恋は戦争






――――ブロロロロロ・・・キキッ、ガチャ


車のエンジン音が聞こえてくる。どうやら近くに止まったらしい。少ししてドアをバタンと閉める音が聞こえた。
そしてこの家のドアがノックされた。
母子とシンジ、パンジーで談笑していた家の中が静かになる。
それからハナコが「はーい」と一つ返事をして玄関へと駆けて行った。
それを見送って、残ったサトシとシンジ、パンジーは顔を見合わせた。
来客の予定はなかったはずだが、と首をかしげる。
すると、玄関からハナコの嬉しそうな声が響いた。


「さぁ、どうぞ、入ってください」
「お邪魔します」


聞き覚えのある声に、サトシたちが顔を見合わせる。


「今、お茶をお出ししますね?」
「いえ、お構いなく」


そう言ってリビングに入ってきたのはアロハシャツのふくよかな男――――エニシダだった。


「「エニシダさん!?」」
「やぁ、サトシくん、シンジちゃん」


2人が驚きの声を上げる。
思わず立ち上がった2人に、パンジーが「誰?」と尋ねた。


「バトルフロンティアというバトル施設のオーナー・エニシダさんです」
「よろしく」
「パンジーです、初めまして」


初対面のパンジーとエニシダがあいさつを交わす。
ハナコに促され、エニシダがソファに座った。


「エニシダさん、今日はどうしたんですか?」
「いやぁ、シンジちゃんがバトルフロンティアを制覇したっていうから勧誘にね」
「でも、どうしてここが?」
「レイジくんに聞いたんだよ。そしたらサトシくんと一緒にいるっていうもんだから、どうせなら2人まとめて勧誘しようかなって思ってさ」
「そうなんですか」


2人がソファに座りなおす。


「あ、あの、これって、私が聞いていてもいい話なんでしょうか?」
「構いませんよ」
「じゃあ、興味がわいたので、聞いていてもいいですか?」
「もちろん」
「ありがとうございます!」


ジャーナリストとしての血が騒いだらしいパンジーは、その場に残り、ハナコはキッチンへ入って行った。


「とりあえずシンジちゃん。バトルフロンティア制覇おめでとう」
「ありがとうございます」
「ジンダイが言ってたよ。トレーナーとして、また一つ成長したって」
「・・・私はまだ、答えを見つけていません」


何のためにポケモンとともに歩むのか。
かつてジンダイに問われた問いの答えを、シンジは見つけていない。
目を伏せるシンジに、エニシダが笑った。


「その答えを見つけた時、またバトルしたいって言ってたよ、ジンダイ」
「・・・!」


シンジが目を見開く。
けれど、すぐに笑みをこぼした。


「もちろんです、と、伝えてください」


エニシダが強くうなずいた。


「じゃあ、本題に入ろうか。単刀直入に言うと、君たちにフロンティアブレーンになってほしいんだ」


エニシダの言葉にサトシが眉を下げ、シンジが複雑そうな顔をした。
2人は旅が好きだ。けれどもフロンティアブレーンになれば、挑戦者が来る。
つまり旅など出ていられないのだ。
表情でそれを察したエニシダが、ゆるく笑った。


「分かっているよ。2人は旅をしたいんだろう?それについては心配いらないよ。船とか飛行機型の施設にすればいいし、何ならいっそ『歩くバトルフロンティア』ってことで固有の施設を持たなくてもいい。ジンダイのように最後のバトル施設に設定したって構わないよ」


まァ、その分他の仕事をしてもらうことになるけどね、とエニシダが朗らかに笑った。


「な、何でそこまで・・・?」
「ん?ああ、それはね、僕が君たちのバトルが好きで、君たちを贔屓しているからだよ」


驚愕に目を見開いたサトシたちが更に目を丸くする。
眼がこぼれてしまいそうだな、とエニシダが口元に笑みを浮かべた。
そんなことを言ってもいいのか?と次第にいぶかしげな表情になっていくシンジを見て、エニシダがたたみかけるように言った。


