恋は戦争






早朝。サトシたちはミアレシティを歩いていた。
まだやわらかい朝の日差しを浴びて、町が美しく輝いている。
ゆったりと歩くサトシ、シンジ、シトロンの少し先を、幼いユリーカがピカチュウとともにかけていく。
それを3人で見守りながら後をついて行った。


「3人とも早く早くー!カロスリーグの挑戦登録こっちだよー!」
「わかってるよー、ユリーカ!」
「そんなに急がなくても、ポケモンセンターは逃げないよ」


大きく手を振るユリーカと、飛び跳ねるピカチュウ。
2人に返事を返し、3人は変わらずゆっくりと歩く。


「ありがとな、シトロン。今日、道案内してくれてさ」
「お安いご用ですよ。それよりも、僕は感動しているんです」
「感動?」


サトシが申し訳なさそうに、けれど嬉しそうにシトロンに声をかける。
シトロンは静かに首を振った。
そして紡がれた言葉に、サトシは首をかしげた。


「サトシがポケモンたちのために懸命になる姿になんだかこっちも勇気をもらったような、」
「そんな大袈裟だなぁ、もう」
「・・・まぁ、分からんでもないが、昨夜のようなことはもう勘弁してくれ」
「ご、ごめんって・・・」


シトロンの言葉にサトシが眉を下げる。
それにシンジが同意し、しかし昨夜の行いを引き合いに出す。
普段のシンジなら、一夜明ければそれはそれ、これはこれ、と昨日においてきたように、別のこととして考えてくれるのだが、また引き合いに出すということは、昨夜のサトシの行動は、よほどこたえたということだろう。
サトシが耐えきれずに目をそらした。


「ケロマツがサトシを選んだ気持ちがわかるような気がします」


微妙な空気を払しょくさせるような笑みを浮かべ、シトロンが言った。
それにつられるように、サトシも笑みを浮かべ、ケロマツのボールを見つめる。


「僕も頑張らなきゃ、」
「ジムリーダーをか?」
「えっ?」


シトロンが決意を新たにするような、確かな覚悟を持った目で呟く。
決して大きくはない声量だったが、隣にいたシンジにはしっかりと聞こえていた。


「な、なななっ・・・!何で知って・・・」
「ああ、やはりお前なのか」
「ええっ!?か、カマかけたってことですか!?」
「そうだが?」
「そうだが、って・・・」


急に立ち止まった2人に、ケロマツのボールをしまいながら、サトシが振り返る。
シトロンは何でもないと言ってはぐらかした。
そっか、と言って前を向いたサトシに、シトロンがほっと息をついた。


「どんな理由があるかは知らんが、厳しいだけのジムリーダーに、挑戦者は何も見いだすことはできない。それだけは覚えておけ」
「え・・・?あ、あの・・・?」
「行くぞ」
「え、あ、は、はい!」


一行は、ユリーカの案内のもと、ポケモンセンターに向かう。
ポケモンセンターまではそれほどかからなかった。
せいぜい20分程度だろう。
ポケモンセンターに入ると、ジョーイが「おはようございます」と笑顔で出迎えてくれた。


「おはようございます!俺たちカロスリーグの挑戦の登録に来ました!」
「わかりました。では、ポケモン図鑑をここにタッチしてください」
「はい!」


カウンターの前に設置されたタブレットに、順番に図鑑をかざす。
画面上にデータが入力され、カロスリーグの参加を承諾する旨の書かれた文字が現れ、登録が完了した。


「いよいよなわけですね!」
「ああ。目指すは優勝!それがポケモンマスターへの俺たちの第一歩だ!」
「それを阻むのが私だがな。次は私が勝たせてもらう」
「負けないぜ!」


2人はにらみ合うようにお互いを見つめる。
”ライバル”というものの存在を初めてみたのだろう。
シトロンとユリーカが2人の様子を物珍しげに見つめていた。
ジョーイは、微笑ましげに2人を見ていた。


「登録が完了したトレーナーさんにはバッジケースをお渡ししています」
「プリリーン!」


ジョーイの言葉に、ピンクの丸いフォルムの愛らしいポケモンが、バッジケースを持って現れた。


「プクリン!」
「カロス地方ではプクリンがジョーイさんの助手をしているのか・・・」


プクリンにケースを差し出され、2人がケースを受け取る。
黒く真新しいケースが2人の手の中で輝いている。


「手続きは以上です。最後まであきらめずに頑張ってください」
「「はい!」」


2人は力強くうなずいた。






























手続きを終えてシトロンたちがポケモンセンターの出口に向かう。
バッジケースをリュックにしまい、サトシが後を追おうとして、シンジが止めた。


「おい、仕事があるのを忘れるな」
「あ!忘れてた!」
「あとお前はポケモンセンターに着いたらオーキド博士に連絡を入れるよういわれていただろうが」
「そ、そうだった・・・」


