そんなのは建前で






工事が終わり、綺麗に整ったフィールドにて、シンジは沈みゆく夕日を見ていた。
夕日の赤がフィールドの周りの木を紅葉のように染めていた。
シンジはそんな赤と同じくらいに赤く染まった頬に手を置き、ため息をついた。
頬はまだ熱く、戻れる気がしない。


「(ユキメノコに冷やしてもらうか・・・)」


ユキメノコを出そうとポケットに手を入れた時、こちらに向かって走る足音が聞こえた来た。
振り返るとそこにはサトシがいて、シンジは慌てた。


「シンジ!」
「うわっ!?」


ぎゅう、と力いっぱい抱きしめられ、さらに頬が熱くなる。
その赤身を見られなくて済むにはすむが、心中穏やかにはいられない。
そんなシンジの心情など気にも留めず、サトシはできるだけシンジの体を引き寄せた。


「シンジ・・・!」
「な、何だ」
「俺も会いたかった・・・!」
「・・・!」


シンジがはっと息をのむ。それからああ、カスミだな、と顔は異様に暑いのに努めて冷静な脳が答えをはじきだす。
余計なことを、と舌打ちしたくなると同時に、自分が言えないことを代わりに言ってくれたという感謝の念もわいてくる。
けれどもそれを素直に認めたくはないので、心の中で悪態をついた。
けれどもそんな悪態も、より一層強く抱きすくめられたことで、一瞬で空の彼方へ消し飛んでしまう。


「シンジ、俺、シンジがイッシュに来てくれて嬉しいよ。でも、それはシンジを不安にさせちゃったからここまで来たんだよな」


サトシがそっとシンジを離した。
そしてしっかりと目を合わせ、サトシがシンジの顔を見た。


「連絡とか、入れなくてごめん・・・。もっと早くから相談しておけばよかった。そしたら、心配かけずに、不安にさせずに済んだのに・・・」


そう言ってうつむくサトシの表情は悲しげで、それでいて悔しげにも見える。
シンジは嘆息して、サトシの頬をつねった。


「んむっ!?」
「心配するな、不安になるな、というのは、無理な相談だ」
「ふえ?」
「この言葉の意味、お前なら分かるんじゃないか?」


自分の言葉だものな?
頬をつねっていた指を話し、からかうような色を含んだ、ささやかな笑みを向ける。
サトシはしばらく目を瞬かせ、それから苦いものを食べ、その苦みを笑いでごまかしたような顔をした。


「シンジにはかなわないなぁ・・・」


そういって、サトシがもう一度シンジを抱きしめた。
先程とは違い、触れるだけの優しい抱擁だった。


「・・・寂しい思い、させてごめんな・・・?」
「・・・っ」


耳元でささやかれたことのほか優しい声音に、シンジは全身が熱くなったような気がした。
頭など沸騰しているのではないかというような熱さで、息をするのも苦しい。

ああ、もう、どうにでもなれ。

シンジがサトシの背中に腕を回すと、サトシは予期していなかったのか、わずかに肩が跳ねた。
焦ったような動揺がこちらにも伝わってくる。

サトシも自分と同じような苦しさに溺れてしまえばいいのに。

シンジが少しだけつま先に力を入れ、踵を地面から離す。
そうして、サトシの耳に口元を寄せた。


「・・・今頃気づくなんて、お前は本当に使えないな」
「・・・!シンジ・・・!!」


きっと今の自分は、目も当てられないほどに深紅に染まっているのだろうな、とシンジは他人事のように思いながら、抱きしめる力の増した抱擁を受け止めた。












































『エンダアアアアアアアアアアアアア!!!』
「イヤアアアアアアアアアアアアアアアア!!!」


どこからともなくすさまじい叫び声が聞こえてきた。
それと同時に激しい突風が吹き荒れ、2人はお互いの体にしがみつきながら、その風の激しさに目を閉じた。
風が弱まり、おそろおそる目をあけて、サトシとシンジは唖然とした。
なぜならそこには血涙を流した、この世の尾のとは思えない鬼の形相のアルセウスとホウオウがいたからだ。
正直とっても怖い。


「えっ!?な、何だ!?」
「また来たのかお前たち!!!」


驚きに慌てふためくサトシに、怒りを乗せた声で怒鳴るシンジ。
そんな2人に対し、伝説と呼ばれるポケモンたちはさめざめと涙を流している。
その涙はとてつもなく赤いが。
そんな2匹のほかに、新たな影が追加される。
空間のゆがみから出てきたのはルギアにミュウ。地面に落ちた影から現れたのはダークライだ。
この時点でシンジは突っ込むのも驚くのもやめた。
彼らに驚いたり突っ込んでいたらきりがない。喉が潰れる。


『すまん。ホウオウを止められなかった・・・』
『アルセウスを止められなくてすまない・・・』
「ミュミュウ、ミュー!」


ルギアが羽で器用にホウオウをはがいじめにする。
ミュウはサイコキネシスでアルセウスを捕獲し、空間のゆがみに引きずり込もうとしている。


「クオオオオオオオオオオオオ!!!」
『くっ・・・!放せ、ミュウよ!』


ホウオウがルギアから逃れようともがくが、あまりの体格差にびくともしない。
アルセウスも暴れるが、ミュウは涼しい顔でアルセウスを引きずっていく。
見た目が可愛いだけにすさまじい光景となっている。


