そんなのは建前で
サトシたちはポケモンセンターに戻る道を歩いていた。
サトシはケニヤンたちと談笑しながら前を歩き、カスミとシンジは1番後ろをついて行った。
誰も後ろを気にしていないことを確認して、カスミがシンジを横目で見やった。
「ねぇシンジ、聞いてもいい?」
「なんだ」
「どうしてサトシの成績をばらして構成させようと思わなかったの?サトシの本当の実力を知ってからの方が、やりやすかったんじゃない?」
一切こちらを見なかったシンジが、一瞬だけカスミに視線をよこす。
一体どんな表情で問うているのか、ただそれだけを確認しているようにも見えた。
ただ単純に、前を歩くカベルネに気づかれないように前を見ていただけかもしれないが。
ずっと息をつめていたかのような重い息を吐き出して、シンジは誰ともなくつぶやくように言った。
「あいつは自分を悪く言われることよりも、ポケモンに対する態度のせいで傷ついているように見えた。怒っていたのは仲間たちとともに築き上げてきたバトルスタイルや信念を否定されたからだろう。諦めてしまったのは、その繰り返しで、心が疲れてしまったからだ」
カスミは無言でシンジを見つめた。
シンジは楽しそうに笑うサトシの背中を見つめ、それからふっと笑ってカスミを見つめた。
「そして何より、あいつは自分の実力に満足していない」
サトシはもっともっとと貪欲に高みを目指している。
ポケモンたちの力を信じ、サトシは数々の勝利をつかみ取ってきた。
けれども決しておごらず、ポケモンたちを責めずに自らの敗北とし、さらなる高みを目指して突き進んでいく。
サトシはけえして満足していない。もっと上に行けると信じている。
それなのに満足していないそれを誉のように大々的に公開してもサトシは喜ばない。
だからこそサトシは強くなれる。
「・・・私はあいつのそういうところに惚れたんだろうな」
囁くような小さい声音は、隣にいたカスミの耳にはしっかりと届いた。
それを聞いて、カスミが肩をすくめて笑う。
「ちょっと、惚気は勘弁してよ」
「・・・少しはいいだろう?話せる奴なんて他にはいないんだ」
シンジが拗ねたように肩をすくめて顔をそむける。
それに穏やかな笑みを浮かべ、カスミがルリリをなでながら言った。
「あんた随分可愛くなったわね」
「はぁ?」
「恋する乙女が可愛くなるって本当なのね」
「なっ・・・!?」
カスミの一言で赤面するシンジに、カスミの口からからかいを含んだ笑みが漏れる。
「ほーら、可愛い」
「黙れ!ああっ、くそっ・・・!」
「夕日のせいっていうには、まだ日が落ちてないわよね~」
「本当にもう黙れ・・・!」
指摘してほしくなかったことを指摘され、シンジの頬がさらに赤く染まる。
自分でも顔が赤くなっているのがわかるのか、手の甲で口元を隠した。
もうすぐポケモンセンターにつくが、顔の赤みは引きそうにない。
「・・・ほてりが冷めるまで裏手にいる」
「そう?じゃあ先に行くわね」
「・・・ああ」
ポケモンセンターの裏手からは工事の音は聞こえない。
おそらく工事は終わったのだろう。
ポケモンセンターにつき、デントたちが自動ドアをくぐる。
途中後ろを振り返ったらしいサトシがカスミの元に駆け寄ってきた。
「シンジは?」
「裏手にいるって」
「え?何で?」
不思議そうな、それでいて心配そうな表情を浮かべるサトシに、さて困ったとカスミは首をかしげた。
先程の話を聞かせてもいいが、それではイッシュのトレーナーたちへの説教が来いであることがばれてしまう。
カスミとしてはばれてもかまわないのだが、それはシンジの本意ではない。
そして何より、サトシのプライドを傷つけかねない。
「(どう言い訳したものかしら・・・)」
もしや具合を悪くしたのでは、と焦りを見せるサトシにカスミは苦笑した。
落ち着きなさいとたしなめて、丁度いいネタがあった、とにんまり笑い、カスミが言葉を続けた。
「ちょっとね、恥ずかしくなったんだって」
「え?」
「あんたのためにイッシュに来たってことが」
「俺のため?」
カスミの笑いを含んだ言葉にサトシがきょとんと眼を瞬かせた。
「いや、でも、あれって俺を怒るために来たんだろ?恥ずかしがるようなことなのか?」
「あら、そんなのは建前に決まってるじゃない」
「え?」
不思議そうに首をかしげるサトシに、カスミは至極当然と言ったような表情で言葉を返した。
何当たり前のこと言ってるの、とでもいうようなまなざしに、サトシの目が丸くなる。
「トレーナーとしてもプライドが高いシンジだし、あんたに喝を入れに来たっていうのは本当よ」
「うん」
「でも、あんたを怒って、あんたの調子を戻すくらいあの子なら電話でもできたでしょ?あの子にもあの子の目標があるんだから、旅をするわけでもないのにわざわざこんな遠い地方に足を運んだりしないわ。なのにあの子はイッシュまで来た。何でかわかる?」
「え、と・・・」
口ごもるサトシにカスミは重い息を吐いた。
やれやれと首を振るカスミに不満げにサトシが眉を寄せる。
サトシの肩に乗るピカチュウも、カスミと同じように呆れを含んだ苦笑を浮かべていた。
カスミがおいで、というように手を広げると、ピカチュウはルリリにぶつからないようにそっと腕の中に飛び込んだ。
「あんたの鈍さには呆れてものも言えないわよ。シンジがかわいそうだわ」
「う、うるさいなぁ!それより何でか教えろよ!」
「あんたに会いたかったからに決まってるでしょ?」
「・・・え?」
カスミの言葉にサトシが目を見開く。
そんなわけないと笑い飛ばそうとしたが、カスミの瞳があまりにも真剣なもので、サトシは言葉を失う。
自分に喝を入れに来たというのは納得できる。
プライドの高いシンジだ。不抜けたライバルに怒りを覚えるのも当然のこと。
しかしそれが自分に会いたいがための建前だったなんて!
サトシはジワリと頬が熱くなるのを感じた。
「あんた、最近全然連絡入れてなかったんでしょ?無茶をするあんたのことだから、何かに巻き込まれたのかって不安になったと思うわ。そしてあんたの無事を確かめるために見たリーグ戦。あんたの調子が悪いことは一目瞭然。何かあったんじゃないかって、いくらあの子でもいてもたってもいられなくなるわよ」
「お、俺・・・そんなに心配かけてたんだ・・・」
ほてっていた顔が急激に冷めていく。
うつむくサトシにカスミが嘆息した。
それからきっと目を吊り上げ、サトシに詰め寄った。
「当り前でしょ!これに懲りたら少しは面倒事に首を突っ込むのをやめなさい!!!」
「はい・・・」
「分かったらさっさとシンジのとこ行ってきなさい!!!」
「うわっ!」
ばしん!と背中をたたかれる。
いきなりの衝撃に倒れそうになったが、何とか持ちこたえて、慌ててカスミを振り返った。
カスミはピカチュウを肩に乗せ、ルリリを片手で抱え、腰に手を当てていた。
「とっとと行く!」
「はい!」
「女の子泣かせたら許さないんだからね!」
カスミの肩に乗るピカチュウが大きく手を振る。
頑張ってというように拳を突き上げるピカチュウと、背中を押してくれたカスミに、サトシは人知れず感謝した。