シンジの言葉にサトシが苦笑する。
いつまでたっても付いてこない2人に、シトロンとユリーカが振り返る。


「ごめん、先に外出ててくれないか?」
「わかりました」
「外で待ってるねー!」


サトシの言葉にシトロンとユリーカがポケモンセンターのドアをくぐる。
それを見送り、シンジがサトシに声をかけた。


「私がジョーイさんに説明しておく。お前はさっさと連絡を入れてこい」
「え?いいのか?」
「あまり2人を待たせるわけにもいかないだろう」
「そうだな。じゃあ、頼む」
「ああ」


サトシは電話ボックスへ。シンジはカウンターへ。
それぞれがやるべきことをやるために、向かう。


「ジョーイさん」
「はい。あら?さっきの・・・」
「シンジと言います。少しお願いがあるのですが・・・」


手に大きな紙を持ったシンジにジョーイは眼を瞬かせた。
「お願い?」と首をかしげると、シンジは深くうなずいた。


「はい。エニシダという人からバトルフェスタというイベントについて連絡をもらっていませんか?」
「ああ、今度ミアレで行うバトル大会のことね?聞いてるわ」
「私はそのイベントの関係者で、このポスターを貼ってもらえないか、お願いに来たんです」


そう言ってシンジはポスターを差し出した。
ジョーイはそのポスターを見て「きゃあ」と喜色の声を上げた。
頬を赤く染める様子は少女のようだ。


「凄いわ!劇団ソラとコラボするの?」


劇団ソラとは、カロスでもっとも有名な劇団だ。
団長のソラノという若い女性が一代にして築き上げた劇団である。
ポケモンと人間のコラボ。これが劇団のコンセプトだ。

舞台にポケモンが出てくるというのは珍しくない。むしろ人間だけで劇を行う方がまれだ。
しかしソラは一味違う。舞台でポケモンが積極的に技を使うのだ。
普通は舞台衣装やセットが壊れることを恐れ、舞台で技を使うということは少ない。
しかしソラはそれを恐れず、積極的にバトルシーンを取り入れ、みるものを楽しませている。
それがソラの人気の秘訣だ。
この劇団は幅広い年代に愛され、旅のトレーナーもこの劇団の舞台には足を運ぶものも少なくはないのだという。
このジョーイもファンなのだろう。ポスターに熱い視線を向けている。
それから、今気付いたというように、はた、とジョーイが首をかしげた。


「そう言えば私、バトルフロンティアってよく知らないんだけど、これは?」
「バトルフロンティアというのは、カントーやシンオウにある完全実力主義のバトル施設のことです。次はカロスに進出しようと考えているのですが、カロスではあまりなじみのない施設でしょう。そのため、劇団ソラと協力し、バトルフロンティアを布教するイベントを企画したんです」


ジョーイが興味深げにうなずく。
おそらく、劇団ソラが関わっているためだろう。
自分の憧れがイベントにかかわるというのだから、関心を引くのは当然だ。
つくづく算段高い人だ、とサングラスの奥の、柔らかい雰囲気からは想像もつかない鋭い目を思い出し、わずかに走った寒気にシンジが腕をさすった。


「イベントの内容はどんなものがあるの?」
「このチラシに書いてあるように、イベントは5日間あって、初日は開会式を行い、挑戦者を募ります。それからトーナメントにて挑戦者を選考し、フロンティアブレーンとバトルを行います。ですから、イベントの間はポケモンセンターの利用者が増えると思われます」
「分かったわ。他には?」


ポケモンセンターの利用者が増えると言うと、ジョーイが一瞬だけ目を細めた。
白衣の天使として知られるジョーイも、その手の玄人だ。
仕事となると鬼にだってなる。
けれどもそれが垣間見えたのは本当に一瞬だった。
観察眼に優れたシンジでなければ見逃していただろう。
それほど速く、ジョーイは天使のような笑みに表情を変えたのだ。
シンジも、それに気づいたことはおくびにも出さず、こくりとうなずいた。


「トレーナーでない人も楽しめるように、スタンプラリーやポケモンたちとの交流会があります。劇団ソラの公演は毎日行われる予定なので、ぜひ見に行ってください」
「ええ、もちろんよ」


劇団ソラのこととなると、このジョーイは少女のようになるな、とシンジは思った。
楽しみでしかたないというように笑う姿は、まるで幼い子供のようだ。
微笑ましさに緩みそうになる頬に力を入れ、いつものすまし顔を保つ。


「このポスターは1番目立つところに張らせてもらうわ。チラシも一緒に張った方がわかりやすいだろうから、もらっていいかしら?」
「はい、助かります」
「チラシ配りもお手伝いしましょうか?」
「お願いします」


