に声をかけ、ユリーカはそのままフィールドを囲う壁から身を乗り出した。
「シンジも早く上がっておいでよー!」
「ああ」
ユリーカに手を振られ、シンジが階段を上る。
階段を登り切ると、ターコイズブルーの瞳と視線がぶつかった。
眼を見開き、ひどく驚いているようだった。
「(新人トレーナーか・・・?)」
何故自分を見て驚いているのかは定かではないが、自分には彼女の顔に見覚えはない。
よくよく見てみるが、やはり思い出せない。
観察して分かったことは、服も靴も、すべてが真新しいものだということだ。
新人トレーナーか、あるいは新しく旅立ったばかりのトレーナーか。
しかし、その手足に傷一つないことから新人だろうと推測した。
旅をしていたら自然とすり傷や切り傷が出来る。
しかし彼女にはそれがない。
随分きれいな手だな、とシンジは素直に思った。
「2人とも早くー!」
シンジを見て金縛りにあったように動かない少女。
そんな少女を観察するシンジ。
そんな2人にしびれを切らしたユリーカが大きく手を振った。
「今行く」とシンジがそちらに向かえば、少女は金縛りが解けたのか「あ、ごめん!」と申し訳なさそうに言って、ユリーカの元に駆け寄った。
2人がギャラリーにつくころ、バトルが再開された。
「ヤヤコマ!つつく攻撃だ!」
「かわして!」
先に動いたのはサトシだった。
ヤヤコマのつつく攻撃がアメタマを襲う。
しかしアメタマは冷静に攻撃をかわす。
今度はアメタマの攻撃だ。
冷凍ビームを放つ。
しかしスピードはヤヤコマの方は上らしく、ヤヤコマも攻撃をかわした。
次に迫ってきたねばねばネットも影分身でかわす。
「ヤヤコマ!かまいたちだ!」
銀色に輝く羽根で風を仰ぐ。
その風は銀の刃をまとってアメタマに襲いかかった。
広範囲にわたって繰り広げられた攻撃をかわせず、アメタマは眼を回してしまった。
「アメタマ戦闘不能!ヤヤコマの勝ち!」
「よっしゃー!」
審判の高らかな宣言に、サトシが喜びの声を上げる。
ジムトレーナーの淡々とした言葉さえも、心なしか祝福しているように聞こえる。
シトロン、ユリーカ、見学に来た少女が3人で声をそろえて「「「やったー!」」」と叫んだ。
ユリーカは少女とハイタッチしていた。
シンジの口元もわずかに緩み、腕の中でピカチュウも嬉しそうに笑っていた。
「もう一体を倒して、ジムバッジ必ずゲットしてみせます!」
「そう簡単にバッジは渡さない。ジムリーダーのプライドに懸けて!頼むわよ、ビビヨン!」
――――初めてみるポケモンだ。
サトシとシンジが同時に図鑑を取り出した。
形としてはバタフリーやアゲハントに似ている。
ピンク色の翅の愛らしいポケモンだ。
翅からは鱗粉だろうか、粉が散り、光に反射して輝いている。
「ヤヤコマ!つつく攻撃だ!」
「ビビヨン!サイコキネシス!」
「なにっ・・・!?」
虫タイプに飛行タイプの技は効果抜群だが、当たらなければ意味がない。
サイコキネシスで振り回され、ヤヤコマは攻撃どころではない。
なすすべがない。
「折角氷のスタジオを作ったんだから、あなたも使って!」
ビオラの言葉にヤヤコマが地面にたたきつけられる。
多少のダメージはあるものの、まだ飛べる。
サトシのねぎらいの言葉にも、大きくうなずきヤヤコマは飛んだ。
しかし、サトシが指示を出す前に、ビオラが指示を出す。
命じられた攻撃は風起こしだ。
ヤヤコマが吹き飛ばされ、天井に張りつき残っていたねばねばネットにとらえられ、ヤヤコマは身動きが取れなくなる。
シトロンたちが悲鳴のような声を上げた。
「頑張れ、ヤヤコマ!抜け出すんだ!」
サトシの声にこたえようとヤヤコマがもがくが、そう簡単に抜け出せるような技ではない。
ねばねばネットはしっかりとヤヤコマの体を捕らえ、貼りついて離れない。
「最高のシャッターチャンスよ!ビビヨン!ソーラービーム!」
天井のガラスはこのためだったのか。
シンジは眉を寄せる。
ソーラービームは発射までに時間がかかる。
けれどエネルギー源の太陽光を大量に集めることができれば、それだけ発射までの時間は短くなる。
それを想定してのガラス張りの天井だろう。
ビビヨンのソーラービームはやはり、すぐに発射された。
すさまじい威力を誇るソーラービームをネットに捕らえられたヤヤコマは避けられなかった。
地面に墜落したヤヤコマは、目を回していた。
「ヤヤコマ戦闘不能!ビビヨンの勝ち!よって勝者、ジムリーダー・ビオラ!」
サトシに勝利したビオラは、ジムトレーナーの宣言を受けて、ビビヨンをボールに戻した。
ビオラはボールに向かって笑いかけた。
一方でサトシは、慌ててヤヤコマに駆け寄った。
シンジもシトロンたちとともにサトシに駆け寄る。
サトシにピカチュウを手渡すと、サトシはピカチュウとヤヤコマを割れ物のように優しく抱いた。
「すぐにダメージの回復をしないと。ポケモンセンターに急ぎましょう」
サトシは傷ついたピカチュウたちを見て、悔しげに顔を歪めた。
唇を噛み締めていた力を緩め、ゆっくりと顔をあげ、ビオラを見つめた。
「俺の負けです。でも、もっと強くなってきますから、もう一度挑戦させてください」
「楽しみにしてるわ。いつでもいらっしゃい」
優しげな笑みを浮かべたビオラに、サトシは強くうなずいた。
それからサトシはピカチュウたちを抱えなおし、シンジに向き直った。
眉を下げ、サトシは申し訳なさそうな表情をしていた。
「シンジ、応援できなくてごめんな・・・?」
「・・・いいから行け。すぐに終わらせて、そっちに向かう」
「・・・わかった」
サトシが目を伏せ、小さくうなずいた。
それからピカチュウたちをしっかりと抱え、シトロンたちを伴い、サトシはポケモンセンターに向かって走り出した。
それを見送り、シンジは彼らに背を向けた。
・・・ポケモンセンターへと向かおうとするサトシに、バトルの見学に来た少女が声をかけようとしていたことが気にかかったが、気にしないふりをした。
今度は、シンジの番だ。