そんなのは建前で
「みんな、紹介するぜ!俺のライバルのシンジだ!」
「トバリシティのシンジだ」
芝生が広がる公園に放たれたおれたちの前に、サトシと見知らぬ人間のメスがいる。
昨日、サトシとバトルしていた人間だ。
サトシの仲間を連れてきてくれて、サトシを笑顔にしてくれた人間。
その人間はシンジと言うらしい。
サトシがライバルと呼んでいた。
ライバルと言うことは、シューティーという人間と同じくくりに入る人間なんだろう。
サトシを馬鹿にする、嫌な奴。
でもサトシはそのシンジという人間を、嬉しそうに紹介してくれた。
昨日の様子を見ても、シューティーとは違うということは分かっていた。
でも、同じようにライバルと呼んでいたから、やっぱり警戒してしまう。
シンジという人間を睨みつけていると、サトシがその人間をぎゅうっと抱きしめた。
驚いた。サトシがおれたちポケモン以外を抱きしめるなんて初めてだったから。
サトシはシンジという人間を抱きしめて、嬉しそうに笑った。
「シンジは俺の婚約者でもあるんだ!」
サトシがそう言って笑うと、シンジという人間は顔の色を赤色に変えて、ミジュマルたちが大きな声を上げた。
こんやくしゃって何?と、おれは首をかしげた。
こんやくしゃって何?とおれと同じ格闘タイプだと教えられたゴウカザルというポケモンに尋ねた。
ゴウカザルは難しいな、と言ってシンジを見た。
おれにはよくわからないけど、なんだかとっても暖かいなって思うような目を向けていた。
それからゴウカザルはおれを見て笑った。
『まぁでも、サトシの大切な人かな、』
大切な人。
おれにとってのサトシのことだ。
おれはサトシが大好きだ。
つまりはサトシはあの人が大好きなんだな。
おれがサトシとシンジを見ると、2人はリザードンに抱きしめられていた。
ピカチュウがそばで嬉しそうに笑っている。
サトシは楽しそうに笑っていた。
シンジという人間は驚いているみたいだけど、嫌ではないみたいだ。
サトシが笑っているのを見て、笑っている。
シンジの隣にいるサトシは、なんだか幸せそうに見える。
シンジも、幸せそうだ。
あの人なのかな、おれの「ママ」。
あの人だったらいいな。
サトシを笑顔にしてくれる人。
でも、あの人はサトシにとって大切な人だけど、ライバルと言っていたから、やっぱり違うのかな。
『あの人が「ママ」だったら、嬉しいなぁ・・・』
おれが小さな声で言うと、隣にいたゴウカザルは驚いたようにおれを見た。
聞こえていたんだ。
ゴウカザルの耳は大きいから、良く聞こえるのかな。
『ズルッグのママはサトシじゃないの?』
『ピカチュウが言ってたの。サトシは「パパ」って言うんだよって、』
だから「ママ」を探してるの。
そういうと、ゴウカザルは笑った。
やっぱりその笑顔は暖かい。
炎タイプだからかな。
『じゃあ、聞いてみよっか?』
『え?』
『分からなかったら、いろんなポケモンに聞いてみたらいいんだよ』
そっか。
おれの周りにはたくさんの仲間がいるんだから、聞いてみればいいのか。
一つ勉強した。
サトシにほめてもらおう。
『じゃあ、聞いてくるね』
『うん、行ってらっしゃい』
分からなかったら周りのポケモンたちに聞く。
でもやっぱり、本人に聞くのが一番だよね。
おれがサトシたちに駆け寄るとみんなきょとんとした顔をしていた。
でも何か用事があると察してくれたリザードンがゆっくりと2人を離して地面に座らせた。
「ズルッグ?」
サトシが不思議そうにおれに声をかけるけど、今はサトシじゃなくて、シンジに用がある。
でも後でほめてね。一つ勉強できたんだから。
シンジが地面に座り、膝をついたのを確認して、シンジの膝に飛びついた。
シンジは眼をまんまるにさせて驚いた。
眼がこぼれちゃいそう。
『「ママ」?』
そう尋ねると、シンジではなく、周りのみんなが驚いたような顔をしていた。
シンジはさっきまでのみんなみたいにきょとんとしてる。
「ママ」って呼んでも返事がないってことは、違うのかなぁ・・・。
「シンジ、」
「サトシ、」
サトシが、シンジに声をかける。
サトシは嬉しそうにおれの頭をなでた。
「抱っこしてあげて。まだ、生まれたばかりなんだ」
サトシがそういうと、シンジがおれを見つめた。
そうだ。抱っこして。
抱っこしてもらったら、そうしたら、分かるかもしれないから。
おれが一生懸命膝に上ろうとするけど、お腹の皮が邪魔でうまく登れない。
すると、ゆっくりと、おれの体が持ち上がった。
「ズルッグ、」
おれを呼んだのはシンジだった。
サトシにそっくりな声で、一瞬サトシに抱っこされたのかと思った。
声は全然違うのに、何でかよく似て聞こえた。
笑ってる顔も、全然違うのによく似ているように見えたし、おれをなでる手も優しい。
ここで眠りたいなって思えるような、居心地のいい腕が、これでもかというほどにサトシに似ていた。
何から何まで、サトシにそっくりだった。
サトシを「ママ」だと思っていたときに感じた、その感覚と一緒だった。
――――ああ、そっか。
『やっぱりこの人がおれの「ママ」なんだ』
自分でもびっくりするほどすとんと当てはまった答えだった。
ピカチュウに目を向ければ、ピカチュウは嬉しそうに笑った。
『ね?会えば分かるって言ったでしょ?』
正解だよ。
ピカチュウがシンジの隣にたって、おれの頭をなでた。
やっぱりピカチュウってすごいな。
ホントに会っただけでわかっちゃったんだから。
サトシが「パパ」で、シンジがおれの「ママ」だって。
サトシとシンジを見上げると、そこには「パパ」と「ママ」の笑顔を浮かべた2人がいた。
おれも嬉しくなっていっぱい笑った。
『おれ、シンジが「ママ」で嬉しいや』
シンジの隣にいるサトシは、どこまでも幸せそうに笑っていた。