チラシを渡し、ぺこりと頭を下げる。
さらりと髪が流れるのを見ながら、ジョーイが笑みをかたどる。


「リーグもお仕事も頑張ってね」
「ありがとうございます、ジョーイさん」


ジョーイに手を振られ、ためらいながらもシンジも小さく手を振る。
それに嬉しそうに笑みを浮かべるジョーイにいたたまれなくなり、すぐにその場を立ち去った。



少し離れたところで、サトシは待っていた。
ピカチュウとケロマツも一緒だ。
彼らと合流し、2人で外に向かう。


「どうだった?」
「宣伝の協力が得られた。チラシも配ってくれるらしい」
「よかった!」
「そっちは?」
「相変わらずだったよ」
「そうか」


他愛ない話をしながら、2人で外に出る。
外ではシトロンとユリーカがタウンマップを見ながら待っていた。
次の行き先の確認をしていたのだろう。
2人が外に出てきたことに気づくと、兄弟がそろって顔を上げた。


「サトシ、シンジ。最初に挑戦するジムはハクダンジムって言ってましたよね?」
「ああ。そろそろジムリーダー、帰ってきてると思うんだ」
「ジムがあるハクダンジムまではこの4番道路を行くのがベストなんですよ」
「4番道路かぁ。ピカチュウ、わくわくするな!ケロマツもよろしく頼むぜ!」


シトロンの言葉にサトシが楽しそうに笑う。ポケモンたちも同様だった。
シンジは自身のタウンマップを広げた。
黒のタウンマップがシンジの白さを際立たせている。
彼らの道案内はここで終わりだ。
ここからはサトシとシンジの2人旅が始まる。
タウンマップを持たないサトシに変わって、シンジが案内となる。
シトロンがぱたりとタウンマップを閉じた。


「それじゃあ行きましょうか」
「よーし、しゅっぱーつ!」
「「え?」」


タウンマップを片づけ、4番道路へ向かう道を歩き出す兄妹に、サトシとシンジが驚きの声を上げる。
眼を瞬かせる2人に、シトロンが笑いかけた。


「何してるんですか?行きますよ」
「え?でも、道案内はもう・・・」
「やだなぁ。サトシとシンジと私たちは仲間でしょ!一緒は当たり前!」
「言ったでしょ?サトシから勇気をもらったって。あなたたちと一緒にいたいと思ったんです。一緒に旅をすると、僕も強くなれる気がするんです!」
「だよね、お兄ちゃん!」


2人の言葉に呆然としていると、シトロンが困ったような表情で「駄目ですか?」と尋ねた。
サトシとシンジはお互いに顔を見合わせた。
サトシは2人の同行に肯定的なようで、シンジの顔色を窺う素振りを見せた。
2人旅をしようと自分から誘った手前、自分の意志だけでは決められないと考えているのだろう。
はぁ、と一つため息をついてシンジがサトシの額をはじいた。
所望デコピンである。
短い悲鳴をあげ、サトシが額を押さえた。


「私のことは気にするな。最初から期待などしていない」
「でも・・・。っていうか、期待してないって何だよ」
「1人旅をするはずだったのに、結局は仲間を引き連れて旅をしていただろうが。・・・それに、大勢で旅をするのも、そう悪いものではなかったしな」


そう言ったのはシンジはわずかに遠い目をした。
デコロラ諸島をアイリスたちと旅をして、1人旅では決して見れなかった景色が見れた。
一つのバトルをとっても、1人1人視点が異なり、目のつけどころが違っていた。
そう言った過程を経て、シンジは仲間と旅をすることの価値を知った。
ただ、その価値と言うのが単純に楽しいとか、そう言ったものではなく、バトル関連だというのがシンジらしいところである。
ふっと口元を緩めたシンジにシトロンとユリーカの目が輝いた。
サトシも笑みを浮かべた。


「そうだよな!みんなで旅をする方が楽しいもんな!シトロン、ユリーカ、よろしく頼むぜ!」
「はい!こちらこそ!」


サトシが差し出した手をシトロンが握る。
にっこりと笑って、握手を交わす2人にユリーカが2人に駆け寄る。


「あ、ずるい!ユリーカもユリーカも!」


ぴょんぴょんと飛び跳ねるユリーカに、サトシとシトロンがしゃがみ込む。
ユリーカが嬉しそうに2人の手に手を重ねた。


「色んなポケモンに会いに行こう!」


そのさらに上に、ピカチュウとケロマツが手を重ねる。
「ほら、シンジも、」と、サトシに手を取られ、自分の手の上に重ねた。


「よし!じゃあみんな、冒険に出発だ!」
「「おう!!」」


一斉に空に向かって手を上げる。
そこには笑顔があふれ、シンジもつられて笑みを浮かべる。


「(サトシは・・・こうやって仲間を増やしていくのか・・・)」


シンジが眩しさに目を細めた。
サトシの笑顔に、シンジは奇跡の一端を見た気がした。




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