恋は戦争
じゃんけんに勝ったのはサトシだった。
じゃんけんに負けたシンジは審判をすることになった。
「よろしくお願いします。行けっ!ホルビー!」
「ホッビ!」
シトロンがホルビーから出したのは耳の大きな灰色のポケモンだった。
名はホルビーというらしい。
「やっぱり初めてみるポケモンだ!ピカチュウ!思いっきり行くぞ!」
「ぴっかっちゅう!」
「2人とも頑張ってー!」
サトシがピカチュウとともに拳を握る。
ユリーカはシンジとともにフィールドのセンターライン上にたち、楽しそうに飛び跳ねていた。
「行くぞ。・・・始め!」
バトルはサトシの先制から始まった。
ピカチュウの得意な10万ボルトだ。
「ホルビー!耳で砂を巻き上げてください!」
耳を地面に突き刺し、砂を巻き上げ10満ボルトを相殺する。
予想外の相殺方法にサトシもピカチュウも目を見開く。
シンジも素直に驚いていた。
「どうです。タイプはノーマルですけど、このホルビーは電気技対策はバッチリなんですよ!」
「くっ・・・!こりゃ手強いぜ!」
次の攻撃はシトロンからだ。
穴を掘るで地面に潜る。
どこから出てくるかわからない相手にサトシは素早さでかく乱させるよう指示を出す。
しかしシトロンの合図とともにピカチュウが下から突き上げられ、更には耳でぶたれ叩きつけられた。
「(ほう・・・)」
あのピカチュウと互角の戦いをしている。
しかもつい最近捕まえたというホルビーで。
「(やはり、あいつ・・・)」
シンジの疑念が核心に変わる。
楽しそうにバトルをする2人を見て自分もバトルがしたいと悔しく思うが、シトロンとは嫌でもバトルをすることになる。
自分の予想が正しいのなら、彼は・・・。
「電光石火!」
ピカチュウがホルビーに向かっていく。
風を切るそのスピードはなかなか出せるものではない。
すさまじい早さでホルビーに突っ込んでいくピカチュウに向かって異物が飛んでくる。
ネットのようなものが襲いかかってきたのだ。
驚きはしたものの、ピカチュウが何とかそれをよける。
「大丈夫か、ピカチュウ!」
サトシが慌ててピカチュウに駆け寄った。
ピカチュウがジェスチャーで大丈夫だと示すと、サトシはほっとしたように口元を緩めた。
ピカチュウが何とかそれをよける。
それからキッと口元を引き結んだ。
「誰だ、こんなことをしたのは!」
「なんだかんだと聞かれたら」
「答えてあげるが世の情け」
サトシの声にこたえる声があった。
よく聞き慣れた男女の声。
喜々として口上を語るその声に、サトシの表情は険しくなった。
「ドダイトス、エナジーボール」
「「「わああああああああ!!?」」」
いつの間に出していたのだろう。
シンジが自身の相棒に攻撃を命じる。
堂々とポージングを決める3人組は突然の攻撃に、慌てて地に伏せた。
「ちょ、ちょっと!危ないじゃないの!」
「当たったらどうするんだよ!」
「いつものように吹っ飛ぶだけだろう?いい加減あきらめたらどうだ?このストーカーども」
シンジの厳しい言葉にシトロンが「え?す、ストーカー?」と引いたような声を上げた。
そのことに「ちっがぁうわよ!!!」とムサシが怒りの声を上げる。
「俺のピカチュウをずっと狙ってる悪者なんだよ!」
「失敗に終わっているがな」
「あんた喧嘩売ってんの!?」
怒りに燃えるサトシにどこまでも冷たいシンジ。
あまりの態度にムサシが拳を振り上げた。
「人のポケモンを奪うと聞いては黙ってられませんね」
「そうよ、あなたたち何様よ!」
「「「ロケット団様だ!!!」」」
困惑していたシトロンとユリーカが眉を寄せる。
ユリーカの尖った声に、ロケット団は堂々とした声を上げた。
「ピカチュウ!10万ボルト!」
「ドダイトス、ストーンエッジだ」
「よろしく、ソーナンス!」
ピカチュウが飛びあがり10万ボルトを放つ。
ドダイトスはシンジたちの前に立ち、ストーンエッジを放った。
しかしムサシの前に出たソーナンスがミラーコートで彼らの攻撃を跳ね返す。
「ちっ・・・!ドダイトス、ストーンエッジで相殺しろ!」
「ドッダ」
ドダイトスは技を相殺したものの、ピカチュウは空中だったこともあり、攻撃を食らった。
ただでさえピカチュウの電撃はすさまじい威力を持っている。
それが倍になって跳ね返り、ピカチュウが墜落してきた。
「ピカチュウ――――!!!」
サトシが落ちてくるピカチュウを追いかける。
ピカチュウの下に滑り込み、しっかりとその両手に抱きとめる。
両腕で抱きかかえられたピカチュウは大きなダメージを受けていた。
先程のバトルでのダメージもあるだろう。
すい、とシンジがサトシたちに目を向けた。
「行けるか」
「ぴっか!」
「おう!」
シンジの言葉にサトシとピカチュウが拳を作る。
それに驚いて、シトロンがシンジの前に回って手を広げた。
「ここはいったん引くべきでしょう!ミラーコートは倍のダメージになって撃ち返してくるんです!そのダメージをもろに受けて・・・」
「それがどうかしたか」
「え?」
シトロンは面食らった。