『サトシに嫌われたくなかったら帰るぞ。それに2人の邪魔をしたら、また彼女の逆鱗に触れることになる』
『うぐぅ・・・』


一向に大人しくならない2匹にルギアが呆れたような声を上げた。
どうやら彼女ことハナコはアルセウスたちにトラウマを残したようで2匹の大きな体が委縮した。


「ミュウ!!!」
『ぅおう!?』


アルセウスがひるんだ一瞬を狙ってミュウが空間のゆがみにアルセウスを放り投げる。
腕をふるって背中から落とすように放り投げる様は背負い投げに似ていた。
奇妙な声をあげて、歪んだ空に吸い込めれていく。
アルセウスの体がすべて収まった瞬間、アルセウスの姿とともに歪みが消えた。


「キュ!?」


ミュウの容赦ない背負い投げに驚いたホウオウの気がそちらにそれる。
そのすきにルギアがホウオウを地面にたたきつけ、影の中で待ち構えていたダークライがホウオウを影の中へと引きずり込んだ。
2匹を片づけたルギアとミュウは額をぬぐうようなしぐさをして、満面の笑みを浮かべた。


「す、凄い連携・・・」
「お前たちなかなか容赦ないな」


大きな目をさらに見開いて呆然とするサトシ。
シンジは複雑そうな表情を浮かべていた。


『私たちはお前たちに嫌われまいと必死なのだ』
「ミュミュウ!」
「・・・?私も入っているのか?」
『サトシの愛する者を私たちが歓迎しないわけがないだろう?』
「・・・その割にはアルセウスたちは私を認めていないようだが?」
「え?そうなのか?」


2人の言葉にルギアとミュウが優しげな声を上げる。
するとシンジが首をかしげた。
それに答えると、シンジは眉を寄せ、そんなシンジを見て、サトシがルギア達を見上げた。


『あれはただの嫉妬だ』
「嫉妬?」
『あいつらは友人が取られて悔しいのだ。別にお前を嫌って認めていないわけではない』
「・・・そうか」


優しげな瞳で穏やかに告げるルギアに、シンジは複雑そうな表情を浮かべた。
それにさらにルギアが暖かい笑みを向けた。


『何、あいつらもすぐに認めよう。お前には我らが友を笑顔にする力がある。サトシを幸せにする力がある』
「ミュミュー!」


2匹の手放しの称賛に、シンジが目を見開いた。
シンジをほめられたことでぱっと表情の明るくなったサトシが満面の笑みで言った。


「そうなんだ!シンジにはすごい力があるんだぜ?一緒にいるとすっげぇ楽しくて、嬉しくて、世界が輝いて見えるんだ!!」
「・・・っ!!?!?」


キラキラと夕日を反射させてサトシの目が輝く。
シンジは言われた言葉の内容に驚き、目を丸くした。
そんな2人を見て、ルギアが笑う。


『そして、可愛らしくて仕方ないんだろう?』
「うん、そうなんだ。シンジって無表情でも人形みたいにきれいなのに、笑うとすっごく可愛くてさ、抱きしめたくなるんだ。あとは、むぐ」
「もういい!もういいから黙れ!そしてお前たちは帰れ!」


ルギアの言葉により一層目を輝かせたサトシが嬉しそうにうなずき言葉を続ける。
そして紡がれた言葉は歯の浮くような恥ずかしいものばかりで、シンジは思わずサトシの口を覆った。
言葉を止められたサトシは不満げにシンジの手を引きはがした。


「まだ言いたいことあったのに・・・。それに、せっかく来てくれたのに、帰れってことはないだろ」
「頼んだ覚えはないし、こんなところに伝説のポケモンが集合していたら騒ぎになるのは目に見えているだろうが」
「確かにそうだけど・・・」
『いや、シンジの言う通りだ。私たちのいるべきところはここではない。それに私たちがいては、お前たちの邪魔になる。そろそろお暇させていただこう』
「ミュミューウ!」


言い争っていた2人の会話を、ルギアが終わらせる。
ミュウがサトシとシンジの周りを一周し、ルギアの隣に並んだ。
彼らの背後には彼らがここに来た時と同じように、歪んだ空間が出現していた。


『ではまた会おう、サトシ、シンジ』
「ミュー!!」
「またなー!」


2匹が歪んだ空に姿を消した。
サトシはそんな2匹に向かって大きく手を振り、シンジも片手をあげ、2匹を見送った。


「じゃあ俺たちもそろそろポケモンセンターに戻ろうぜ?」
「ああ」


星空が見え始めた空が、赤と青のグラデーションを作っている。
サトシの言葉を皮切りに、2人はポケモンセンターに足を向けた。
2人そろって歩き出したが、すぐにシンジが立ち止まった。


「シンジ?」


振り返ってみたシンジは笑っていた。
笑ってはいたが、その笑みははかなく、どこか寂しげだ。
不安を掻き立てるような笑みに、サトシが繕ったような笑みを浮かべた。


「どうしたんだ?」
「サトシ・・・聞いてくれ」
「なんだよ、改まって」
「サトシ、明日、私たちは、」


尋ねたサトシの声は震えていた。
シンジの声もかすれていた。
それでもシンジは笑っていた。サトシも笑っていた。


「カントーに、帰るんだ」


サトシの顔から、笑みが消えた。




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