そんなのは建前で






「ひっく・・・ぐすっ・・・。ひぅ・・・っ」


アイリスは泣いていた。
一度あふれた涙はとどまることを知らず、洪水のように流れだす。
キバゴは困ってようにアイリスの涙をただじっと見つめていた。
そんな様子を薄めで見ていたカイリューが、深く嘆息した。
寝たふりをやめ、ゆっくりと体を起こした。


『・・・おい』
「!か、カイリュー!まだ寝てなきゃだめよ!」
『俺はもう平気だ。そんなことより、そいつへの返事はどうした』
「・・・っ!」


起き上ったカイリューに駆け寄り、気遣わしげな声をかける。
カイリューはその手を払い、アイリスを睨みつけた。
カイリューにすごまれたアイリスは思わず口ごもった。


『アイリス・・・』


キバゴがアイリスを見上げる。
不安そうな声に、アイリスの肩が震えた。


「・・・ご、めんなさい・・・」


絞り出すような声で、そう呟いた。
そして、一筋の涙が流れたかと思うと、そこからせきを切ったように、涙があふれ出した。


「ごめんなさい・・・!ごめんなさい、キバゴ・・・!」


アイリスがキバゴを抱きしめる。
キバゴは肩に落ちる熱い水を感じながら、アイリスの肩にすがりついた。


「私、別にあなたたちのこと弱いなんて思ってないの・・・。ホントよ?でも、でもっ、私怖いの・・・!」
『怖い?』
「さっき、カスミが言ってたでしょ?竜の里の人のこと・・・」


言われて、キバゴはカスミの言っていた竜の里のトレーナーのことを思い出した。
ドラゴンタイプはこの世で最も至高の存在だと言っていたトレーナーのことを。


「竜の里では、あなたたちドラゴンタイプは神様なの。私たちの唯一絶対。そんな神様が負けちゃうのが怖かっただけ・・・。弱いなんて思ってない・・・。でも、それが、そのことが、あなたを追い詰めていたなんて思わなかった・・・。ごめんなさい・・・、ごめんなさい、キバゴ・・・!」
『アイリス・・・』


アイリスはしゃくりあげながらも何とか言葉を紡いだ。
嗚咽をかみ殺し、とめどなくあふれてくる涙をぬぐい、何とか止めようとするも、涙はなかなか止まらない。
キバゴが涙をぬぐうのを手伝うが、より一層増すばかりだ。
カイリューが低い声で『だったら、』と呟いた。


『だったら、なおさら俺たちをバトルに出せよ』
「!カイリュー・・・」


カイリューは唸るような声でつづけた。


『お前は俺たちのことを弱いとは思ってねぇんだろ?強いと思ってるんだろ?だったら出せよ。俺たちを信頼しろよ。俺はお前を信頼してやってもいいと思ったから、お前の指示に従ってたんだ』
「で、でも、さっきは・・・」
『今日のはあれだ。強い奴と戦えそうだったのにドリュウズに代えられそうになっていらついただけだ』


アイリスがカイリューの言葉に驚く。
戸惑いを隠せないでいると、カイリューはそっぽを向いてしまった。
その時の言葉がシンジの言っていた通りで、更に驚いた。


『お前に取っちゃ神でも、俺たちはただのポケモンだ。負けることもある。それに俺はまだまだ弱い。現に俺はさっきのトレーナーのポケモンに一撃もいれられなかった』


ソラしていた目をアイリスに合わせ、カイリューが悔しげにうめく。
アイリスはキバゴを抱きしめる力を強め、目をそらすまいと見つめ返した。


『でも俺は相手がどんなに強かろうが、氷タイプだろうが、なんだろうが逃げたくねぇ。俺は強くなりてぇんだよ。この世界には俺より格上の存在がたくさんいる。俺は強い奴と戦って、強くなって、その格上の存在になりてぇんだよ』
「カイリュー・・・」


カイリューの強い瞳に、アイリスが圧倒される。
けれど、すぐに我に返り、慌てたように言った。


「で、でもだからって、技をよけないのは危険よ!確かに迎え撃った方がいい時もあるけど、全部の技を受けようとするのは無謀よ!」
『俺はどんなことからも逃げたくねぇ。技をよけるなんて逃げるみたいな、そんなまねできるか』
「技をよけることは逃げていることにはならないわ!」


かたくなに技を真正面から受け止めようとするカイリューにアイリスがきっぱりと言い放つ。
言いきって、アイリスは焦った。
この言葉でこれ以上仲がこじれたらどうしよう。何とか取り繕わなければ。


――何故避けるのかを説明してやるなりすれば、カイリューも指示に従うようになるだろう


「(そうよ・・・。説明してあげればいいんだわ)」


シンジの言葉を思い出したアイリスは一つ深呼吸した。
何故避けるのかを説明しなければカイリューは変わらない。
変わるきっかけすら得られない。
呼吸を整えて、アイリスは強いまなざしでカイリューを見つめた。


「わ、技をよけることにも、ちゃんと意味があるのよ」
『意味?』
「そう。技をよけるのは技を出すための”間”を作るためにも必要だし、相手を観察するためのものでもあるの」
『・・・』


アイリスが語り始めると、カイリューは無言でアイリスの話に耳を傾けた。
そのことにほっと息を吐き、アイリスは続けた。


「技を受け止めようとすると、そっちに集中しちゃうでしょ?そのすきに相手は次の技を出す準備に入る。うまくカウンターが決まればいいけど、防ぎきれなかったらダメージを負うし、完全に後手に回るわ」
『・・・』
「それにあなたはダメージを負うほど技の威力が上がるような特性ではないし、その手の類の技は覚えていない。それならきちんと技をよけて、確実に技を決めた方がいいわ。あなたは技の威力が高いんだから、技をよけて、ノーダメージの状態で技を放つ方が勝利を手繰り寄せられる。勝つためには、時には避けることも必要なのよ」


真剣なアイリスの言葉を、カイリューは黙って聞き続けた。
カイリューが難しい表情をしていることに気づいて、アイリスは眉を下げた。


「ど、どうしても嫌なら技の威力を上げて相殺するっていう手もあるし、す、すぐにとは言わないから・・・技をよける必要性を、わかっていってほしいわ」
『・・・考えといてやるよ』
「!カイリュー・・・!」


ぷい、と顔をそらしながらの言葉に、アイリスが顔を上げた。


『よかったね、アイリス!』
「うん!」
『(僕もカイリューを目標に頑張らなきゃ、)』


折角アイリスに強いって言ってもらえたんだから!




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