2人のみこ
どれくらいの時間を過ごしただろうか。
反転世界と表の世界は時間の流れが異なる。
時計代わりに表の世界を映した湖を見れば、表の世界の空は、日が西に傾き始めていた。
祭りが本格的に始まるのは午後6時からだ。
その前にはアイリスたちと合流しなければならない。
「そろそろ帰らなきゃな~・・・」
「ああ、もうそんな時間なのか」
「楽しい時って時間がたつのが早いよな」
残念そうに、けれど嬉しそうに笑うサトシにシンジも笑みを浮かべる。
帰らなければ、という言葉に、神と呼ばれるポケモンたちが落胆の色を浮かべた。
『もう帰ってしまうのか・・・』
「キュウウウウウン・・・」
「ぐおおおおおおおおお・・・」
まだいいでしょ?というようにラティアスたちが体をすり寄せる。
サトシは困ったような表情を浮かべた。ピカチュウは苦笑している。
はぁ、とため息をついて、シンジがサトシからポケモンたちを引きはがした。
「私はここに残るんだ。サトシは帰してやれ。こいつは私と違って1人で旅をしているわけではないんだ。サトシの都合も考えろ」
「きゅるるるるる・・・」
「レビィ・・・」
シンジの言葉に、ギラティナたちがシンジに甘える。
サトシは彼女の言葉に目を見開いた。
「え?シンジはお祭りに参加しないのか?」
「私はお前の笛の音に呼ばれただけだ。祭りに参加するためにこちらに来たわけじゃない」
「そっかぁ・・・」
少し残念そうに、サトシが眉を下げた。
寂しそうな表情に、シンジがサトシの帽子をとって、くしゃりと髪を混ぜた。
「何をさみしそうな顔をしている。私たちは対だ。どこにいてもつながっている。離れたくても離れられないほどに固く結ばれているはずだ。何を寂しがる必要がある」
「シンジ・・・」
「辛くなったら、寂しくなったら、いつでも私を呼べばいい。受け入れられなくて辛いなら、私が受け入れてやる。否定されて苦しいなら、私が肯定してやる。何度でも、何度でもだ」
「・・・うん」
シンジの言葉に、サトシが深くうなずく。
嬉しそうな表情に、ピカチュウが笑みを浮かべた。
明るくなったサトシの表情を見て、シンジがにやりと口角を上げた。
「そうだ、サトシ。お前、次の旅の予定は決まったか?」
「え?まだ、だけど・・・」
「一ついいことを教えてやろう。カロス地方と言うところで、新しい進化の形が見つかったらしい」
「新しい進化?」
「そうだ。私は次はカロス地方を旅しようと思う。お前も来い。私はまた、お前のライバルとして競い合いながら旅をしたい」
「――――・・・っ!」
シンジの目がギラギラと輝く。
普段は静かな湖面のような瞳が、炎に照らされたようにゆらゆらと揺れていた。
その目を見て、サトシも炎を受けたように、獰猛な色をその目に宿した。
「行くっ!絶対、カロスに!」
「そう来なくてはな。・・・お前がイッシュの旅を終えるまで待っていてやる。お前とはここでお別れだ」
「ああ。次はカロスで会おうぜ!」
シンジが、サトシに帽子をかぶせた。
シンジの背後では、ギラティナが名残惜しそうにしながらも、表の世界への扉を開けている。
湖は滝のように中心に水が落ちている。
その向こうには、表の世界の光景が広がっていた。
サトシはゆっくりとそちらに向かう。
シンジの隣をすり抜けた時、トン、とシンジが肩を押した。
サトシは振り返らなかった。
シンジに押された肩に手を当て、そのぬくもりを感じながら、サトシはピカチュウとともに湖に飛び込んだ。
日が西に傾き、足元の影を伸ばす。
サトシが反転世界に行ってから、数時間が経過していた。
もうすぐ祭りが始まる。
祭りが始まる前には帰ってくると言っていたから、そろそろ帰ってくるはずだ。
「サトシたち遅いわね・・・」
「そうだね・・・」
「まァあの2人は神のみこだって言ってたし、大丈夫だよ」
心配そうな表情を浮かべるアイリスやベルたちにデントが笑みを向ける。
けれどもその笑みはひきつっていて、安心を与えるような効果はない。
そのため、彼女らの表情が明るくなる見込みはなかった。
「おーい!」
「ぴーかちゅーう!」
「「「!!!」」」
何かあったのではないか。
そう思って不安になりかけたその時、元気な姿でサトシがこちらに向かって駆けてきた。
「ただいま!」
「「「おかえり!!!」」」
声をそろえて言われたあいさつに、サトシが嬉しそうに笑う。
その笑みに、シューティーたちは安堵の表情を浮かべた。
「まったくもう!遅いじゃない!もうお祭り始まっちゃうでしょ!」
「ごめんごめん。みんなと遊ぶの久しぶりでさ」
「楽しかったかい?」
「おう!」
アイリスとデントの言葉に、サトシは満面の笑みを浮かべる。
肩に乗るピカチュウも楽しそうだ。
その光景を微笑ましげに見つめていたカベルネたちがあれ?と首をかしげた。
「そう言えばシンジは?」
「シンジは向こうに残ったよ。みんなまだ遊び足りないらしくてさ」
「そっか」
「あ、そうだ、アイリス。笛、もう吹けるようになってるはずだから」
「えっ?ホント?」
アイリスが手に持ったオカリナによく似た笛を口元に近づける。
一つ深呼吸して、深く息を吹きいれた。
~~~♪
美しい音色が、あたりに響いた。
「わぁ!音が鳴った!」
「これで演奏が出来るわ!」
「よかったな、アイリス!」
「うん!」
桃色の衣装を揺らして、アイリスが大きくうなずいた。
「あ、そうだ、アイリス。俺の演奏とどっちがうまいか、聞き比べするからそのつもりで、ってシンジたちが言ってたから」
「え!?ちょ、演奏前に変なプレッシャー書けないでよ!!!」
「さっ!祭りだ祭りーっ!」
「あ、ちょっ・・・!待ちなさいよ、サトシ!!」
楽しそうな笑い声を響かせて、子供たちが駆け抜ける。
サトシのすぐそばで、シンジが笑っているような気がした。
もしかしたら、この光景を見て、反転世界で笑っているのかもしれない。
より一層大きくなった笑い声は、この世界の裏側にまで届いた。