恋は戦争
翌日のことである。カロスに旅立つその当日のことだ。
朝食を食べ終え、新しい衣装にそでを通したサトシは今にも外に飛び出したい気持ちでいっぱいだった。
しかしカロス行きの飛行機が出るのは昼ごろ。
それまで待たなければならない。
けれどもサトシは今すぐにでも走りだしたい気分だった。
「少しは落ち着け」
「だって、新しい地方に行けるんだぜ?どんな冒険が待っているのかと思うと、何か光、わくわくが止まらなくてさ!」
「・・・気持ちは分からなくもないが、あまりうろちょろされても目障りだ。座ってろ」
「ちぇ~」
辛辣な物言いに、サトシが渋々ソファに身を沈める。
拗ねたように唇を尖らせるサトシに小さく笑みが漏れる。
「シンジちゃん、ちょっといいかしら?」
「はい」
自室にいたハナコがリビングに顔をのぞかせ、シンジを手招く。
パンジーもハナコの後ろから楽しげな雰囲気を隠さずに笑っている。
シンジは首をかしげながらも、それに従い、ハナコについてリビングを出て行った。
「何だろうな、ピカチュウ」
「ぴかぁ・・・」
「バリヤードは何か知ってるか?」
「バリバリィ」
窓を拭いていたバリヤードに声をかける。
バリヤードはわざとらしく首をかしげて笑った。
「何か知ってるんだろ。教えろよ、バリヤード!」
「バリ~!」
サトシがバリヤードにじゃれつく。
ピカチュウもバリヤードの肩に飛び乗り、サトシとともにじゃれついた。
「サトシくん、見て!シンジちゃん、すっごくかわいいわよ!」
「ほらほら、シンジちゃん。早く早く!」
「お、押さないでください・・・!」
パンジーとハナコがシンジの背中を押し、リビングへと押し入れる。
そうしてサトシの前にたったシンジを見て、サトシは眼を見開いた。
サトシとおそろいの上着。色は藍色で長袖。
袖口は今まできていた紫色の上着と同じように余裕のあるものになっている。
そしてズボンはと言えば、今のシンジは黒のショートパンツをはいていた。
日に晒されることのなかった足の白さが眩しい。
黒のニーハイを履いているため、なおさらその白さが際立つ。
靴は藍色を基調とした白と黒のハイカットスニーカーだ。
ショートパンツやニーハイなど履いたことがないのだろう、恥ずかしげに膝をする合わせ、視線はさまよい迷子になっている。
そんなシンジに、サトシは膝から崩れ落ちた。
膝をついたサトシにシンジがぎょっと目を見開くが、今のサトシにそれを気にしていられる余裕はない。
「ちょ、待って、ママ。これ、ちょ、まずい。まずいって、」
シンジは困惑しているが、似合っていないとか、そう言った意味ではない。
むしろ逆だ。可愛すぎるのだ。
ただでさえシンジは目立つ。
美しい紫陽花色の髪だとか、涼しげな眼もとだとか、堂々とした動作だとか。
そのどれもがこれでもかというほど、人の目を引くのに、こんな恰好をしていては、更に人目を集めてしまうではないか。
その中にはきっと、シンジに邪な目を向ける者もいるだろう。
そんなのは耐えられない。
ただでさえ着なれない服に恥じらうシンジなど、比喩でも何でもなく誰にも見せたくないほど愛らしいというのに!
そんなサトシの想いを余所に、ハナコがコロコロと笑う。
「そんなもの、全部あなたが蹴散らすのよ、サトシ」
「え?」
「シンジちゃんに害をなそうとする輩が現れたらサトシ、貴女がシンジちゃんを守るのよ。そして見せつけてやるの。この子は俺のものだって」
「・・・っ!そうだよな!何があっても俺がシンジを守ればいいんだよな!」
「そう!その意気よ、サトシ!」
「頑張って、サトシくん!」
もうやだ、この親子・・・!
シンジはしゃがみこみ、ピカチュウを抱きしめ、その背中で顔を隠して羞恥心と戦っていたのだった。