マメパトは豆鉄砲を食らったような顔だ。
きっぱりと言い切ったシンジにシトロンは眼を見開いている。
けれどもシンジはそれには目もくれず、サトシをゆっくりと振り返った。
サトシは強いまなざしで前を見据えていた。
「俺たちはいつだって立ち向かってきたんだ。そしてこれからも。ピカチュウが大丈夫だっていう限り、ピカチュウがあきらめない限り、俺はこいつと一緒に戦う!」
「ぴかちゅう!」
サトシの宣言に、シトロンが目を見張った。
衝撃を受けたような表情をしているシトロンを見とめ、シンジがロケット団に目を向けた。
「お前はどうするんだ?」
「―――・・・僕が援護します!サトシ!」
それが前を見据えるシンジへの答えだった。
「よし!ピカチュウ!エレキボール!」
「ホルビー!マッドショット!」
「ドダイトス、リーフストーム!」
「行け!ソーナンス!」
エレキボール、マッドショット、リーフストーム。
3体のポケモンが一斉に技を放つ。
ソーナンスがマッドショットを交わし、エレキボールとリーフストームを跳ね返す。
しかし2つの技を跳ね返すには限界があったのか、リーフストームを全てはじき返すことはできず、ダメージを負う。
跳ね返ってきたリーフストームをストーンエッジで相殺する。
ピカチュウも跳ね返ってきたエレキボールをはじき返そうとするが、空中でバランスがとれず、技が放てない。
「ピカチュウ!」
ピカチュウにエレキボールが迫る。
シンジが代わりにドダイトスに相殺させようとするが、その前に、ピカチュウとエレキボールの間に割って入る影があった。
その影は、ピカチュウを抱えて地面に着地した。
「ピカチュウ!大丈夫か!」
「ぴかぴぃーか!」
シトロンたちとともにサトシがピカチュウに駆け寄る。
そのそばには、ぼろぼろの水色のポケモンがいた。
「こいつは・・・?」
「ケロマツです!カロス地方の初心者用の一体で、水タイプだからエレキボールの反射技を浴びて・・・」
ケロマツががくりと膝を折る。
効果抜群の電気タイプの技を受け、ケロマツの体力は残りわずかとなっていた。
「大丈夫か、ケロマツ!こいつのトレーナーは?」
サトシたちが辺りを見回すも人の気配はない。
ケロマツはトレーナーを探すそぶりは見せず、1人でロケット団に向かって言った。
「ケーロケッロ!」
「悪い奴は許さないと言ってるにゃ・・・」
「ケロマツ!そのダメージで無理するな!」
ケロマツはサトシの制止の声には効く耳も持たず、首についた泡を放ち、ソーナンスに攻撃を仕掛ける。
ソーナンスがミラーコートではじき返そうとするが、泡は反射されない。
「反射、しない・・・」
「そうか。ケロマツのケロムースは技ではありませんから、ソーナンスの反射技では返せなかったんですよ!」
「やるじゃないか、ケロマツ!俺たちも行くぞ、ピカチュウ!」
「僕たちも行きますよ!」
「私も忘れないでよね!」
サトシたちがロケット団を見据える。
少し離れたところにいたユリーカも駆け寄ってくる。
シンジも言葉こそなかったが、サトシの肩に手を置いた。
「ホルビー!穴を掘る!」
攻撃を仕掛けたのはシトロンだ。
ホルビーがロケット団の足元を崩す。
それに続き、ピカチュウが10万ボルト、ケロマツが水の波導。
ドダイトスがリーフストームを放つ。
技はすべて、ロケット団に命中した。
「「「やな感じ―――!!!」」」
ロケット団は山を越え、空の彼方へと吹き飛ばされてしまった。
「ありがとう、みんな」
「よくやりましたね、ホルビー」
「戻れ、ドダイトス」
ポケモンたちをボールに戻す。
ケロマツがポケモンたちの無事を確認すると、くるりと背を向けた。
この場から去ろうとしているのか、ぴょんぴょんと跳ねていく。
フィールドを出て行こうとするその体が、ふらりと傾いた。
―――ドサッ、と力尽きたように、ケロマツが倒れた。
「ケロマツ!大丈夫か!?」
慌ててサトシは駆け寄る。
倒れて当然だ。効果抜群の電気技、それもレベルの高いピカチュウの技を食らったのだから。
サトシがケロマツを抱えた。
「この近くにポケモンセンターは?」
「ここからならポケモンセンターより、博士の研究所に連れて行った方が早いよ!」
シンジの問いかけに答えたのはユリーカだった。
その答えに、サトシが「研究所・・・?」とユリーカの言葉を反芻する。
「プラターヌ博士の研究所です。ケロマツのことなら確かに適任です」
「サトシ、シンジ、こっちだよ!」
ユリーカがサトシとシンジを先導する。
サトシとシンジがユリーカの後を追う。
シトロンは全員の荷物を抱え、それに従った。
「しっかりしろ、ケロマツ!早く回復させてやるからな・・・!」
意識を失いかけているケロマツにサトシが声をかける。
その様子を見て、シンジが「(やはりこいつはとんでもないトラブル吸引機だ・・・)」と妙な関心を覚えていた。
そして、自分の予感が当たっていたことに落胆した。
到着早々、ロケット団の襲撃に遭い。
それに巻き込まれたケロマツの手当てに奔走。
カロスの旅は、前途多難の第一歩から始まった。