「僕も人間だからね、好き嫌いがあるんだよ。それにね、君たちのバトルはバトルフロンティナのフロンティアブレーンたちにいい影響を与えてくれた。君たちのバトルには見るものを引きつける何かがある。いい変化をもたらす力があるんだよ」


力強く宣言するように言ったエニシダの言葉に、パンジーもうなずいた。


「それ、分かります。私も2人とは短い間ですけど、一緒に旅をしたんです。2人のバトルってなんだか、こっちまでバトルしたくてたまらない気持にさせるんですよね」


バトルを挑むような目で、パンジーが言った。
そうだろう、とエニシダが大きく首を縦に振った。


「バトルフロンティアは確かに完全実力主義と言われる厳しい施設だ。でも厳しいだけでは何も得られない。ただたたきつぶすだけの施設を作りたくてバトルフロンティアを作ったわけじゃない。敗北を知って、それをばねに強くなってほしいと、そういう思いからバトルフロンティアを作ったんだ。フロンティアブレーンの彼らも、厳しいけれど、最後には何かを与えてくれるだろう?」


新しい戦術だったり、絆の大切さだったり。
フロンティアブレーンの彼らは自分に足りないものを教えてくれた。


「君たちはそれが出来るトレーナーだと思ってるんだ。だから君たちにフロンティアブレーンになってほしい」


サトシは相性だけでは勝てないということを教えてくれた。
ポケモンの強さは数値だけで決められるものではないと教えてくれた。
そして、ポケモンとのきずなの大切さも。

シンジはただぶつかるだけではだめなのだと。
相性を考えることの大切さや、時には立ち止まって、周りを冷静に見回すことの重要性を教えてくれた。

そして、ライバルとしてぶつかり合い、認め合うことの尊さをサトシ/シンジは教えてくれた。


「それに何より、強いトレーナーと戦いたいのなら、フロンティアブレーンになっておいて損はないと思うんだ。バトルフロンティアは完全実力主義。ある一定のレベルを超えていないと挑戦すらできない」


強者と戦えるというだけでも、なってみる価値はあるだろう?
そう言って、エニシダがサングラスの奥の瞳を鋭く輝かせた。


「エニシダさんも人が悪いなぁ・・・」


とどめの一撃とばかりに言われた言葉に、サトシが苦笑する。
シンジも形容しがたい表情でエニシダを見ていた。

強いトレーナーと戦いたいと思うのはトレーナーの性だろう。
特に、強くなることを願うトレーナーにとっては、この上なく魅力的なメリットだ。
それを分かっていて、エニシダは言ったのだ。
2人が複雑そうな表情を浮かべるのも無理はない。


「・・・あの、なるのは構わないんですけど、俺、やっぱり旅をしていたいんです」
「私も同じです」
「それでも構わないよ。さっきも言ったように、特別措置として、他の仕事をしてもらうことになるけどね」
「・・・なら、やります」
「本当かい?」


2人の了承にエニシダが嬉しそうに笑う。
けれども、どこか曇った表情を浮かべる2人にパンジーがおろおろと眉を下げる。
それを見て、エニシダが「そうそう」と明るい表情で声をかけた。


「仕事といっても、旅をしながらできる仕事だから、安心してくれてかまわないよ」
「あ、よかったです。俺たち、今日新しい地方に旅立とうと思っていたんです」


旅をするのに支障がないことが分かると、ぱっと明るい表情を浮かべる2人に、パンジーがほっと胸に手を当てた。
よかったよかったとエニシダがうなずき「どこに行くんだい?」と尋ねれば、パンジーが「私の故郷のカロス地方です」と笑った。
その答えにエニシダが口元をひきつらせた。


「どうしたんですか?」
「偶然って恐ろしいね・・・。丁度、カロスで仕事が合ってね。そうだ!初仕事として君たちに任せてもいいかい?」
「カロスで?どんな仕事なんですか?」
「実はね、カロスにもバトルフロンティアを進出させようと考えていてね。カロスでイベントを行うことになったんだ」
「イベント、ですか?」


2人はカロス地方を知らない。
パンジーの話で少なからずこちらには生息していないポケモンがいること、フェアリータイプという新たなタイプが発見されたことはわかっているが、それ以外はほとんど知らない。
いつもは下調べをするシンジも、昨日唐突にカロスに行くことが決まったため、それも行っていない。
だから、カロスでイベントと言われても、見当がつかないのだ。


「劇団ソラに協力してもらって、バトルフェスタを開くことになったんだ」
「劇団ソラ!?」
「知ってるんですか?」
「え、ええ。カロスで1番有名な劇団よ。よく協力してもらえましたね」
「まぁ、それなりに顔が広いので」


エニシダの言葉にパンジーが驚く。
エニシダが豪快に笑うのを見て、シンジは「(この人もカスミと同じ人種だよな・・・)」とげんなりと肩を落とす。
サトシはイベントに興味しんしんのようで、頬を上気させていた。


「エニシダさん!バトルフェスタってどんなイベントなんですか?」
「うん。挑戦者を募ってフロンティアブレーンとバトルしてもらって、その強さを実感してもらおうってイベントさ。誰が行くかは決めっていないんだけど、君たちに頼んでもいいかな?」
「もちろんです!」


サトシはバトルが出来るとわかると2つ返事で了承した。
ポケモン馬鹿に加え、バトル馬鹿である。
シンジも人のことは言えず、無言でうなずいてしまうのだけれど。


「本当かい?いやぁ、助かるね。会場になるミアレシティの関係各社には伝えてあるけど、まだ宣伝活動を行っていなくてね。カロスを旅しながら宣伝活動をしてもらえないかい?ポスターを張ってもらうとか、簡単なことでいいんだけど」
「それくらいなら全然いいですよ!」
「僕も宣伝に回ろうと思っているから、気負わずにやってくれていいからね」
「分かりました」


どうやら宣伝活動は本当に言っていないらしく、ポスターとチラシの束を渡される。
ポスターにはバトルフロンティアと劇団ソラの公演だと思われる写真が掲載されていた。


「あ、あの!宣伝活動なら私もお手伝いできますよ!」
「えっと、パンジーさん?」
「パンジーさんはポケモンルポライターなんです」
「なるほど。それはぜひお手伝いいただきたいです」
「はい!もちろんです!」


パンジーの言葉にエニシダが嬉しそうに笑う。
パンジーの荷物のそばに隠れていたエリキテルがそっとパンジーの肩に上った。


「バトルフェスタか~!楽しみだな、シンジ!」
「そうだな」
「楽しみにしてるとこ悪いんだけど・・・」


楽しそうに笑うサトシに笑みをこぼすシンジ。
そこに第三者の声が入り、驚いてそちらを見る。
するとハナコが申し訳なさそうにリビングに顔をのぞかせていた。


「そろそろ出発しないと飛行機の時間に間に合わないわよ~」
「「あっ」」


ハナコの言葉に2人が顔を見合わせ、ダッと荷物を取りに走った。
そんな2人に苦笑して、エニシダがハナコを見る。


「そういうことでしたら僕が送っていきますよ」
「あ、じゃあお願いしようかしら」
「一緒に行きます?」
「いいえ、私はここで見送ります」
「え?いいんですか?」


エニシダの申し出にハナコが頬を手に当てる。
けれども一緒に行くか、という言葉には首を振った。
そのことにパンジーが驚く。


「どこにいても、サトシとシンジちゃんを応援していることには変わりありませんもの」


そう言って、ハナコは美しく笑った。
















そして2人はハナコに見送られながらカロスへと旅立つのであった。


((行ってきます!))
(いってらっしゃい)


(頑張ってね、2人とも。私はここで応援しているから)




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